中篇 自己利益の極地へ(※三人称)
二人は霊能者、らしい。その身なりは「普通だ」と思うが、彼等から感じられる気配はどう考えても普通ではなかった。普通でない人間が、普通を装っている状態。普通の奥に異常を隠している状態。そんな印象が感じられたのである。少年が二人の腕に助けられた時も、彼等の厚意に「有り難う」とは思ったが、それ以後は「大丈夫かな?」と思い始めた。
少年はそんな不安を抱きつつも、漸く落ち着き始めた思考を動かして、二人の顔をじっと見始めた。二人の顔は、少年の顔をじっと見返している。「アンタ等の厚意は、嬉しい。けど、そんでも」
怪しいモノは、怪しい。相手が例え、善意でも。見ず知らずの人間を助けるのは、相当の何かがある筈だ。余程のお人好しを覗いて、大抵は何か裏がある筈である。そう考えるとやはり、目の前の二人は信じられなかった。少年は二人に自分の身体を任せる中で、此の場から逃げ出す隙をじっくりと待ち始めた。
が、相手には「それ」が通じなかったらしい。少年としては隠している積もりだったが、彼の表情から「それ」を読み取ったらしく、少年が自分達の腕を振り解こうとすると、その腕を「止めた方が良い」と掴んで、少年の顔をじっと見始めた。「君の様子から察して、かなり危ない状態だろう? 『所持金がある』とも思えない。私達の事を疑うのは分かるが、此処でのそれは自殺行為だ。自分の命を態々捨てる必要はない」
少年は、その言葉に押し黙った。押し黙るしかなかった。赤の他人に「それ」を言い当てられた事も辛いが、それが自分の胸にのし掛かったからである。少年は彼等の意見(しかも、現実的な意見)に負けて、その場に思わず立ち続けてしまった。
「でも」
「うん?」
「それで、何か良くなるのかよ? 此の状況から抜け出して」
「今よりも良くなるかは、分からない。だが、そのままでは犬死にだ。今はまだ、大丈夫でも。いずれは、地面の上に倒れる。地面の上に倒れて、自分の人生にガッカリする。昨日まで普通に生きていた筈が、こんな事に成るなんて。『分かった』と受け入れられる筈がない。人間は幸運を掴むのも一瞬だが、不幸に落ちるのも一瞬だ」
少年は、その言葉に眉を寄せた。二人の言った言葉、特に「落ちる」の部分が引っ掛かったからである。それに「一瞬」と付け加えた所も、その好奇心を煽らせていた。少年はその好奇心を隠して、二人の目をそっと見返した。「何かあったのか?」
その答えは、無言。少年の目を只、じっと見返している。少年がまた「そんな事を言うなんて。アンタ等も何か、訳ありなの?」と訊いても、それに「ああ、うん」と頷くだけだった。
二人は少年の目を暫く眺めたが、彼にある種の空気を感じたのか、最初は探り探りであったものの、少年が「それ」に食い付いて以降は、お得意の話術を使って、自分達の側に少年を引き寄せた。
「私達も、食い扶持を奪われてね。随分と昔の事だが、君の様な目に」
「遭ったのか、アンタ等も?」
「うん。アレは、良い商売だった。『町の平和を守る対価』として、その報酬を得ていた商売。実に美味しい生業だ。人の不幸を取り除く事で」
「金を稼いでいた、訳か。成程……それは、確かに」
良い商売かも知れない。人の不幸は、金に成る。自分の懐が寂しくなったら、他人の財布から頂くのが常套。相手が自分に怖がる気持ちを使って、その財布を開かせるのが常識だ。困った時には、他人の金を使えば良い。「人の不幸は、金に成る」と言う考えは、それを活かした応用技である。
自分の命を守る為なら、平気で相手に金も渡してしまう。世の中の人間は「それは、おかしい」と抜かしているが、それが少年の知る人間で、またそう信じる真理だった。人間は恐怖の前では、どんな権力者も奴隷に成る。そう考えると、不思議と何故か嬉しくなった。「二人の事は殆ど知らない」とは言え、彼等の中に親近感を覚えてからである。少年は自分の先輩を得た様な感覚、此からの未来を見付けた様な顔で、二人の顔を見詰め始めた。
