第11話 小学五年生の夏休み(※主人公、一人称)

 夏は、楽しい。学校には夏休みがあるし、田舎のお祖父ちゃんからはお小遣いが貰える。正に「天国」と言っても過言、ではないな。今年の場合は少なくても、そうではない。お祖父ちゃんの家に行くのも「今年は偶々行けるから」であって、毎年の様に行ける訳ではなかった。偶にしか行けないから、少しの無理があっても行く。僕が本当は友達と遊びたくても、自分の両親に「ほら、行くぞ」と言われれば、その言葉に(不本意ではあるが)「分かった」と頷く。それが今年の夏であり、まただった。

 

 僕は車の後ろ側に座り、狼牙と携帯ゲーム(狼牙は自分の霊力を使えば、スマホやゲーム機等も使える)を遊んでいたが、ゲームが余り好きでないお華ちゃんは、窓側の席を陣取って、そこから外の景色を眺めていた。「あっ、今のずるい!」

 

 狼牙は、その言葉に「クスクス」と笑った。それを「見下す」と言うよりも、僕への友情を持って「馬鹿にする」と言った方が正しいかも知れない。事実、僕が彼の攻撃を防いだ時には「ニヤリ」と笑って、その反撃を「おっ、凄いな!」とたたえていた。


 狼牙は僕よりもかなり大きい狼だったが、車の中に一応は入る大きさ、中型犬くらいの大きさしかなかったので、傍目から見れば、「主人の僕にじゃれつく柴犬」としか見えなかった。のだが、やはり悔しい。年齢の頃は僕とそう違わなくても、「僕の守護獣」と言うだけあって、僕よりも色々と優れているし、またお母さん(特に女の子)への受けもかなり秀でていた。「こんなんじゃまた、クラスの連中に笑われるぜ? 彼奴等、中々やるからな。良く鍛えて置かないと?」


  僕は、その言葉に唸った。それを否めない自分も悔しい。その指摘に対して、「そうだね」と頷くしかない自分も悔しい。僕はゲームのそれ自体は嫌いでなかったが、その腕自体は決して上手くなかった。それに故にまた、狼牙との勝負に負ける。窓の外を眺めているお華ちゃんにも、「やれやれ」と呆れられる。運転席のお父さんには、「アハハハッ」と笑われてしまったけど。


 彼等は僕の腕に呆れるか、或いは、笑うかして、変わらない県道の景色に賑やかな空気を作っていた。僕も(彼等の反応に「ムカッ」とはしたが)周りの空気に当てられて、最初は苛々していた気持ちも、県道の脇にコンビニが見え始めたり、反対側に体育館らしき物が見え始めたりした頃には、その苛立ちをすっかり忘れていた。

 

 僕は自分の脇にゲーム機を置いて、窓の外にじっと見始めた。窓の外には、先程よりも都会的な景気が広がっている。田圃と畑、時々民家しか見えなかった景色も、その画用紙に様々な建物を描いていた。僕はお華ちゃんの隣側から見て、外の景色に「うぉっ」とときめいた。「綺麗な町だね、ここ! 僕の住んでいる町は」

 

 お父さんは、その言葉に暗くなった。いや、暗くなった気がした。前のバックミラーを見ても、お父さんの顔は見られないけれど。運転席の背部から伝わって来る気配にも、お父さんの感情を表す雰囲気が漂っていた。父さんはバックミラーの左端をチラリと見たが、僕が「それ」を見ようとすると、鏡の端から視線を逸らして、自分の正面にまた向き直った。「まあ、ね。だが、この町には」

 

 そこで言い淀んだお父さんに一つ、お華ちゃんも疑問を抱いたらしい。本当は僕がお父さんに「それ」を投げ掛けよとしたが、僕が運転席のお父さんに「ねぇ?」と話し掛けようとした瞬間、お華ちゃんが外の景色から視線を逸らして、お父さんに「?」と訊いた。「私も、気配の出所を探っていたけれど。その様子を見る限りでは?」


 お父さんは、その言葉に押し黙った。それが自分にとって「答えにくい事」と言わんばかりに。「ううん、まあ。この町には、色々と有るからね? 昔から」 


 今度は、僕がその言葉に食い付いた。僕は言葉の中にあった「昔から」と言う部分、それがどうしても気になった。「昔から」と言う事は僕が生まれるよりも前、下手すれば、お父さんが生まれる前からあった可能性もある。そう考えると、どうしても「うん?」となってしまった。僕はお父さんの背中に向かって、自分の疑問をそっと投げ掛けた。「『色々』って、例えば?」


