第24話 土地貸し(※三人称)

 お華ちゃんは「それ」に(思わず)赤くなったが、直ぐに「う、五月蠅い!」と怒った。彼にそう言われたのが、余程に恥ずかしかったらしい。「あ、貴方何かに守られなくても! 私は!」

 

 大丈夫。そう呟いたお華ちゃんが押し黙ったのは、書庫の入り口に人影が見えたからか? お華ちゃんは顔の火照りを抑えて、人影の正体を確かめ始めた。人影の正体は、此処の神主だった。神主は彼等の事を分かっていたのか、二人が自分に殺気を向けた時も、それに眉を寄せただけで、その態度自体に「抗おう」とはしなかった。お華ちゃんは狼牙の隣に進んで、そこから神主の顔を睨み付けた。「神様じゃなかったのは、驚きだけど」

 

 神主は、その続きを遮った。「それは、聞かなくても分かる」と言う風に。「神様の方が、良かったかい?」

 

 狼牙は、その言葉に微笑んだ。それにある種の皮肉を込めて。「まさか。アンタの方が、ずっとマシだよ。神様相手に戦うよりはさ? 人間と戦う方が、ずっとマシ。アンタは多分、神様の眷属けんぞくか何かなんだろう?」

 

 その答えは、「まあね」だった。「『眷属』って程ではないけど。ある種の繋ぎ役には、成っている。神と仏の間を繋ぐ役には」

 

 神主は自分の後ろを振り返って、それからまた狼牙達の顔に視線を戻した。狼牙達の顔は、彼の態度に注意を向けている。「殺すのかい、俺の事を?」

 

 狼牙は、その質問に首を傾げた。質問の答えに白黒を付けない、曖昧な態度を決めこんで。彼は神主が自分の返事に俯いた後も、無言で相手の出方を窺い続けた。


「それは、アンタ次第かな? アンタが俺達に牙を剥くなら、俺達も『それ』に応えるだけだ。噛まれる前に噛み殺す。俺達が人間を殺すのは御法度だが、それでも」


「時と場合による、か?」


「まあ、そうだね? 俺は、天理程に甘くはない。アンタが俺の考える様な人だったら」


 神主は、その言葉に目を潤ませた。それに悲しんだ訳でもなく、また苦しんだ訳でもなく。只、それに胸を痛めた様だった。神主は書庫の扉を閉めて、彼等の前にそっと歩み寄った。「殺されても仕方ないが。今はどうか、許して欲しい。君等の命を守る為にも。私は只、君達と話したいだけだ。此の神社に隠された秘密も加えて、君達に『それ』を話したいだけなんだよ。神と妖の間にある、君達に」


 狼牙は、その言葉に眉を寄せた。が、それを否めようとはしなかった。狼牙はお華ちゃんの顔に目をやって、彼女が自分と同じ気持ちかどうかを確かめた。


「どうする?」


「え?」


「此奴の話、聞いて見ようか? 件の証拠も見付からない以上、此奴の話が……多分、最後の希望だし。此を逃せば、事件の解決も」


「そう、ね。相手がもし、そう言う積もりなら。そうするのも」


 神主は、その続きを遮った。そこまで聞けばもう、彼としては「充分だ」と思ったのだろう。お華ちゃんが神主の顔に視線を戻した時にも、それに「有り難う」と返しただけで、それ以外の反応は全く見せなかった。神主は二人の顔を見渡したが、やがて自分の足下に目を落とした。


「話の前に一つ、謝って置きたいが。此の場所に君達を導いたのは、自分だ。私が此処の神様に頼んで、神社への侵入を許した。そうする事が、『俺にとっても良い』と思ったからね。本当は……そんなのは御法度だが、彼等との関係を切る為にも」


「私達の様な存在が必要だった?」


 神主は、その質問に頷いた。何処か悲しげな顔で。


「正直な話……私はもう、彼等との関係を断ち切りたかった。『自分の先祖がやった事』とは言え、それが余りに酷かったからね。私個人としては、邪教との関わりを断ちたかった。邪教との関わりを断って、本来の役目に務めたかった。神と人間の間を繋ぐ、架け橋として。神職としての仕事を全うしたかった。でも」


