第23話 神社の方は(※三人称)
「処刑場」とは、正反対の場所。それが神社の、境内の中だった。境内の中には神事に必要な物が置かれているが、それらが醸し出す空気には一種の不安が感じられた。そこに入った物を惑わせる様な空気、その精神を揺さ振る様な空気が感じられたのである。彼等が入った書庫の中もまた、そんな空気が感じられる場所だった。
書庫の中には、様々な書物が置かれている。町の歴史を綴った物から、神社の諸々を記した書物まで。本当に様々な書物が置かれていた。二人は二手に分かれて、書庫の中を調べ始めた。「さて」
そう呟いた狼牙に応えたのは勿論、お華ちゃんである。お華ちゃんは狼牙の呑気な態度に苛立ったが、それに「苛立っても仕方ない」と思い直して、書庫の中にある資料を調べ始めた。資料の中身は、ごく普通の内容。「この神社がどう言う経緯で建てられたのか?」と言う、至って平凡な内容だった。
それに落ち込んで、試しに開いてみ見た資料の注釈も同じ。多少読み難い部分こそあったが、特に怪しい部分は見られなかった。お華ちゃんは床の上に降りて、書棚の横側に寄り掛かった。「はぁ……」
疲れた、こんなに頑張っているのに。それらしい証拠が、全く出て来ないなんて。ガッカリにも程がある。正直、調査の途中から無気力に成っていた。お華ちゃんは書棚の横側に寄り掛かった状態で、狼牙の方に視線を移した。狼牙はまだ、書庫の中にある資料を調べている。「良く頑張るわね、貴方」
狼牙は、その言葉に振り向いた。自分の前に資料を置いた状態で。「まあね。天理も多分、頑張っているだろうし。俺等だけサボる訳には行かねぇじゃん? 自分の仕事は、きちんとしないと?」
お華ちゃんは、その言葉に驚いた。驚いたが、それも直ぐに消えてしまった。彼女は自分も彼と同じである事、その本質をふと思い出した。「そうね、確かに。自分の仕事は、きちんとしないと。でも」
それでもやはり、疲れる。地道な作業を黙々と続けるのは、自分が思っている以上に疲れる事だった。お華ちゃんは自分の疲れに呆れて、その場にぐったりと倒れた。「ねぇ、狼牙。今更言うのもアレだけど、此処に本当」
狼牙は、その続きを遮った。そこから先は、「自分も同じ」と思ったのだろう。最初は資料の頁を捲っていたが、書庫の窓から差し込んでいた日差しが少し暗くなると、自分の頭を何度か掻いて、お華ちゃんの顔にまた視線を戻した。
狼牙は、身体の凝りを解した。「まあ、ね。『件の証拠が、絶対にある』とは、限らない。此処から調べた理由も、『神社の情報が一番に集まっている場所だから』って言う理由だったし。『此処が絶対の当たり』と決まった訳じゃない」
お華ちゃんは、その言葉に眉を寄せた。それは「彼女も分かっている」とは言え、やはり悔しい事に変わりはない。狼牙も事実、資料の頁を閉じてしまっていた。お華ちゃんは狼牙の前に近付いて、そこから書庫の中をぐるりと見渡した。「不法侵入は、許されないけれど。此処は一応、一般の人も観られる様だからね。今日は偶々、休みだったけど。一般の人も見る様な場所に極秘文書を置いておく筈がない。普通の感覚では」
そう、誰にも見られない様な場所。一般の人ではまず、見られない様な場所に隠す。自分がもし、此処の神主と同じ立場だったら? 恐らくは、同じ事を考えるだろう。下手な搦め手を使って、自分に被害が出る様な真似はしない。そう考えると、やはり怖い。
此処の神主は普通の感覚を持った、普通の悪人だったからである。本人にその自覚があるかは分からないが、お華ちゃんの感覚では、それが正直な気持ちだった。お華ちゃんは窓の外に目をやって、その景気をじっと見始めた。「違う場所を捜しましょうか? 此処には、多分」
