第11話 嵐の前の静けさ (※主人公、一人称)
現実の世界はいつも、奇妙な事の連続だ。普通の事が普通に起こらず、奇妙な事が普通に起こる。本当に奇妙な世界だ。僕があの相談者から聞いた話、彼の先輩から聞いた話もまた、その奇妙な世界に入っていたが、それは冷静に受け止めよう。僕が「それ」に頭を悩ませた所で、その問題がどうにかなる訳ではない。
只、事態の悪化を招くだけだ。僕の前に座っている高校生も、その問題に「ううん」と困っている様に。これは僕が思うよりも深刻で、また同時に複雑な問題だったのである。僕は餡蜜屋の中に入った後も、椅子の上に座っただけで、自分のお茶に手を伸ばす所か、テーブルの上にすらも視線を向けなかった。「本当に」
その続きを遮った依頼者も、本当に困った表情を浮かべている。依頼者は自分の頭を暫く掻いたが、やがて目の前の僕に頭を下げ始めた。
「鞍馬君」
「はい?」
「マジで御免。俺の後輩が」
「確かに迷惑です。でもそれは、貴方の
「『そうだ』としても、やっぱり悪いのは俺だよ。俺が彼奴に『それ』を言わなければ、こんな事には成らなかったなんだからさ。鞍馬君は勿論、彼奴の仲間やアヤメ様にも迷惑を掛けて。本当に嫌な奴だよ」
僕は、その言葉に首を振った。「その言葉は間違っている」とは言えないが、でも「絶対に正しい」とも言えなかったからだ。相手に「問題行動(に繋がるかも知れない)情報を伝えた」としても、それをやるかどうかは相手次第。その危険性を分かって尚も、やるかどうかは相手次第なのだ。
相手の行動に責任を一々取っていては、自分の方がやがて潰されてしまう。個人の責任問題が何かと問われる現代だが、そう言う所は僕としてもやはり「割り切りが大事だ」と思った。「ここまでは自分の責任だが、ここから先は相手の責任」と言う風に。「ある程度の距離は、必要だ」と思ったのである。だが、「それ」を分かっていても……「そんな事は、ありません。貴方は、只」
そんな風に割り切れなかっただけ。僕も多分、他人の事は言えないかも知れないが。そう言う原理が分かっていても尚、自分の行動に罪悪感を抱いてしまうのが、「人情」と言う物である。人情は、人間が人間を止められない原因。それが「人間の根幹」と言う、ある種の命題だった。依頼者の場合もまた、その命題を守ったに過ぎない。僕は相手の気持ちを考えて、その気持ちを「何とか宥めよう」と思った。
「止めましょう、この話は。それよりも」
「うん?」
「大事なのは、これからの事です。これから一体、どうするか? 彼は、僕への報復も考えているんでしょう?」
その言葉に暗くなる、相談者。相談者は後輩の性根に呆れているのか、自分の焙じ茶を一気に飲んだ後も、悔しげな顔でテーブルの上に目を落とし続けた。
「彼奴の仲間達から聞いた話じゃ、な? 仲間達はアヤメ様の力を借りて……それは鞍馬君も知っているか、彼奴の病室に行った。彼奴との縁を切る為に。仲間達は彼奴等との縁は切れた様だが、それ以外の事は全く駄目だったらしい。彼奴は、自分の事を
「貴方や僕の事を逆恨みした。恐らくは、『彼奴等は、使えない』と言って。彼は『僕や貴方に今回の責任がある』と思って、その仕返しを
僕の言葉にまた暗くなる、相談者。相談者は頭の苛々が頂点に達しているらしく、僕が彼の様子を窺っている中で、自分の善哉を一気に平らげた。
「今はまだ、病院だ。今も病院の中で、獣みたいに唸っている。『全員、ぶっ殺してやる』ってさ。ヤバイくらいに喚いているんだ。一昨日も、病院の中から抜け出そうとして。本当におかしくなっている。正直、凄ぇ怖いよ。対面でのタイマンなら負けないが」
「闇討ちを仕掛けるかも知れない?」
「そうだ。彼奴には、そう言う所がある。勝つ為には、手段を選ばない所が。彼奴は自分が勝つ為だったら、どんな手でも使って来る。相手に例え、『それは卑怯だ』と言われても」
