第3話 来たる幽霊との戦い (※三人称)

 。本当は語られるべき真実を、虚構の彼方に葬られる事。彼が自己保身の為に付いた嘘は、嘘の裏側をすっかり隠してしまった。彼は自分の作った嘘に生き、嘘の世界に紛れて、その中に安息を得た。


 その中に居続ける限りは、誰も自分の事を怪しまない。普段は自分の事を叱っている教師達ですら、彼の嘘にすっかり騙されてしまった。「彼奴等の事は、知らない」と、「自分は只、自分一人だけで悪い事をしただけだ」と言う風に。「自分の悪行」を囮に使って、仲間達の事を見事に隠してしまったのである。


 彼は嘘の悪事については叱られたが、仲間達の事は一切とがめられなかった。「俺、彼奴等の事が心配になって。あの日も、仲間の一人に電話を掛けたんだけどさ。電話は繋がるんだけど、その相手が全然出なくって。凄ぇ怖くなったんだ。彼奴等が、『何かの事件に巻きこまれたのか?』と思って。だから」

 

 そこで「うわぁあああ!」と唸ったのは、今の言葉に真実味を持たせる為だった。こうすればきっと、周りの奴等もだませるだろう。普段はあれだけ偉ぶっている自分が、こんなにも取り乱していれば、流石の大人達も「これ」を信じるに違いない。事実、何人かの大人はすっかり信じていた。「彼がこんなになるのはきっと、ただ事ではない」と、そう内心で思ってしまったのである。彼はその気配を感じて、真実の光から見事に逃げ切ってしまった。「クククッ、バーカ」

 

 こんな嘘に騙されるなんて。大人はやはり、愚かだ。普段は、あんなに怒っている癖に。自分がそれらしく振る舞えば、その嘘をあっさり信じてしまうのだ。それも、自分が騙されている意識を持たずに。子供の言葉を信じ、子供の未来を案じて、子供の悪行を隠してしまうのである。いつもは厳しい生徒指導の先生も、この嘘にはすっかり騙されていた。


 少年は周りの大人が案外単純である事、(いざとなれば)真実よりも自分の保身に走る事、在りもしない嘘を信じる事に驚いたが……まあ良い。今は只、この安息を楽しもう。体育館のステージに上って、そこから誰も居ない体育館の中を眺めよう。学校の授業を怠けて、この贅沢な時間を楽しもう。その感覚さえ楽しめれば、後の事はどうでも良い。自分が例え、事の真相に襲われようとも。その真相からまた、逃げ出せば良いのである。彼は廃墟の奥に真実を隠して、この平穏を「思い切り楽しもう」と思った。


 だが……現実はどうやら、そんなに甘くないらしい。仲間達の親が「あの子の話、本当に信じて良いのか?」と疑い始めた事は勿論、彼自身にも真実の闇が忍びよって来たからだ。全ての真実を知る闇が、(恐らくは)彼の仲間達を襲っただろう闇が、体育館の隅にスッと現われたからである。闇は人の形をして、彼の所にゆっくりと歩き出した。「ニ、ガ、サ、ナ、イ」

 

 少年は、その声に飛び起きた。その声に驚いただけではない。それに含まれていた殺気、その気配にも「うわっ!」と驚いてしまった。彼は体育館の窓から差し込む光を浴びても尚、そこから逃げたい一心で、ステージの上から思い切り飛び降りた。


「来るな!」


 その返事は、無視。


「来ないでくれ!」


 その返事も、無視。彼の言葉を只、「う、ううう」と聞き流すだけだった。幽霊は彼と同い年くらいに見えながらも、彼よりもずっと恐ろしい雰囲気で、体育館の床をゆっくりと進み続けた。「う、ううう。アアアアアッ」


 少年は、その声に叫んだ。叫ぶ事しか出来なかった。そんな中で体育館の倉庫に走った理由も、その中から「何か攻撃出来る物を探そう」と思っただけ。それ以外の事は、何も思っていなかった。


 彼は籠の中からバスケットボールを取り出すと、倉庫の中から飛び出して、幽霊の身体にそれを思い切り投げ付けた。だが、どうも通じない。ボール自体は幽霊の身体に当たるが、それが空気の様に擦り抜けて、幽霊には何の打撃も与えなかった。


 少年は、その光景に呆然とした。それが伝える事は一つ、彼の抵抗が無意味な事だけである。無意味な攻撃をいくら続けても、待っているのは無慈悲な未来。あの幽霊に呪われて、この命が奪われる未来だけである。少年は最後の抵抗を試みたが、それも無意味に終わってしまった。


「嫌だ! 止めろ」

 

 そう叫んで途切れる、少年の意識。彼は体育の先生に叩き起こされるまで、床の上にずっと倒れていた。「あ、ううう」

 

 先生は、その言葉を無視した。そんな言葉よりも、彼の精神を案じたからである。彼の精神は発狂寸前、周りの生徒達から見られているのも関わらず、それらの視線をまるで無視し、今に壊れそうな勢いで、先生の腕から逃れようとしていた。先生は周りの男子達にも協力を頼んで、彼の身体を何とか押さえ込んだ。


「くっ、この、暴れるな!」


「うわぁあああ! 放せ! 近寄るな!」


 少年は、周りの手に抗った。手の力は決して強くないが、それに自分の身体が押さえられる程、周りの男子達から「大丈夫か?」と言われる程、あの幽霊への恐怖心が増してしまう。それこそ、今にも呪い殺されてしまう様な。そんな雰囲気が自分の手足を通して、ひしひしと伝わって来た。


 。今はこうして、周りの人々に生かされてはいるが。それも、いつまで続くか分からない。下手すれば、明日にでも殺される可能性がある。あの光景を思い出す限りでは、それを否める証拠はどこにも無かった。


 だがそれでも、やはり言えない。彼等の手から離れて、彼等に真実を伝える勇気が無い。あの恐怖よりもまだ、自分の事が可愛い彼には。自分の興奮を宥めて、彼等に嘘を付く事しか出来なかった。少年は彼等の中心に立つと、先生の「こんな所にいないで、自分の教室にさっさと戻りなさい」を無視して、体育館の中から出て行った。


「はぁ、はぁ、畜生! あの女」


 絶対に許さない、自分をこんな目に遭わせるなんて。もしも幽霊でなかったら、その顔面に一発オミマイしている所だ。ついでに女の服も脱がして、その身体も思い切り味わってやる。身体の「隅」と言う隅、「味」と言う味をすべて味わって。あの女を反対に泣かせてやるのだ。


 あの女が一番に苦しむだろう事、現実の女も「嫌だ」と思う事をしてやる。その為には、この気持ちを落ち着けなければ成らない。本来の強気な自分を取り戻して、あの幽霊に抗わなければ成らない。今までの日常を取り戻す為にも、その自信は絶対に取り戻さなければ成らなかった。少年は自分の心に活を入れて、幽霊への対抗策を調べ始めた。


 幽霊への対抗策は、直ぐに見付かった。様々な情報が溢れている昨今、そう言う情報を見付けるのも決して難しくはない。ケータイのWeb検索を使えば、その手の情報は山ほど出て来た。少年は得意の仮病を使うと、それから直ぐに家へと帰って、家の中をぐるりと歩き始めた。家の中にある様々な物、幽霊の除霊に必要な物を見付ける為である。


 少年は使い方の良く分からない盛り塩や、チラシの裏に「悪霊退散」と書いた紙を作って、部屋の四方には盛り塩を、その扉にも「悪霊退散」を貼り、机の上には食料を置いて、に備え始めた。

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