第4話 裏切り者 (※三人称)
幽霊との戦いは、その夜に始まった。夕暮れ時には何もなかったが、その太陽がすっかり沈むと(彼の両親は、今日も夜勤だった)、今までの雰囲気が消えて、部屋の周りに異様な空気が漂い始めた。少年はあの金属バッドをまた持って、部屋の扉をじっと見続けた。部屋の扉は、普通。その奥からも? うん? 何だ? 最初は「両親のどちらかが家に帰って来た」と思ったが、玄関の鍵を開ける音が聞えず、彼が「それ」に怯え始めた時にはもう、例の足音が聞えていた。
足音は少年の居る部屋に向かって、家の階段をゆっくりと上っている。まるでそう、「彼の抵抗など無意味」と言う様に。普段は
今度は、そうは行かない。お前の思う様な結果には。今度は、反対に
部屋の扉には……どうやらお出でになったらしい。彼が扉の表面から視線を
お前程度の奴が、この自分に敵う訳がないのだ。どんなに怖そうな姿でも、生きた人間にはやはり敵わない。その力に負けて、元の住処に戻るのがオチである。少年は自分の絶対的な優位性、生きた人間と死んだ人間の差を感じて、その生者たる自分に酔い痴れた。
だが、それも一瞬の事。彼がバッドの柄から力を抜こうとした、数秒の事だった。彼は部屋の窓が叩かれる音に驚いて、窓の方に視線を移した。窓の方にはアレが、あの幽霊が見えている。幽霊は窓のガラスに張り付いて、そのガラスを何度も叩いていた。
少年は、その光景に震え上がった。その光景が怖かった、だけではない。幽霊が部屋の扉からそこに移った事、その事実にも震え上がってしまったのである。少年はバッドの柄を握る所か、そこに立ち続ける事すら出来なくって、床の上にとうとう泣き崩れてしまった。「
それがどうして、彼奴には通じないのだ? 部屋の扉にも、「悪霊退散」の紙を貼ったのに? 少年は「苛立ち」とも「不安」とも違う気持ちで、床の上に涙を落とし続けた。「ふざけんなよ!」
そう叫ぶ彼の言葉が無視されたのは、幽霊が部屋の盛り塩を擦り抜けたからだろう。幽霊は部屋の盛り塩はおろか、扉の悪霊退散すらも擦り抜けて、彼の前にスッと現われた。「ニ、ガ、サ、ナ、イ」
少年は、その言葉に気を失った。幽霊の脳天に金属バッドも打ち込めないまま、その声に意識を手放してしまったのである。彼は不気味に笑う幽霊の記憶だけを残して、それ以外の事をすべて忘れてしまった。
……そこから先は、虚ろな世界。「夢」とも「現実」とも付かない世界に放り込まれてしまった。世界の中には、あの廃墟が広がっている。廃墟の中には人影らしい物、「彼の仲間」と思わしき少年達が立っていた。
少年は、その光景に震えた。その光景が物語る憎悪に思わず震えてしまったからである。少年は仲間達の表情、特に恨ましそうな表情に「うっ」と怯んでしまった。「お、お前等!」
無事では勿論、ないだろう。あれから何日も経っているし、「彼等が何かしらの食料を食べていた」と思えない。彼等が着ている服も、ボロボロに
「裏切り者」
これは、右側の少年。彼は、頭目の腕を掴んでいる。
「どうして、俺達を置いて来た?」
左側の少年も、彼の腕を掴んでいた。少年は「生きている」とは思えない顔で、頭目の目をじっと睨んだ。「自分だけ助かって」
それに続いた残りの少年もまた、彼と同じ表情を浮かべていた。少年は頭目の悲鳴を無視して、彼の首をゆっくりと締め始めた。
「許せない」
卑怯者、卑怯者、卑怯者。
「お前は、自分の事しか考えない卑怯者だ。自分さえ助かれば、残りの奴等はどうでも良い。俺は、お前の事が信じられなくなった」
残りの少年達も、その言葉に続いた。右側の少年が「俺も、お前が信じられない」と言えば、左側の少年も「お前は、本当の裏切り者だ」と言う。そんな光景が終わる事なく続いたのである。
彼等は真っ赤に染まった廃墟の中で、頭目の少年に汚い言葉を浴びせ続けた。少年の心を壊すような、そんな感じの汚い言葉を。
「死ね、クズ。お前なんて、生きる価値が無い。死ね」
消えろ、消えろ、消えろ。
「窓から今すぐ飛び降りろ」
死ね、死ね、死ね。
「お前なんか、イ、ラ、ナ、イ」
頭目の少年は、その言葉に狂った。狂った上に泣きじゃくった。彼は「恐怖」と「絶望」の縁に立って、その天井に「ギャアアア!」と叫んだ。「もう嫌だ、こんなの」
耐えられない。
「誰でも良いから、助け」
そう言い掛けた所で、少年の意識が途切れた。少年の意識が戻ったのは、それから数時間後の事だった。少年は自分の頭がぼうっとする中で、床の上から上半身を起こした。「今の、アレは?」
夢、ではない。幻だ。あの幽霊が見せた幻、彼の精神をいたぶる幻想。今までそれを、彼の精神に見せていたのである。彼がそれで、「自分の心を壊せれば」と。
少年は「それ」に怒って、四方の盛り塩を蹴り、悪霊退散の紙を破ったが、その中でふと「これはもしかすると、自分の手には負えないのでは?」と思うと、部屋の真ん中に立って、自分の代わりに「これ」を何としてくれそうな人間、責任転嫁の出来そうな人間を探し始めた。その人間は、直ぐに見付かった。彼に今回の事を教えた人間。あの先輩に全てを投げれば、この問題もきっと何とかなる。「そうだよ! 『元は』と言えば」
彼奴が自分に余計な事を教えた所為で。彼奴が自分にこれを教えなければ、自分もあんな所に行かなかった。町の人々が眠っている深夜、その県道にバイクを二台も走らせて。今回の事件が起こったのも、彼奴が自分の気持ちを煽ったからである。「彼奴には、こうなった責任を取らせなきゃ!」
少年はケータイのロックを外して、その先輩たる人物に電話を掛けた。
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