「過去からの因縁が、『それ』を許さなかった?」


 その答えに迷ったのは、彼が自身の境遇を憂えたからか? 神主は自分の足下を暫く見ていたが、やがてお華ちゃん達の顔に視線を戻した。


。神社の土地を貸して、その力を仏に与える存在。仏が持っている力を何倍も上げる存在。俺は……俺達は仏側に『それ』を貸す事で、その見返りを得ていた。神社の質……下品な言葉で言えば、通帳の数字を増やしていた。それがどんなに酷い事かも」


「知らない訳、ないじゃない! 今の話を聞けば、貴方も充分」


「ああ、分かっているよ! 充分な程に分かっている。私が此の歳に成るまで、どんなに良い思いをしてきたか? ボンボン育ちの私には、充分に分かっているんだ! 今もこうして」


「だったら、そんなの止めてしまえば良いじゃない? 自分の先祖がどうであれ、貴方自身が『それ』を『変えよう』とすれば! 未来は、幾らでも変えられる。貴方が忌み嫌っている過去も!」


 神主は、その言葉に涙した。言葉の意味に涙して、その場に座り込んでしまった。彼は自分の頭を暫く掻いて、狼牙達の顔にまた視線を戻した。狼牙達の顔は、彼の涙を見詰めている。


「ありが、とう。でも」


「何だ?」


「怖い。彼等の事を裏切るのが、此処の過去を知られるのが。本当は『駄目だ』と分かっているのに、どうしても怖いんだ。自分にもし、いや、自分だけじゃない。自分の家族にもし、何かの被害が出たら? 私は、自分が許せなくなる。自分の背中にある、その血筋も許せなくなる。自分にこんな、人間のごうを背負わせ」


「た、奴等が許さない。それは、俺にも分かるが。それでも」


 狼牙は、相手の目を見詰めた。彼の言葉に怯える、神主の目を。


「戦わなきゃならない時は、ある。俺やお華ちゃんがそうしている様に、天理や人柱がそうしている様に、秀一や睦子ちゃんがそうしている様に。アンタも、アンタの戦いをしなきゃならないんだ。自分の未来を進む為にも」


「自分の、未来」


 神主は、両手の拳を握り締めた。そうする事で、自分の気持ちを落ち着かせる様に。彼は床の上から立ち上がって、書庫の窓にふと目をやった。窓の外には、夏の日差しが降っている。


「そう、だな。確かに……でも」


「でも?」


「その方法が、見付からない。私が例え、『人柱の呪いを解いた』としても。それで全てが良く成る訳でもない。只、昔の世界に戻るだけだ。天変地異に悩まされた、昔の町に。私は、その引き金を引くのがどうしても」


「出来ない、か。なら、代わりを見付ければ良い。人柱の代わりに成る物を、生命以外の人柱を。アンタがアンタの知恵を絞って、その代わりを作れば良いんだ」


「私が新しい代用品を作る? そんな事」


「出来るかどうかは、分からない。でも、やって見る価値はあるだろう? アンタの先祖が誰もやらなかった、或いは、『やろう』と思ってもやらなかった事を。アンタは」


 もう一人ではない。狼牙にそう言われた瞬間、彼の何かが変わった。今までの陰鬱が消えて、新しい何かが生まれた。彼はポケットの中から携帯電話を取り出すと、その鍵をゆっくりと外して、いつも使っているアプリ(世間に自分のコメントを呟ける、アレ)を開いた。


「君達は」


「うん?」


使? 投稿サイトに動画を載せる事も?」


 その答えは、「勿論」だった。「俺達も一応、現代っ子だからね。そう言うのは、不得意じゃない」


 狼牙は「ニヤリ」と笑って、神主の横顔を見た。神主の顔は、何かの希望に溢れている。


「撮影場所は?」


「本殿。其処なら此処よりも説得力があるだろう? 此処の秘密を伝える意味では?」


「成程ね。だが、それでも」


「分かっている。でも、まずは」


 皆に「此」を伝えなければ……。

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