第13話 やってみる、よ(※主人公、一人称)
意識がまだ、戻っていない。例の儀式を終えてからずっと、ベッドの上から目覚めないでいる。まるで何かの呪いにでも掛かったかの様に、精神の奥から目覚められないでいた。僕は、その話に胸を痛めた。その話に出て来る、様々な人達の事も。僕は「浜崎睦子」と言う少女だけではなく、それに関わる全ての人達、それらの思いに眉を寄せてしまった。「悲しい話だね、その子も」
お祖父ちゃんは、その言葉に暗くなった。その言葉に多分、お祖父ちゃんも胸を痛めているのだろう。彼女と直接の関わりはない様だが、その不幸な状況に「悲しみ」と「怒り」を覚えている様だった。
お祖父ちゃんは自分のお茶を飲み干すと、テーブルのお菓子を幾つか食べて、部屋の天井をじっと見上げ始めた。「全くだ。でも、『それ』を悲しむ資格はない。儂もある意味で、その加害者だからな。彼女の状況に罪悪感は抱けても、それに同情は抱けないだろう。自分が殴った相手に『かわいそう』とは、言えない。ましてや、それに憐れみを抱くなんて。私は、そんな人間は『
僕は、その言葉に目を閉じた。目を閉じて、その意味を考えた。自分も加害者の一人でありながら、それに何も出来ない状況を。そして、自分の孫に「それ」を話す心情を。お祖父ちゃんが浮かべる表情の一つ一つ、言葉の一つ一つから感じ取ったのである。僕はそれらの苦痛に眉を寄せながらも、それを決して否める事は出来ない自分、自分にもそう言う部分があるかも知れない事をしっかりと感じた。
「お祖父ちゃんは、悪くない。悪くないけど、『良い』とも言えない。誰かが困っているのを知っているのに」
「分かっている。でも、儂に『どうしろ』と言うんだ? 儂には特別な力も無いし、それを助けるアテも……」
そこで「ハッ」と驚いたお祖父ちゃんが何を思ったか? それはきっと、目の前の僕に「僕なら何か出来るかも知れない?」と言う事だろう。事実、お祖父ちゃんからも「それ」と同じ事を言われたし。その提案を聞いたお華ちゃんや狼牙達も、真面目な顔で「やってみるか?」と言われてしまった。「これも何かの縁だろうし。解決は無理でも、何かの変化には」
繋がるかも知れない。それは、僕も同意見だ。同意見だが、微妙だった。自分が下手に関わった事でもし、この状況がもっと悪くなったら? 今回の犠牲者達に何と言えば、良いのだろう? 自分の力が及ばなかった所為で、今の状況が更に酷くなったら? そう思うと、やはり……だが。
僕は両手の拳を握って、お祖父ちゃんの顔を見詰めた。お祖父ちゃんの顔は、僕以上に強張っている。「やってみる、よ。上手く行くかどうかは分からないけど、兎に角やれるだけやってみる。こんな状況が続いているのなら」
お祖父ちゃんは、その言葉に喜んだ。だが、お祖母ちゃんの方は嫌だったらしい。お祖父ちゃんが僕に「儂も自分の出来る範囲で、お前の仕事を手伝う」と言う横で、「孫にそんな危ない事をさせられない」と怒鳴っていた。「幾ら霊能者だからって! 天理はまだ、小学生だよ? 小学生にそんな事をさせちゃ」
お祖母ちゃんは、僕の両親に目をやった。恐らくは、二人の同意を促す為だろう。二人が自分の味方に成れば、お祖父ちゃんの意見も否められるから。でも、その考えは甘い。お母さんの方はお祖母ちゃん寄りでも、その考え自体はお祖父ちゃんと同じだった。二人はお祖母ちゃんの気持ちを宥めて、僕の肩を何度か叩いた。
「まあ、母さんの気持ちも分かるけど。此処は、天理に任せてみない? 天理は祖父ちゃんと同じ、霊能者なんだから。素人の俺達が関わるよりも、ね?」
「で、でも! 天理に万が一の事があったら!」
そう叫んだお祖母ちゃんに「大丈夫」と言ったのは、僕の隣でお菓子を食べていた狼牙だった。狼牙はお祖母ちゃんの目を暫く見詰めたが、やがてお祖母ちゃんに「ニコッ」と笑った。「俺達がちゃんと、此奴の事を守るから。ばーちゃんは、何も心配しなくて良い」
お華ちゃんも、その言葉に頷いた。お華ちゃんは「ニコッ」と笑って、お祖母ちゃんの目を見詰めた。「そうです。私達は、天理の守護者。彼の命を守るのが役目です。危険な敵は、私達が倒す。彼は未熟ですが、霊能者としての資質は確か。今回の事も、きっと」
お祖母ちゃんは、その続きを遮った。その続きはもう、「言わなくても」と言う風に。お祖母ちゃんはお茶の表面を暫く見て、狼牙やお華ちゃんの顔にまた視線を戻した。
「儀式の犠牲になった子、その子のお祖母ちゃんはアタシの友達でね? 睦子ちゃんが例の事で倒れて以来、ずっと沈んでいて。普段は日が暮れるまで、畑仕事をしている様な人なのに。今は、死人みたいに成っている。アタシは、そんな思いをするのは嫌!」
「お祖母さん……」
「だから、絶対に守って。私の孫を!」
お華ちゃんは、その言葉に頷いた。狼牙も、その言葉に頷いた。二人は互いの顔を見合って、僕の身体を叩いたり、横腹を突いたりした。「それじゃ、天理。今年の夏は一つ、『人助け』と行こうぜ?」
人助けは、その翌日から始まった。本当は昨日から始めたかったが、お祖父ちゃんの家に着いた時間は勿論、それからの流れを入れても(お祖父ちゃん達が作ってくれた料理を食べたり、お父さん達とお祖父ちゃん達が大人の話を始めたりした事もあって)、翌日からの開始になってしまった。
僕達はお祖父ちゃんから聞いた話を
僕は、その言葉に頷いた。確かにその通りである。僕達は睦子さんの事を救いたいだけで、苦しめたい訳ではない。「彼女の状況を少しでも良くしよう」と、そう本気で思っているのだ。自分達の好奇心、探究心から彼女の事を助けたい訳ではない。
僕達は、自分の思いに賭けて、彼女の事を「助けたい」と思っているのだ。「その為にはまず、相手の許可を取らないとね? 僕達がどんなに『救いたい』と思っても、それが迷惑になる事もあるし。自分勝手な厚意を見せる訳には」
狼牙は、その言葉に「ニヤリ」とした。その言葉を「待っていました!」と言う風に。狼牙は僕達の先頭に立って、田舎の農道を歩き始めた。「そうだな。それじゃ、早速」
向かったのは勿論、浜崎睦子の家だ。家の前には美しい花々が置かれているが、雲の間に太陽が隠れてしまった所為で、その表面が僅かに暗くなってしまった。狼牙は、その光景に眉を寄せた。僕やお華ちゃんも、その空気に倣った。
僕達は花の陰影を暫く見ていたが、本来の目的をふと思い出すと、僕が三人の代表に成って、玄関の呼び鈴を鳴らした。玄関の呼び鈴は、美しかった。普通は「ピンポン」と流れるそれが、此処の呼び鈴は「キンコン」と流れた。僕達は「それ」に驚いて、互いの顔を思わず見合った。「中々、上品な家ね。家の外装も、古き良き日本家屋……」
そう言い掛けたお華ちゃんが黙ったのは、玄関の扉がゆっくりと開いたからである。お華ちゃんは玄関の扉に意識を戻して、扉の奥に視線を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます