第10話 睦子と一緒に居るのは、楽しい?(※三人称)

 秀一の祖父は、自分の家に帰った。家の中では、家族が二人(特に秀一の祖父)の帰りを待っていた。彼は家の居間に家族を呼んで、長机の周りに彼等を座らせた。「

 

 それだけで分かる、家の人々。どうやら、大体の想像は付いていたらしい。秀一の祖母や母は「それ」に泣き出していたが、男連中は只悔しげに「う、うううっ」と唸っていただけだった。


 彼等は祖父の持ち帰った話に落ち込む一方、秀一の行動にはやはり怒っていたらしく、彼の気持ちに同情こそ抱いていたが、その行動自体には「何て馬鹿な事をしたんだ!」と怒っていた。「お前まで、其奴に祟られて。此じゃ、睦子の頑張りも」

 

 秀一は、その言葉に「カッ」となった。特に「睦子の頑張り」の部分、これには憤怒を覚えたらしい。普段は大人しい部類の彼だが、この時ばかりは普段の自分をすっかり忘れていた。秀一は机の上を思い切り叩いて、親類の顔をキッと睨んだ。


「何が頑張り、だよ? 睦子の精神を犠牲にしてさ、『町の平穏を保とう』なんて。大人のやる事じゃない! 普通なら怒られて当然の」


 事かも知れない。そう続けたのは……いつの間に居たのだろう、。少年は周りの大人達には見えないのか、彼の少し後ろに立っても、誰からも気付かれないで、目の前の秀一と話す事が出来た。「でも、『それ』が現実なんだ。嘗てのボクが味わった現実、『自分達に不都合な事が有れば、それを揉み消せば良い』と言う現実。『人間』って言うのは、そう言うのを平然とやれる生き物なんだ」


  秀一は、その言葉に眉を寄せた。「彼が自分の前にまた現われた」と言う現実よりも、その言葉に怒りを覚えてしまったからである。秀一は彼の話す現実、大人の偏向に吐き気を感じた。


「君も、こんな風に言われたの? 『自分が犠牲に成る事で、町の皆が助かる』って? 殆ど無理矢理に」


「……うん、だから!」


 少年は、自分の言葉を切った。言葉の興奮を何とか抑える様に。


「町の祭りで巫女役をやった子達、その子達にも話したんだけどね? 皆、信じてくれなかった。『お前は化け物だから、私にも嘘を付いているんだろう?』って」


「最初から信じてくれなかった?」


「うん、だから消した。を、ね。元の世界に戻したのも」


「余計な事を言われない為?」


「それもある。でも、それだけじゃない」


「それだけじゃない?」


「巫女の犠牲が無くなれば、町の平和も結局」


「成程。つまり」


 どっちに転んでも、「最悪」と言う訳か。彼の話が本当でも嘘でも、生贄自体が無くなれば……この町にもどっち道。


「悪い事が起きる? それも、凄く悪い事が」


「そう。だから、睦子ちゃんも迷っている。自分が元の世界に戻れば、この町にも災いが起きてしまうから。祠の中でずっと、自分の気持ちと向き合っている。ボクとしては、元の世界に彼女を戻して上げたいけど。そうしたら」


 秀一は、その言葉に眉を揺らした。それを聞いただけで、二人の気持ちが分かったからである。二人が今、どれだけ苦しんでいるのかも。だから、彼も悩んだ。周りの大人達から「誰と話しているんだ」と訊かれても、その質問を無視した。


 秀一は周りの大人達に謝り、少年に「ついて来い」と目配せして、例の部屋に彼を連れて行った。部屋の中は、静かだった。時間の方はもう十時を過ぎていたが、家の居間に大人達が集まっていた所為で、「昼前」と思えないくらいに静まり返っていた。

 

 秀一は、押し入れの中から座布団を取り出した。その上に少年を座らせる為である。「どうぞ?」

 

 少年は、その言葉に微笑んだ。それに「有り難う」の意を込めて。少年は座布団の上に座ると、穏やかな顔で秀一の目を見詰めた。秀一の目は、彼と正反対の色を浮かべている。


「良い部屋だね、整理が行き届いている」


「そう、かな? 僕には、普通の部屋に思えるけど」


 秀一は、彼の真向かいに座った。自分も、床の上に座布団を敷いて。


「まあ、お祖父ちゃん家だから。自分の家は、こんなに綺麗じゃない。家の部屋も」


「そっか。でも、祠の中よりはマシだよ。あの中は、本当に狭いからね。家具らしい家具も無いし、暇潰しの道具も無い。只毎日、真っ暗な空間に居るだけだ。外の事は殆ど分からない、真っ暗な空間に。だから」


「寂しいね、それは」


「うん。祠の外に出られるのも、この時期だけだから。夏が終れば、彼処あそこにまた戻る」


「そっか……」


 秀一は、床の上に目を落とした。床の上には、自分と彼の影が落ちている。


「ねぇ?」


「うん?」


?」


 その答えは、沈黙。それも、変な空気の漂う沈黙だった。少年の葛藤を誘う様な沈黙。少年は「それ」に暫く俯いたが、やがて恥ずかしげに笑った。


「楽しいよ? 楽しいけど、辛いね。彼女には、大切な人が居るから。どんなに楽しくても」


「うん……」


 今度は、秀一が押し黙った、秀一は床の上に目を落としたが、やがてまた少年の顔に視線を戻した。少年の顔はやはり、孤独の色に染まっている。


「ねぇ?」


「うん?」


「『祠の外に出たい』と思う? 祠の外に出て」


「何処に行くの?」


「え?」


「ボクにはもう、帰る家が無い。ボクの事を待っている人も。ボクはね、本。人柱には、帰る場所が無い。だから、あの場所に居るしかないんだ。自分が望むと望まざるとに関わらず、あの場所に居続ける。ボクには、人間の自由が無いんだ」


 秀一は、その言葉に口を閉じた。その言葉に胸を痛める様に。彼は悔しげな顔で、両手の拳を握り締めた。

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