第26話 処刑者との戦い(※主人公、一人称)

 そこからの記憶は、無い。恐らくは、気を失っていたのだろう。身体中の痛みに悶えたが、光神刀が緊急用の結界を張ってくれたお陰で、致命傷に繋がる様な傷は防いでくれていた。僕はフラつく身体を何とか起こして、自分の周りをぐるりと見渡した。僕の周りには、不思議な空間。


 恐らくは、建物の中だろう。照明の光(と思われる)が小さくて良く見えないが、それが灯す壁はどう見ても内壁で、内壁の材料はどう見ても岩だった。岩の表面には、黒い塗料が塗られている。今の塗料には見られない様な、古風な感じの塗料が塗られていた。

 

 僕は、その塗料をじっと見始めた。「塗料の様子を見たから」と言って、今の状況が変わる訳ではない。「その特徴が分かったから」と言って、此処から抜け出す手段が見付かる訳でもない。今の状況に想像を膨らませる、そんな程度の憶測を与えるだけだった。

 

 僕は内壁の前に歩み寄って、その表面をそっと撫でた。内壁の表面は、冷たかった。冬の外気に触れた訳でもないのに、掌から伝わって来る温度が恐ろしく冷たい。まるで生気を失った人間、理性を失った悪霊の様だった。僕は「それ」に驚いて、内壁の表面から手を離した。が、その瞬間……「え?」

 

 何かの気配を感じた、。僕は気配の正体を捜そうと、不安な顔で視線の先に目をやった。視線の先には一人(或いは、一体)、謎の人物が立っていた。まるでそう、僕の事を狙う様に。その右手に不気味な得物えものを持って、僕の方をじっと見ていたのである。僕は例の光神刀を出して、相手の方にきっさきを向けた。「悪霊の次は、怪物か。全く!」

 

 なんて悪趣味な。彼処でも充分、僕の事を殺せた筈なのに。敵は自身の捕らえた獲物を徹底的にいたぶって、その魂を切り刻む、正に悪魔の様な人間だった。僕は、その性根に思わず苛立った。「信じられない! 捕らえた相手を一思いに殺るならまだ」

 

 分かる。そう言い掛けた僕だったが、例の人物が此方に迫って来たので、その言葉を直ぐに飲み込んでしまった。


 僕は自分の刀を構えて、相手の攻撃を迎え撃った。。剣と剣がぶつかっただけで、その威力に思わず押されてしまう。その一撃を何とか防いでも、次の一撃にまた押し飛ばされてしまう。


 正に規格外の強さだった。僕は「浄化」も「勾玉」も「刀」も通じない状況で、文字通りの窮地に立たされた。「くっ、この!」


 相手は、その声に怯まなかった。怯まなかった上に笑ってすらいた。相手は此処の支配者らしい態度で、僕の剣を防ぎ、僕の拳を返し、僕の蹴りを止めて、僕の体当たりを避けた。「クククッ!」

 

 そう笑う声もまた、恐ろしい。相手は自分の得物をブンブン回して、僕の身体をまた吹き飛ばした。でも、それでも、引く訳には行かない。相手の攻撃に怯んで、此の場所から逃げる訳には行かない。今も外で待っている、狼牙達の為にも。今は、此の戦いに何としても勝たなければならなかった。


 僕は自分の刀を構える一方で、此の状況に対する打開策を考え始めた。だが、幾ら考えても分からない。相手の攻撃を一応は防げるが、それも段々と押され気味に成って、「通路の突き当たり」と思われる場所まで来た時には、敵の得物にもう少しで狩られる所だった。

 

 僕は、その光景に怯えた。それが伝える事は一つ、自分の死しかなかったからである。あんな攻撃を何度も受け続ければ、流石の僕も(此の表現はおかしいか?)やばい。何処かの場面で、絶対に力尽きてしまう。


 今は何とか防いでいるが、それも只の一時しのぎだし、仮に押し返せる場面が訪れても、相手が「それ」を察して、此方の攻撃を弾いてしまった。今の間に繰り出した攻撃も、相手の得物に防がれてしまったし。僕には「抵抗」と「回避」の二択しか残されていなかった。僕はその現実に苛立って、自分の力にもガッカリした。