「アンタ等が霊能者で、何かの職を奪われたのは分かった。分かったけど」
「うん?」
「それでもやっぱり、分からない。アンタ等からすれば、俺って正直」
「他人?」
「そうそう、他人。それも、金すら無いガキ。そんなガキを助けて」
「助けたんじゃない?」
「ふぇ?」
「アレは、偶々だ。本当なら彼処に居る筈の獲物が動いて。その気配を追い掛けた先に居たのが、君だった。君があの幽霊に憑かれたんで、仕方なく」
「祓ってくれた?」
「祓う事にした。そうしないと、面倒だからね。獲物が居なくなっても、困る。アレは、依頼者から頼まれた獲物だからね?」
少年は、その言葉に眉を上げた。言葉の中にあった物、「依頼者」の部分に興味を引かれたからである。「金蔓が居るのか?」
二人は、その言葉に「ニヤリ」とした。それをまるで、喜ぶ様に。
「表の世界では無理でも、裏の世界には山ほど居る。裏の世界は、文字通りの闇だ。後ろ暗い事情を抱えた人間が、山ほど居る。他人の金を奪った人間や、その命を奪った人間達が。普通の人と同じ程に生きているんだ。私達は、そんな人達に力を売っている。幽霊からの報復を恐れる人間に」
「霊能力を使っている、のか?」
「そう言う事。見える力から逃げられても、見えない力から逃げるのは難しいからね。やればやる程、祟られる。私達は、そんな人達を助ける為に」
「得意のお祓いか。成程ね、そうすりゃ無限ループ。悪い奴は幾らでも、『悪い事が出来る』って訳か。誰からも責められずに?」
「そう言う事。彼等は安心……とは違うか? 兎に角、堂々とやれる訳だ。自分のやりたい事を、文字通りの悪い事を。君の事をさっき襲っていた幽霊も、今回の依頼者に殺された人間だ。相手に君が好きそうな強姦、暴力、恥辱を与えた上で、森の中に埋めたんだよ。公の機関にも、口止め料を払ってね。外側の攻撃を完全に遮ったんだ」
「その上で、アンタ等が内側を閉ざした。幽霊の呪いから依頼者を守る為に」
「実に合理的だろう? 相手は自分の命を守れて、此方も顧客の命を守れる。顧客の命は、私達の財布だから。財布の命を失う訳には行かない。その販路を失う訳にも。私達は数多の欲を活かす事で、その利益を守っているんだ」
少年は、その言葉を喜んだ。「此こそが、自分の理想。自己利益の極地」と思ったからである。彼は興奮気味の気持ちを抑えて、目の前の二人をまた見返した。二人はまだ、彼の目を見詰めている。
「なあ?」
「うん?」
「アンタ等の仕事、俺にも出来るか?」
二人は「それ」に驚いたが、やがて「ニヤリ」と笑い出した。彼等の思考は読めないが、その表情を見る限り、「そう成る様に仕向けた」のが本音であった様である。二人は「捨て駒」とまでは行かないが、「丁度良いお手伝い」を見付けた様な気分で、少年の顔を「クスクス」と眺めた。「良いだろう。但し」
それなりに辛いかも知れないぞ? そう言う言い掛けた二人だったが、少年にはどうでも良い事だったらしい。二人が彼に「ついて来られるか?」と訊いた時も、それに二つ返事で「大丈夫」と答えていた。少年は「ニヤリ」と笑って、目の前の二人に頭を下げた。
「俺、『
「そうか。私達は」
そう自己紹介を始めたのは、
仁は、その言葉を喜んだ。喜んだが、直ぐに「待てよ」と思い直した。彼は元不良少年のそれらしく、悪い笑みを浮かべて、二人の目を見始めた。
「その就職祝いですけど、もう一つだけ足しても良いですか?」
「え? ああうん、別に構わないが? それは」
「復讐ですよ。俺のこんな目に遭わせた復讐、あの女には地獄を味わわせたいんです。廃墟の奥に住んでいた、あのアヤメって化け物を」
二人は「それ」に顔を見合わせたが、やがて「フッ」と笑い出した。彼の不遜極まりない我儘にある種の興奮を覚えたらしい。「良いだろう。では、食事を食べ終えたら……」
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