第12話 天理、睦子を知る(※主人公、一人称)
それから三十分くらいか? お祖父ちゃんの家に着いた。家の前には庭があって、庭の中には畑がある。畑の中には様々な植物が植えてあるが、その殆どが夏野菜だった。僕は両親の後につづいて、家の玄関に向かった。玄関の前では、飼い猫のミケが寝転んでいた。僕はミケの頭を撫でたが、その感触があまりお気に召さなかったらしく、僕の手から素早く逃げ出すと、狼牙の所に近付いて(ミケは、狼牙が好きな様だ)、彼に自分の身体を擦り付けた。
僕は、その光景に苦笑した。それを笑う、狼牙の態度にも苦笑した。僕は二人の態度に呆れたが、玄関の扉が「いらっしゃい」と開かれると、扉の方に視線を移して、声の主をじっと見始めました。声の主はやはり、家のお祖父ちゃんだった。お祖父ちゃんは僕達の到着が余程に嬉しいのか、僕達全員に「いらっしゃい、よう来たね?」と言った。「待っとったぞ? さっ、上がった、上がった」
僕達は、その言葉に頷いた。特に狼牙が「美味しい物が食べられる」と言う事で、一番に上機嫌だった。僕達は掃除の行き届いた廊下を進み、少し古びた物置の隣を通って、家の居間に向かった。家の居間はやはり、綺麗だった。現代風な僕の家と違って、古風な日本式になっている。部屋の中に置いてある家具類も、壁の隅に張られているカレンダーも、隣の仏間から漂って来る匂いも、それら全てに不思議な雰囲気が漂っていた。
僕達は腰の悪いお祖母ちゃんが運んで来たお茶に「有り難う」や「有り難う御座います」と言って、座布団の上にゆっくりと腰掛けた。「ううん、やっぱり実家だね。こう、漂う空気が違うわ」
お父さんは「ニコッ」と笑って、お祖母ちゃん(つまりは、お父さんのお母さん)の煎れたお茶を飲んだ。僕も、お祖母ちゃんのお茶を飲んだ。僕達は互いの近状を伝え合ったが、僕の事がやはり気になるらしく、お父さんの仕事について(大体は、仕事の愚痴)「そうか。まあ、身体に気を付けろよ?」と聞き終えると、僕の顔から順にお華ちゃんや狼牙と見て、僕達に「無理は、していないか?」と訊き始めた。「詳しい事は知らんが、『修行』って言うのは厳しいんだろう? 霊能者の修行は?」
僕は、その答えに詰まった。それにどう答えるべきか、僕としてはかなり迷ったからである。僕は「はい」とも「いいえ」とも言えない答え、つまりは「それなり」と答えた。「『修行』って言っても、何処かに行く訳じゃないし。普通の小学生が、何かの習い事をして……。ああでも、やっぱり辛いかもね? 最初の頃は、本当に怖かったし。狼牙やお華ちゃんが居なければ」
多分、霊能者等続けられない。こんなにも怖く、こんなにも悲しい仕事は。二人の協力が無ければ、とても出来そうになかった。僕は二人の存在に「有り難い」と思いつつも、それを口に出すのはやはり恥ずかしかったので、自分の頭を只ポリポリと掻き続けてしまった。
「兎に角頑張る」
「そっか、それは……」
そこで押し黙ったのは、お祖父ちゃんの意図か? それとも、偶々そうなったのか? その答えは分からなかったが、兎に角変な沈黙である事は確かだった。お祖父ちゃんは自分のお茶を啜って、仏間の方にふと目をやった。「死んだ親父も、
僕は、その言葉に眉を寄せた。それが嫌だった訳ではなく、そこに妙な感じを覚えたからである。僕はお祖父ちゃんと同じ物を見て、(恐らくは)同じ物を感じ取った。
「僕は、
「別に成らなくても良い」
「え?」
「天理は、天理だ。それ以上でも、それ以下でもない。只、『鞍馬天理』と言う人間。お前は……
「祖父ちゃん……」
僕は、自分の手元に目を落とした。そうしなければ、この感情を抑えられなかったから。僕は湧き上がる感情に熱くなって、両手の拳を思わず握ってしまった。
「有り難う」
「いや」
お祖父ちゃんは「ニコッ」と笑って、自分のお茶をまた啜ろうとした。だが、そこにお華ちゃんの一言。車の中で抱いた疑問が、「感動の場面に御免なさい。でも」と飛び出した。「一つ、訊きたい事があるのだけど? 大丈夫かしら?」
お華ちゃんは、お祖父ちゃんの顔を見た。僕も驚くような、真剣な表情を浮かべて。
「この町にある風習、天理のお父さんから聞いたのだけど。神社の祠に封じられし者、それに生贄を捧げる風習があるらしいじゃない? それは」
「ああ、本当に嫌な風習だ。儂も正直、この風習にはウンザリしている。巫女の精神を奪って……くっ、それだけならまだ」
「あるの? 今回の祭りには?」
お祖父ちゃんは、その言葉に眉を寄せた。まるでそう、苦虫を噛み潰した様に。「帰って来ない。今回の儀式に選ばれた巫女、『浜崎睦子』と言うのだが。その子の意識がまだ、戻っていないんだ。祭りの日からもう、かなりの日数が経っているのに」
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