第8話 大きな代償(※三人称)
「今の人には、信じられないかも知れないけどね? 昔は、『
「町の人柱に選ばれた?」
「そう言う事。選ばれたのは、ずっと昔だけどね。ボクは祭りの儀式で、巫女達の力を貰う代わりに」
「ま、待って! それじゃ!」
巫女達がいつも、祭りの儀式でおかしくなるのは。
「君に力を与えていたから? 人柱の力を注ぐ為に?」
「ああうん、そう、だね。町の人達は、『祠の中に居る者を封じる為』とか言っているらしいけど。本当は、違う。町の人達がボクに力を注ぐのは」
少年は一瞬、自分の言葉を飲み込んだ。「そこから先は、本当に残酷は話だ」と言わんばかりに。秀一が彼に話の続きを促した時も、それに「ご、ごめん」と謝っただけで、その続きを暫く話せなかった。
少年は何度か深呼吸して、秀一の目を見返した。秀一の目も、彼と同じ真剣な目になっている。
「今も尚、町の平和を守る為。平和の中にある、豊かさを守る為。彼等がもし、祭りの儀式を怠れば」
「君に力を送れなくなる? 平和の源になる力を?」
「うん……。巫女の精神は、守りの活力。守護の根幹だ。それが
「え? この町って、ずっとこんな感じじゃ?」
「ない。少なくても、ボクが生まれた当時は。病は勿論、飢饉や災害もしょっちゅう起こっていた。それこそ、町がいつ壊れてもおかしくないくらいに。この町は」
「な、なるほど。それで、君が」
「選ばれた。うんう、選ばれてしまった。『ボクが町の人柱に成れば、この災いが無くなる』って、生きたままバラバラにされたんだ」
秀一は、その話に言葉を失った。それは、幾ら何でも酷過ぎる。本人の意思を無視した上に、その命すらも引き裂いてしまうなんて。「真面な人間がやる事」とは、どうしても思えなかった。
秀一は、その現実に苛立った。それが伝える、人間の本質にも苛立った。「人間は自分が助かる為だったら、平気で他人の生命も奪える」と言う本質に。彼は自分がそんな種族の一人である事、「自分にもそう言う部分があるかも知れない」と言う現実に恐怖を覚えたが……それも次第に収まってしまった。「確かに酷い話だね? でも、それは」
少年の話が、真実である場合。話の内容が、本当の場合である。それがもし、本当でなければ。自分の
秀一は「疑問」と「人情」の間に立って、少年の目をじっと見詰めた。少年の目は今も、その悲しみを訴えている。「御免」
彼にそう謝ったが、それは表面上の事だった。相手のどんな動きにも応じられる、無難な返事。相手に自分の気持ちを悟られない、彼なりの高等技術である。
秀一は(表面上では)不機嫌を装ったが、内心では少年の動きを窺って、その本音を何とか見極めようとした。「君の言う事、今すぐには信じられない。その、確たる証拠が無い以上は!」
少年は、その言葉に微笑んだ。まるでそう、「君がそう思うのも当然だ」と言わんばかりに。彼は秀一の顔を暫く見たが、やがて祠の方に視線を移した。
「君の警戒心も、分かる。君がボクに対して、恐怖を抱いている事も。だから!」
「え?」
「い、いや、何でも。只、此だけはどうしても」
少年は何度か深呼吸して、秀一の顔にまた視線を戻した。秀一の顔は、その視線に強張っている。
「睦子さんには、時間が無い」
「え?」
時間が無い、睦子には?
「どうして? まさか!」
「ち、違う! ボクの意思でそうした訳じゃ! 彼女は……変な表現だけど、ボクと相性が良いみたいなんだ」
秀一は、その言葉に固まった。特に「相性が良い」と言う部分、これには嫉妬を覚えてしまった。こんな訳も分からない化け物と睦子の相性が良いなんて、どうしても苛々してしまう。目の前の少年が美しい、所謂美少年である事も。その嫉妬をより激しくさせていた。秀一は今までは違う感情、目の前の少年に対抗心を抱くような顔で、少年の顔をじっと睨み付けた。
「ふざけるな! 『自分が幾ら格好良いから』って! 睦子の事を」
「奪う訳じゃない」
「え?」
「彼女の事を奪う訳じゃない! 君の想い人を」
秀一は、その言葉に無視した。そんな言い訳等、幾らでも出来る。相手に好意が無いフリをして、本当は好意があるフリは。秀一は言い様のない怒りを覚えて、少年の胸倉を思い切り掴んだ。「だったら、何なんだよ? 『自分と相性が良い』って? そんなの」
恋愛以外に考えられないではないか? 少年が「それ」をどんなに否めても、秀一の目にはそうとしか見えない。事実、少年も睦子に好意を抱いている様だった。秀一は少年が自分の怒りに微笑んでも尚、悔しげな顔で彼の胸倉を掴み続けた。
「返せ!」
その返事は、無言。只、悲しげな沈黙が返って来ただけだった。
「睦子の事を今すぐ!」
「良いよ」
「え?」
「君がそこまで言うなら、君に睦子さんを返しても良い。只」
「な、何?」
「それには、大きな代償が伴う」
「だ、代償? それは」
一体?
「どんな?」
少年は、その返事に言い淀んだ。それが「彼の苦悩」と言わんばかりに。少年は祠の方に戻って、その扉をゆっくりと撫で始めた。「彼女が君の所に戻れば、この町に大きな災いが起こる。それこそ、町の全てが滅んでしまう程に。彼女の存在は、それ程に大きなモノなんだ」
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