ない。そう言い掛けたお華ちゃんだったが、狼牙が周りの書棚に視線を戻すと、それに違和感を覚えて、彼に「どうしたの?」と訊いてしまった。お華ちゃんは、狼牙が見ている物を探し始めた。「何か?」
狼牙はまた、彼女の声を無視した。それ自体は聞えていても、意識の方には入れない様な感じで。狼牙はお華ちゃんの「気になる事でもあるの?」を聞いても尚、真面目な顔で書庫の中を見渡し続けた。「何だかな、此処」
何か気になる、らしい。こう、本能に響く違和感が。お華ちゃんには「それ」が分からなかったが、狼牙には何故か分かった様だった。狼牙は書庫の中を暫く歩いて、その一つ一つをじっくりと見始めた。「なあ?」
お華ちゃんは、その声に応えた。それに応える事で、今の沈黙から逃げる様に。
「何?」
「此処って、神社だよな?」
「へっ?」
な、何を言っているのだろう? そんなのは、既に分かっているではないか? 此処は、町の中でも有名な神社。あの忌まわしい儀式と関わっている、かも知れない神社だ。今更そんな事を聞かなくても分かっている筈、なのに? どうして? お華ちゃんは不思議そうな顔で、狼牙の方にまた視線を戻した。狼牙はまだ、書庫の中を歩き回っている。
「貴方には、此処が神社に」
「見えるよ? 見えるから、分からないのさ」
狼牙は、お華ちゃんの方を向き直った。お華ちゃんが「それ」に「どう言う事」と驚く声を聞いて。「俺達がどうして、此の場所に居られるのかを。よくよく考えて見れば、此ってかなりおかしくないか? 霊体である俺達が、神社の中に入れるなんて。普通なら」
お華ちゃんは、その言葉に「ハッ」とした。そう言われて見れば、確かにそうである。霊体である自分達が(神社の鳥居を潜った時は、「此処の神様から特に拒まれなかった」とは言え)神社の中に入れる事自体……は難しくないが、特別な許可が必要だった。神様が自分の領域に相手を入れて良いのか、その判断が必要だったのである。
だからこそ、「やっぱりおかしい」
自分達が此の場所に入られた事が。此の場所に入った後も、神様の妨害を受けない事が。彼等の常識からすれば、やはりおかしな事だった。余所者である筈の自分達が、神社の神様(それも、かなり怪しい)に迎えられる筈がない。お華ちゃんは「それ」を不安がって、狼牙の顔をじっと見始めた。狼牙の顔は、彼女と正反対の表情を浮かべている。「罠、かしら? 此?」
狼牙は、その疑問に首を振った。その答えは、狼牙にも分からない。
「さあね? でも」
「え?」
「相手の方は一応、俺等を見逃す積もりはないらしい」
狼牙は「ニヤリ」と笑って、書庫の入り口に視線を移した。入り口の向こうからは、何もかの気配が感じられる。神社の廊下をゆっくりと進む様な、そんな気配が薄らと感じられた。狼牙は口元の笑みを消して、お華ちゃんの前に走り寄った。「お出でなさった、か。人間の足音にも、聞えるけど。神様がそう、偽っているかも知れない」
お華ちゃんは、その推理に震えた。それがもし、当たっていたら? 神様よりも格下である自分では、絶対に勝てない。最悪、一瞬で消されてしまう。普通の守護者よりも神様に近い彼女ではあったが、本物の神様には「流石に勝てない」と思った。お華ちゃんは、迫り来る恐怖に思わず怯えた。「こ、こんな所で、私」
それを遮った狼牙の声は、天理の励ましよりも温かかった。狼牙はお華ちゃんの頭をポンポンと叩いて、その不安に「大丈夫」と微笑んだ。「相手が神様だろうと。華ちゃんの事は、俺が守る。此の命に賭けてね? だから、絶対に」
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