第2話 一緒に寝よう(※三人称)

 居間の中には、沢山の人が集まっていた。先程の叔父は勿論、その妻(つまりは、少女の母親だ)や両親、挙げ句は近所の人達も集まっている。彼等は秀一の登場が嬉しいのか、本人の意思は別にして、彼に「大きくなったね」とか「学校は、どうだ?」とか言い始めた。


 だが、それが秀一には苦痛だった。彼等の事は別に嫌いではないが、それでもやはり苦しい。自分よりもずっと年上の相手と話すのは、小学五年生の少年には(特に彼のような少年には)とても嫌な事だった。秀一は周りの空気に参りながらも、一方では少女の過度なスキンシップにドギマギし、また一方では今も続く大人達の質問にオロオロしていた。「ふ、普通だよ! 普通に行って、普通に遊んでいるだけ」

 

 本当に、只、でも……。そこから先は、言えなかった。「言おう」と思っても、彼等の浮かべる笑顔が、自分に向けられる厚意が、その意思を戸惑わせてしまう。例の睦子むつこがまた自分に笑い掛けた時も、それに「あはっ」と笑い返すだけで、それ以上の反応は何も見せられなかった。秀一は、周りの声に黙った。周りの声がどんなに五月蠅くても、憂鬱な顔でその音を聴き続けたのである。秀一は目の前の料理を一口、二口だけ食べて、それ以後は無言の世界に入ってしまった。

 

 無言の世界は、そう長くは続かなかった。昼間の間は黙っていてもやれる遊び、睦子とのゲームやトランプ等を楽しんでいたが、入植後のお風呂では睦子(彼女だけがずっと話していた)と何かしら話してしまったし、そこから起こった親戚達との人◯ゲームでは、安定安心のサラリーマンルートを選んでしまった所為で、その殆どが「敗北」に終ってしまった。


 秀一は、その敗北に落ち込んだ。その敗北自体はおかしい事ではなくても、負ける事はやはり悔しい。自分の所持金(と言うか、資産)が溶ける光景は、その手元に約束手形が渡されるよりもずっと悔しかった。最後のマス目で、自分の全財産を失った時も。喪失感を超えた、敗北感を覚えてしまったのである。秀一は自分の車に自分以外が乗っていない事、周りの大人達から「そう落ち込むな」と励まされた事にも肩を落としてしまった。「はぁ……」


 その溜め息もまた、深い。睦子の「だいじょうぶ! あたしが、ショーちゃんのお嫁さんになってあげるよ」がなければ、周りの同情を一気に引く所だった。秀一は(自分の本音から言って)このゲームをもう止めたかったが、睦子が思った以上に喜んでいる上、周りの大人達も「それ」を楽しんでいるので、結局は人生の敗北を幾つも重ねてしまった。「もう、嫌」


 それに周りが応えたのかは、分からない。秀一の意見を聞いて、「このゲームを止めよう」と思ったのかも。その真実を知るのは、周りの大人達に「さて、時間も遅いし。そろそろ、止めようか?」と言った叔父だけだった。


 叔父はゲームの道具類を片付けると、周りの大人達に目配せして、自分も睦子の部屋に彼女を連れて行こうとしたが、そこはやはり睦子ちゃん。普段なら父親の言葉に二つ返事で頷くが、大好きな従兄いとこが自分の家に来た以上、自分の部屋にどうしても「シューちゃんを連れてきたい」と言い出した。「今日は、シューちゃんと一緒!」と言う風に駄々をね始めたのである。睦子は秀一の腕を力一杯に引っ張って、自分の部屋に彼を連れて行ってしまった。「おふとん!」


 秀一は、その言葉に怯んだ。特に布団の毛布を指差した動き、これはどう考えても「一緒に寝よう」である。二人で寝るにはかなり狭い布団で、「二人仲良く寝よう」と言っているのだ。睦子が布団の毛布を引っ繰り返したのも、その興奮を表す意思表示だったに違いない。睦子は嬉しそうな顔で、布団の中に従兄を誘った。「ほら! ほら!」


 秀一は、その言葉に戸惑った。言葉のそれは無邪気でも、その響きには甘美な物が感じられる。正直、思春期の衝動を抑えるので精一杯だった。彼女はそれだけ、魅力に溢れた女の子だったのである。


 秀一は、その魅力にクラクラした。クラクラしたからこそ、その誘いにも躊躇ためらった。同級生の男子達が「女子の誰々が好き、誰々が可愛い」と言い合うアレと同じで、今までは鬱陶しい相手だった女子達の事が何故か気になる、その感覚を感じてしまったからである。


 秀一は「それ」を「隠そう」として、睦子の誘いを断ったが……それも(言葉通りの)徒労に終ってしまった。秀一が「嫌だ」と拒んだ所で、それに「良いよ」と頷く睦子ではない。睦子は自分の全力を出して、布団の上に彼を押し倒してしまった。「えへへ、にがさないよぉ!」


 秀一はその言葉に赤くなったが、やがて諦めた様に「はぁ」と項垂れた。その言葉に抗っても、恐らくは無駄だろう。睦子はもう、自分の身体に抱き付いているし。その顔も、嬉しそうに笑っている。彼の右肩に顔を押し付けて、その感触を「えへへへ」と楽しんでいた。


 秀一は、その状況に溜め息をついた。本当はつきなくなったが、今の状況からどうしても出てしまった。これはもう、彼女の好きな様にさせるしかない。秀一は嬉しいような、そして、恥ずかしいような顔で、彼女の頭をそっと撫でた。


「はいはい、分かりましたよ。全く」


「えへへ」


 睦子は嬉しそうな顔で、秀一の顔をじっと見始めた。彼の瞳に映る、自分の顔を見詰める様に。


「シューちゃん」


「なに?」


「だいすき」

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