「ちくしょう、此じゃ」


「アキラメロ」


「くっ!」


「オ前ハ、終ワリダ」


 相手は「ニタッ」と笑って、僕の身体に得物を振り下ろした。のだが、何かがおかしい。自分の得物を振り上げた瞬間までは普通だったが、そこから先は動きが何故か遅くなってしまった。僕が相手の攻撃を避けた後も、それに振り返る時間が何故か遅かったし。相手がまた僕の身体に得物を当てようとした時も、その軌道がすっかり読めてしまった。


 相手は、その光景に驚いた。それを見ていた僕の方も驚いた。僕達は此の異常に暫く黙ったが、相手の方が「グググッ」と動き出すと、僕もそれに倣って、自分の武器に手を添えた。「何が起きたのかは、分からないけど。兎に角!」

 

 此は、好機だ。。僕は相手の鈍い攻撃を躱して、その左胸に刀を突き刺した。「はぁ、はぁ、はぁ」


 どうだ?


「此の感触。お前の弱点は」


 そこだろう? 

 人間の左胸にもある臓器、その命を守る心臓。


 そこに刃を突き刺せば、絶対に倒れる。剣先から伝わる感触からも、その気配が感じられた。「相手の動きを止めた」と言う、その確かな感触を覚えたのである。僕は相手の胸から刀を抜いて、それから胴体の部分を真二つにした。「はぁ、はぁ、はぁ」


 乱れる息。


「んっ、はぁ、はぁ、んっ」


 頬の表面を伝う汗。


 汗は僕の顎まで伝うと、その吐息に合わせて、地面の上に落ちて行った。僕は汗の感触を覚えたまま、真面目な顔で目の前の人物を見た。目の前の人物は、地面の上に倒れている。その身体を斬られた状態で、地面の上に横たわっていた。「やっ、た」

 

 戦いの途中で、妙な事は起こったけれど。兎に角、勝った事に変わりはなかった。僕はその余韻に触れて、地面の上に寝そべった。地面の上は、氷の様に冷え切っている。「でも」

 

 一番の問題が、どうにか成った訳ではない。「此処から抜け出す」と言う、その問題がクリアされた訳ではないのだ。此処の支配者らしき者を倒しても、此の場所から抜け出していない様に。問題の根幹は、何も解決されていないのである。


 僕はその事実にガッカリして、建物の天井を見詰めたが……。その瞬間に何故か、意識の糸が切れてしまった。


 

 その意識が戻ったのは、それから数日後の事だったらしい。「だったらしい」と言うのは、僕が相手から正確な時間を聞き取れなかったからだ。自分の家族や祖父母、狼牙やお華ちゃん達に抱き付かれて、その正しい時間が分からなかったからである。


 僕は彼等の抱擁から逃れて、自分の周りを見渡した。僕の周りには、点滴やその他医療器具。僕自身の身体もまた、ベッドの上に寝かされている。人工呼吸器は流石に付けられていなかったが、自分の腕には点滴針が刺されていた。僕は周りの人達を何とか宥めて、彼等から事の経緯を訊き出そうとした。「?」


 それに答えたのは、狼牙だった。狼牙はいつもの調子を見せているが、その一方で何処かすまなそうな顔を浮かべていた。


「見付けたからだよ、彼処で倒れていたのをさ。お前、あれからずっと行方不明だったんだぜ? 秀一と彼奴が、あの場所に入って行った」


「僕を見てから、ずっと?」


「まあ、そうだね。お前は多分、あの場所に入って」


?」


「うん?」


「あの二人は、どうなったの?」


 狼牙は、その言葉に「ニヤリ」と笑った。まるで、その言葉を待っていたかの様に。彼は僕のお父さんに目配せして、僕にスマホの画面を見せた。スマホの画面には、例の呟きアプリが映っている。「そいつの呟きを遡ってみな? 

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