 どんな物が有るのか? お父さんには「それ」と訊こうと思ったが、お父さんの方が「それ」を察してくれたらしく、お母さんが僕の好奇心に「コラッ!」と叱った時も、それに倣わないで、その質問に答えてくれた。


 質問の答えは、文字通りの衝撃だった。町の為に捧げる生贄、その犠牲者たる人柱。それが今も、この町では「続いている」と言う。今年の夏にも、そして、これからの夏にも。それは未来永劫変わらない、この町の悪しき習慣だった。


 お父さんは信号の赤に止まって、自分の頭を何度か掻いた。「正直、糞みたいな習慣だ。毎年、毎年、祭りの巫女を……祭りには巫女が選ばれるんだが、その子を生贄に捧げて。本当に最悪な祭りだよ。祭りが終れば、その巫女も参ってしまうし。今までも、倒れたが子が」

 

 僕は、その言葉に目を見開いた。信じられない言葉だった。今の時代、そんな風習が残っているなんて。聞いただけでも、「ゾッ」とする。正直、下手なホラー小説よりも怖かった。僕は未だ見ぬ祭りの恐怖に震えて、ゲーム機の電源を思わず消してしまった。「その祭りはもう、終ったの?」

 

 その答えは、中々返って来なかった。お父さんは信号の青にまた車を走らせたが、その口はずっと閉ざしていた。だから、質問の答えが返って来たのもかなり後。お父さんが次の交差点を曲がった後だった。


 お父さんは、バックミラー越しに僕の顔を見た。「時期を考えれば、な? 多分、終っただろう。アレは、毎年恒例のイベントだからな。町の天気が例え荒れていても、中止に成る事はないだろう。あの儀式は決して、めては行けない。儀式の生贄は、毎年の供物なんだ」

 

 僕は、その言葉に押し黙った。押し黙るしかなかった。町の巫女(と言うらしい)が、何かに捧げられる光景を思い浮かべると。落ち込む気持ちが、更に落ち込んでしまった。僕は憂鬱な顔で、自分の足下に目を落とした。


「その儀式は」


「うん?」


「ずっと続けなきゃならないの?」


「ああ、悲しい事にね。それを止めれば、町にも災いが起こる。科学の発展した現代では、考えられない話だが。実際、その儀式をやらないと」


 そこに割り込んだお華ちゃんもまた、この話に「全く」と苛立っていたらしい。お華ちゃんは窓の景色から視線こそ逸らさなかったが、その表情には静かな怒りが浮かんでいた。


「大変な事があったのね? それも、一回や二回ではなく。その儀式を怠る度に起こった。町の人々に災いをもたらす、何かが?」


「……ああ。町の連中は最初こそ、『偶然だ』と思っていたらしいけど。今は、そんな事を全く信じていない。彼等は本気で、封じられし者を恐れているんだ。祭りの巫女達を食らう、恐ろしい化け物。化け物は町の神社、そこの祠に封じられているらしいが」


 お華ちゃんは、その言葉に振り向いた。僕もそれが気になったが、その祠がどうしても気になるらしい。何か考える中で自分の顎を摘まむ様子からも、その気配が薄らと感じられた。お華ちゃんは自分の顎を暫く摘まんだが、やがて運転席の背部をまた見始めた。


「ねぇ、お父さん」


「なんだい?」


「これはあくまで、私の想像だけど。


「今までと違う? それは、どんな風に?」


「分からないわ。でも、何故か」

 

 そんな気がする。今までとは違う何かが、今年の祭りには起こる。お華ちゃんはそう考えて、僕達にその不安を表した。「これは、注意が必要かもね? 思わぬ事態に巻き込まれる」

 

 お父さんは、その言葉を遮った。「言葉の続きは、聞きたくない」と、そう態度に示して。お父さんは車内の空気を変えたくなったのか、丁度目に付いたコンビニを指差して、彼女の全員に「ちょっと休むか?」と言った。「お父さんも、トイレに行きたくなったし。お前等も、ジュースか何かを飲みたいだろう?」

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