第8話 恐怖と青春 (※主人公、一人称)
僕は、その疑問に答えた。疑問の答えは、彼の先輩から
「病院の精神科に入っている。彼は相談者、自分の先輩にこれを話したけど。アヤメ様の脅しには、逆らえなかった。彼は自身の
「そして、町の病院に運ばれた?」
「うん、僕の聞いた限りでは。今は、病室の周りに結界を張っているけど。彼は霊障の中で生まれた幻想、自分の作った幻に苦しんでいる。あの幽霊が、つまりはアヤメ様がまた、自分の前に現われるのを恐れて。彼は、周りの世界を完全に遮っている」
アヤメ様は、その言葉に眉を寄せた。それに怒ったから、ではないらしい。彼女の表情を見る限りでは、自身の行いを悔いているらしかった。彼女は僕の目を暫く見詰めて、それから悲しげに「クスッ」と笑った。「やり過ぎちゃったかな? あたし」
僕は、その疑問に答えられなかった。それを聞いていた、少年や狼牙達も。彼女の疑問に答えられたのは、疑問の内容に苛立っているお華ちゃんだけだった。お華ちゃんは彼女の顔に近付いて、その鼻先に人差し指を付けた。「そんな訳がないじゃない? 貴女は、自分の心に従った。自分の心に従って、彼等の事を
アヤメ様は、その言葉に泣き出した。十七才くらいの少女が、「うわん」と泣き出す様に。彼女もまた、その見掛け通りに「うわん」と泣き出したのである。彼女は人形のお華ちゃんに何度も「有り難う」と言って、両目の涙を「う、ううう」と拭い続けた。
「でも、やっぱりやり過ぎた。お人形ちゃんの気持ちは、嬉しいけど」
「アヤメ様……」
「あたし、もう止める。彼の事を怖がらせるの。これ以上やれば」
僕も、その意見には賛成だった。彼女の正義を否める積もりはないが、これ以上は流石に不味い。彼の精神をこれ以上に追い詰めるのは、最悪の事態すら招く可能性がある。彼の反省を促す積もりが、その彼に死なれては本末転倒だ。本来の主旨から大きく外れてしまう。僕は彼女の考えに頷いたが、お華ちゃんの方はやはり否定的だった。お華ちゃんは僕の方に戻って、その鼻を鋭く指差した。
「それじゃ、何も変わらないじゃない? アヤメ様が彼等の反省を促しても、此処の少年達が自分の心を改めても、肝心の頭が何も変わらなかったら! 今までの事も全て」
そこに割り込んだ狼牙は、お華ちゃんとは真逆の意見だった。特に「全て」の部分、これには「違う」とすら言い切っている。狼牙は「ニコッ」と笑って、アヤメ様の顔に視線を移した。「全て変わるよ? 今は変わらなくても、いずれは変わる。
「そっか。そう、だよね? 確かに。彼はもう、昔の彼には戻れない。遅かれ早かれ」
「そう言う事。だから」
「それでも」
「うん?」
「やっぱり、その……許せないよ。自分の仲間を見捨てる人は。あたしには、どうしても許せない」
アヤメ様は陰鬱な顔で、狼牙の顔を見詰めた。狼牙の顔は、その表情に目を細めている。
「もう少し、もう少しだけ! 彼の事を懲らしめても?」
「『大丈夫』とは、言えないな。相手の精神はもう、崩壊寸前だし。それに追い打ちを掛けるのは、どう考えても悪手だ。アヤメちゃんの品性も、損なわれる。アヤメちゃんは俺が見る限り、『そう言うのはちゃんと持っている子だ』と思うから」
「で、でも!」
「大丈夫」
「え?」
「アヤメちゃんが彼奴に手を下さなくても、世間の方が勝手に殺ってくれる。『此奴は、人の道から外れた悪党だ』ってね。お得意の正義を見せてくれる筈だ。最近じゃ、『拡散』って物もあるし。それに自分の悪事を知られたら、即終了だ。人生の
アヤメ様は、その言葉に押し黙った。それに「うん」と思えた訳ではない。ましてや、「そうだね」と頷けた訳でも。彼女が狼牙の言葉に押し黙ったのは、その言葉が余りに現実的で、また残酷でもあったからだ。「自分」と言う恐怖が動かなくても、世間の正義が彼に制裁を与える。「不良少年への断罪」としては、充分な制裁だろう。
世間は、幽霊よりも恐ろしい。彼はこれから、その恐怖を味わう訳である。アヤメ様は狼牙の考えに未だ迷っていたが、彼の話が現実的な事もあって、最後には不本意そうではあるが、その考えに「分かった」と頷き始めた。
「本当はまだ、モヤモヤしているけど。それも一種の制裁なら」
「仕方ない。それに」
僕は、その言葉を遮った。その続きはきっと、「狼牙と同じだ」と思ったからである。
「彼は未だ、アヤメ様に捕らわれている」
「え? あたしに」
「そう、アヤメ様に。アヤメ様は……こう言うのもアレだけど、彼のトラウマになっている。その精神を蝕んだ原因として、今も彼の事を苦しめている。アヤメ様は……これも失礼な言い方だけど、彼の
アヤメ様はまた、相手の言葉に押し黙った。それが自分の葛藤を表すかの様に。僕が彼女に話し掛けた時も、それに「クスッ」と笑いこそしたが、それ以外の反応は全く見せなかった。アヤメ様は自分の捕らえた少年達を見渡して、その一人一人に「ニコリ」と笑い掛けた。「皆の事は、上手く帰すから。御免ね?」
少年達は、その言葉に首を振った。それが彼女との別れを表す様に。少年達は「恐怖」の間に見た青春、「青春」の間に見た……うん、これを言っては行けない。これは彼等の、彼等と彼女だけの思い出だ。それに第三者の僕が想像を加えるのは、彼等の青春に失礼である。彼等の青春は、彼等だけの物だ。だからこそ、その青春に色を付けては行けない。少年達はアヤメ様との別れを惜しんだが、やがて「スヤスヤ」と眠り始めた。
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