第18話 部屋割り
ロッジに戻ると王子の友人兼腹心のクローディアスが待ちかねていたようで、王子の顔を見て酷くほっとした。
王子を一人で行かせたのをしきりに後悔してぶつぶつ言い続けるクローディアスを持て余していた困り顔のエリクもいる。
「遅い!何やってたんですか殿下!」
「いや…遅くなって悪かった」
実は彼は沼を見つめるベアトリクスに声もかけられずに長時間眺めていた。だから皆が思った以上に時間がかかり辺りは暗くなっていた。
そんなことも知らず、ベアトリクスはクローディアスを笑い飛ばした。
「まあ、大げさですわ!殿下は赤子ではないのですよ」
スタツホルメン公国の者達は全く心配していなかったので公女のジョークに笑ったが、クローディアスはこのあたりにはどでかい熊がいるとも聞いていたので気が気ではなかった。
「さ、殿下。夕飯の支度が出来ております」
ベアトリクスのまたいとこである一帯の領主の息子ハリーは、デーン王国からはるばるやって来た二人を夜空の下にセットしてあるアウトダイニングの席に案内した。その夜は狩猟したばかりの鹿やうさぎがテーブルに乗った。
連れてきた料理人がせっせと大人数の彼らの為に腕をふるった。ベアトリクスを含めていとこたちは狩猟は得意だが調理ができないので、旅行に料理人は必要不可欠なのだ。
王子が見ると、鹿肉のローストやうさぎ肉の煮込みが美しく盛り付けられて机に並んでいる。さっそく二人は席に着いた。
「ほう、美味い…鹿肉は臭いものだと思っていたが…」と口を付けた王子が感嘆すると、料理人の主人であるハリーは鹿肉料理のコツである血抜き処理と肉を牛乳、ヨーグルト、塩に漬けておくといいと得意げに言った。
「あと、鹿のローストはニンニクやハーブを一緒に漬け込んだものです。ぜひお召し上がりください」
「…こちらも美味いな!」「本当ですね!」
感動する王子とクローディアスを前に、
「なによ、ハリーってば料理出来ないくせに偉そうに!」「そうそう、偉いのは料理人様でしょ!」
とハリーが女性陣のブーイングを浴びた。
ヴァルデマーは不思議な光景を見て驚いた。
(公国では女性がこのように思ったことを言うのか…これもベアトリクスが俺や我が国に馴染めない理由かもしれぬ…)
そんなヴァルデマーの隣に座った一応妻であるベアトリクスは、無表情な王子がこの場を楽しんでいないと感じた。助けを求めて向いに座るエリクを見るが、彼は勘違いして、
「…どうした、ベア。何かあったのか?」
と聞いたので、ヴァルデマーがベアトリクスの顔を覗き込んだ。
「ベアトリクス…?」
(招かれざる客である俺がいるから楽しくない、のか…?)
珍しく心配そうな声を王子に出させてしまったベアトリクスは慌てて否定して手を振った。
「いえ、どうもしておりません!葡萄酒をお持ち致しますね。鹿肉によく合うのです」
弾けるように椅子から立ち上がるベアトリクスの後姿をエリクとヴァルデマーが心配そうに見つめていた。
「殿下はこちらの部屋をお使いくださいませ。足りないものなどありましたらお声がけください」
ベアトリクスは自分が一人で使っていた二人部屋にヴァルデマーを通し、自分の荷物を運び出していた。王子にはもちろん一人で部屋を使用してもらう。
「…急ですまない。しかし、ベアトリクスはどこで寝るのだ?」
「二人部屋を一人で使っているのは隣のエリクだけなので、そちらで寝ます」
深い意味もなく彼女が答えると、ヴァルデマーは顔を真っ赤にした。
「なっ…!他に部屋はないのか?」
(ば、ばかな…どうしてエリクの部屋になど…まさか二人は…)
「そうなのです。二人部屋とはいっても狭いので三人は無理でして…エリクの部屋なら移動はわたくしだけで済むので」
今にも隣のエリクの部屋の扉を開けそうなベアトリクスの袖を王子は思わず掴んだ。ベアトリクスは不思議そうな表情をしている。
「殿下?どうされましたか?」
「…ダメだ」
絞り出すように言った王子の言葉にベアトリクスは小さく噴いた。小さな頃から一緒に育ってきた兄妹のような二人なのだが、デーン王国では通じないのだと理解した。
「何が可笑しいのだ?俺は…」
「いえ、ではわたくし広間で寝ます。そちらならば大勢おりますので…」
広間にはクローディアスやオーラヴ、料理人がいる。それも男ばかりだ。
「…それもダメだ」
「困りましたね…では」
(そうだ、俺の部屋に来たらいい…)
ベアトリクスを自分の部屋に誘導しようとしたヴァルデマーだったが、その目論見は全く彼女に通じていなかった。
「やはりエリクの部屋で寝ます。早朝出発ですので少し寝るだけですから」
「ぐっ…」
王子の返事も待たず、ベアトリクスは隣室をノックしてためらいなく入っていった。廊下での二人の会話を盗み聞きしていたエリクは嬉しいような情けないような気持だったが、どうしてもヴァルデマーへの意地悪な気持ちを抑えられない。
(くっそ、殿下が迎えに来たらベアが元気になったなんて絶対教えねー!なんでベアが殿下の部屋で寝ないかも、絶対絶対に教えてやらねーからな!!)
「奥のベッドを使ったらいい」
「ありがとう」
夫婦のような二人のやりとりを聞いたヴァルデマーは、生まれて初めて歯ぎしりした。
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