最終話 本当に怖いのは (※主人公、一人称)
「彼が病室の中から逃げ出した」と言う、内容。その文末にも、「俺もしかすると、彼奴に殺されるかも知れない」と言うコメントが書かれていた。僕は、その内容に驚いた。驚いただけではなく、周りの二人にも「それ」を見せた。僕は彼等の顔を交互に見て、それから依頼者のスマホに電話を掛けた。
「もしもし?」
「あっ、天理君? メッセージ、見た?」
「はい、見ました」
「そっか。なら」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。彼奴にはまだ、襲われていない。天理君の方は?」
「学校です、学校の昼休み。僕の方もまだ、大丈夫です」
「そ、そうか! それなら」
「良くありません。いつ逃げたんです?」
「分からない」
「分からない?」
「う、うん。俺も、彼奴のお袋から聞いただけで。詳しい事は、何も分からないけど。彼奴の病室に来た看護師が、その
僕は、その話に固まった。それが意味する所は一つ、周りへの復讐だったからだ。彼は自分の恨み(と言う名の逆恨み)を晴らす為、自分から闇の世界に
僕は「それ」に震えて、電話の依頼者に「どうか、気を付けて」と言った。「本当は、貴方の事を守りたいですが。僕の守れる範囲にも、限界があります。四六時中、守っている訳には行かない」
依頼者は、その言葉に「大丈夫」と応えた。まるで、自分の未来を
「御免な? こんな事に巻き込んでしまって。天理君は」
「そう言う問題じゃありません、これは」
「天理君」
それでも「御免」と謝る、依頼者。依頼者は自分の後輩に思いを馳せているのか、僕が彼の名前を呼んでも、それに暫く応えようとしなかった。
「なぁ、天理君?」
「はい?」
「俺、これからどうなるんだろう?」
「分かりません、相手がそう言う人間なら」
「だよね? 本当に参ったよ。他人の恨みを買うなんさ? そう言うのは……」
「どうしたんです?」
「いや」
そこで途切れる、依頼者の声。依頼者は通話の沈黙に入って、その自然音を暫く聴いていた。
「天理君」
「はい?」
「気を付けてね?」
その瞬間に聞えた音は、電話の切られる音だった。依頼者は僕がもう一度電話を掛けても、その電話に決して出なかった。僕はスマホの画面を消して、狼牙達の顔に視線を移した。狼牙達の顔は、その内面を表している。その内側にある、葛藤らしき物を。「さて」
狼牙は、その言葉に頷いた。言葉の内側にある真意を察して。
「まずは、警察に相談だな? 実際の被害はまだ無いにしても、一応は知らせて置いた方が良い。これからの事を考える為にも」
「そうだね。こう言うのは、その専門家に任せた方が良い。彼がまだ、生きている限りは。人間の事件は、司法の領分。霊能者の僕が関わる事じゃない」
狼牙は、その言葉に頷いた。お華ちゃんも、その言葉に頷いた。二人は僕が知り合いの刑事さんに電話を掛ける中、僕の顔を暫く見ていたが、狼牙が僕の顔から視線を逸らすと、お華ちゃんも「それ」に
「それにしても」
「うん?」
「まさか、本当に逃げるなんて。ヤバイにも程がある。正直、ドン引きだよ。人間、そこまで墜ちられるなんてさ? 本当に普通の神経じゃない。此奴は、下手な悪霊よりも怖いよ」
「そうね、確かに。これは、下手な悪霊よりも恐ろしいわ。自分の復讐心だけで、こんな事を」
「確かにね。でも、『それが人間だ』とも言えるし。ある意味では、当然の結果だよ。復讐の為なら、どんな手でも使う。あの先輩が言っていたのは、本当だった訳だ」
「ええ。だからこそ、不安なの。彼がこの先、どうなってしまうのか? 考えただけでも、ゾッとする。彼はきっと」
「ああ、
野垂れ死ぬ。それは僕も同意見だったが、現実はそう思う様には行かなかった。彼は、その地獄から抜け出した。正確には「抜け出した」と思われるが、彼の消息が今も尚不明な事、あれから僕も依頼者も彼の報復を受けていない事もあり、ついには死亡説すら流れ始めたが、彼の生死が不明である以上、その不安を完全に取り払う事は出来なかった。
狼牙はネットのウェブ記事から視線を逸らして、部屋の窓に目をやった。窓の外には、夕焼けの空が広がっている。「廃墟の幽霊も、確かに怖い。でも、それより怖いのは」
僕は、その言葉に眉を寄せた。それが意味する、一つの真理に苛立つ様に。「それすらも超える人間、だね」
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