「そうですか。でも、それに屈してはいられない。彼は……ある意味では被害者ですが、それでも人を責めて良い理由にはならない。『自分の思い通りに成らなかったから』と言って、そんなのは決して許されないんだ」
依頼者は、その言葉に眉を寄せた、それが「自分の戸惑いだ」と言わんばかりに。
「なら、どうするんだ? 『彼奴がもし、自分に襲って来た』として?」
「それは勿論、戦いますよ? 自分の身を守る意味で、こちらも正当防衛を」
「出来るのか?」
その疑問に答えたのは、僕の隣に座っていたお華ちゃんだった。お華ちゃんは僕の力を知っているだけあって、その質問にも「ニヤリ」と笑っていた。
「出来るわよ? 天理は、普通の高校生じゃない。あの程度の相手なら」
「勝てる?」
「ええ」
「それはちょっと、甘いんじゃないか? 彼奴は……先輩の俺が言うのも何だか、かなり強い。そこら辺の高校生は勿論、下手したら大人よりも強いだろう。ずっと前に学校の停学を食らった時だって、ボクシング部の連中をぶっ飛ばしたのが原因だし。彼奴は、自分の強さを信じている。その上で、『自分が勝つ』と思っている。彼奴は」
「それでも、戦います。僕にも、僕の信念があるので」
「そうか。それなら」
依頼者は、僕の目を見詰めた。そうする事で、僕に自分の意思を示す様に。
「頼む」
「はい」
「彼奴はきっと、俺の拳じゃ変わらないから」
「はい」
僕は「ニコッ」と笑って、自分の善哉を食べ始めた。それが、自分への喝に成る様に。
それから数日後に、何も起きない。相談者の先輩は勿論、少年の元仲間達ともまた会ったが、それ以外の相手とは殆ど会わず、試しにアヤメ様とも会って見たが、少年の事を気にするだけで、問題らしい問題は何も起きなかった。
僕は、その空気に眉を寄せた。その空気は、平和その物。普通の人間が求める、当たり前の日常だった。少年が通っていた学校にも、ある種の平穏が訪れていたし。それに疑問を抱く人間はきっと、殆ど居ないだろう。僕としては「それ」がかなり不安だが、今の状況を見る以上、その雰囲気を壊す訳には行かなかった。
僕は学校の屋上に行ったのは良いが、そこで何かを考える訳でもなく、地面の上に座っては、暗い気持ちで周りの景色を見始めた。周りの景色は明るく、その空にも雲が浮かんでいる。「不気味だ」
それに応えたお華ちゃんも、僕と同じ気持ちを抱いていたらしい。お華ちゃんはフェンスの前にふわふわと浮かんでいたが、その目はずっと向こうを見詰めていた。
「本当に。これは、幾ら何でも静か過ぎる。私の経験から言えば」
「正に嵐の前の静けさだね? 大きな嵐が来る前の」
「ええ」
そこに割り込んだ狼牙も、その部分だけは同じだったらしい。お華ちゃんが狼牙の返事に驚いた時も、それに「ニヤリ」と笑いこそしたが、彼女の反応自体を否めようとはしなかった。狼牙は口元の笑みを消して、屋上の中をゆっくりと歩き始めた。「まあ、兎に角」
僕は、その声に眉を寄せた。特に「まあ」の部分が、妙に引っ掛かって。
「うん?」
「用心するに超した事はない。相手は一種の、イカレ野郎だしね? 普通の理屈が通じる訳」
狼牙がそう言い掛けた時だった。僕のスマホが「ピコン」と鳴り出した。僕はポケットの中からスマホを取り出して、スマホの画面を「何だ?」と見始めた。スマホの画面には、依頼者からのメッセージが映っている。
僕はメッセージの上部を暫く見ていたが、狼牙達の視線もあったので、スマホのロックを外し、いつものメッセージアプリを開いて、メッセージの内容をじっと読み始めた。
……メッセージの内容は、衝撃だった。
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