深夜の廃墟(現在、高校生編)

第1話 廃墟に肝試し(※三人称)

 下らない事で盛り上がれる仲間は、どんな娯楽よりも面白い。誰も真面目な事を言わないし、その口から出る話も下ネタばかりだからだ。下ネタは、聞いても話しても面白い。それで盛り上がったら尚更、頭の中が熱くなる。自分の分身も昂ぶって、あの嫌らしい欲望が湧き上がる。彼等は言わば、そう言う類の人間だった。


 学校の決まりで禁じられているオートバイを乗り回し、近所の注意を「ああん?」とね除けて、夜の街に騒音を撒き散らす人間。今はまだ、法律の内側に居られる少年達。彼等は学校の決まりを破りに破り、暴力と悪知恵こそが「最高の勲章」と信じて、同級生の財布から金を巻き上げる事は勿論、好みの女にも強姦ごうかん紛い、警察の注意にも抗って、本当に好き勝手な毎日を送っていた。


 そして今日も……いや、今日はどうも違うらしい。「好き勝手」の部分は同じだが、それ以外の部分は全く異なっていた。彼等は二人一組に分かれて、前方の一組目は「自分達がこれから向かう場所」、後方の二組目は「そこ」に胸を高鳴らせていたからである。


「やべぇ、灯りが殆どねぇ!」


 これは、前方のバイクを走らせている少年。彼等の中では、「リーダー」の立場にある少年だった。彼は、道路の照明が段々と減って行く光景に異様な興奮を覚えていた。


「超、雰囲気あるわ!」


 残りの少年達も、その言葉にうなずいた。彼等は深夜の雰囲気に当てられて、本来なら感じる筈の恐怖、自分達がこれから行こうとしている場所の恐怖をすっかり忘れていた。


「このまま行けば、あるんだろう? その? が」


「そうだよ。先輩に聞いたから、『間違いない』って! 此の道をずっと行けば、道の右側に廃墟がある。どんな建物かは分からねぇけど、とにかくでっかい廃墟がさぁ!」

 

 。ヤバイ奴は廃墟の中を彷徨っていて、そこに入った人間を全て呪い殺すらしい。それも、かなりゆっくりと。自分が取り憑いた人間をじわじわと追い込んでは、その人間が弱った所を狙って、自分の側に直ぐさま取り込んでしまうのだ。


 彼にそれを話した先輩もまだ、自分ではその廃墟に行っていないらしい。それどこか、彼に「お前に話して置いた何だけどさ。そこはガチでヤバいから、絶対に行くんじゃねぇぞ」とさえ言って来た。「お前等は色んな意味で、はっちゃけているからな。そう言う場所に行ったらきっと、痛い目に遭う。これは、『俺なりの注意だ』と思ってくれ」

 

 少年は、その注意を聞かなかった。「そんな注意に怯える俺達ではない」と言う風に。少年は聞く人が聞いたら呆れるような考えだったが、それが悲しくも彼の考えであり、同時に仲間達の考えでもあった。


 先輩の様な人から言われた事であっても、それが自分達の興奮(と言う名の暇潰し)に成るのなら、平気でその助言を聞き流す。相手の助言を聞き入れた顔で、次の瞬間には「行って見よう」と思い立つ。今回の肝試しを思い立った理由も、そんな好奇心から生まれた下らない暇潰しだった。


「つうか、先輩もヘタレじゃね? 『自分が怖いから』って、俺達を先に行かせようとかさ? やる事が、汚ぇよ。どうせ何も無かったら、そこで女とやる癖に」

 

 それに驚いたのは、彼の後ろに乗っていた少年だった。少年は彼よりも背が低い所為か、彼の腰に回している両腕も何処か弱々しく見えた。


「え? 先輩って、女居たの?」


「居たよ。ってか、知らなかったんかい! 先輩、最近金欠らしくてさ。無料でやれるとこを探しているんだよ。それで」


「ふ、ふうん。でも、廃墟の中でやるのは流石に……」


「バッカ! お前、分かってないな」


「ふぇ? どう言う事?」


「ああ言うとこは、逆に燃えんだよ! 『怖さが気持ち良さに変わる』って言うの? お化け屋敷でキャーキャー言っている女と同じだ。怖い場所に居る自分、まあいいや。それに只、酔っているだけ」


「そ、そっか? そんなもん?」


 いささか疑問であるが、(多分)そう言うモノらしい。彼はグループの中で、そう言う事に最も詳しかった。最も詳しい彼が言うならきっと、そう言うモノなのだろう。恐怖は、快楽に変わる。少年達が深夜、件の廃墟へと向かっている様に。ある種の恐怖は、またある種の好奇心に変わるのだ。彼は自分達の頭目が「怖い物知らず」である事、自分もそれに飲まれている感覚を覚えて、その感覚に思わず「うぉおおお!」と叫んでしまった。


「まっ、いいか。先輩に女が居ようが、居まいが」


「そう言う事! 俺等は俺等で、楽しみゃ良いんだ」


 自分が思うままに。この県道を走り抜けて、件の廃墟に向かえば良いのである。彼等は道路の灯りがすっかり見えなくなった所で、くだんの廃墟を見付けた。件の廃墟は、県道の脇に建っている。廃墟の出入り口には鉄扉てっぴが設けられていて、その出入り口を固く閉ざしていた。


 彼等は、歩道の脇にバイクを停めた。本当は廃墟の中にめたかったが、鉄扉の南京錠がそれを妨げたので、近くの歩道に仕方なく停めたのである。彼等は南京錠の存在に唸ったが、そこは学校の不良グループらしく、頭目の指示に従って、強気な性格の者から一人、また一人と、目の前の鉄扉をよじ登って、廃墟の敷地に次々と入って行った。敷地の中は荒れ放題、地面の上からは雑草が生え、雑草の上にも様々なゴミが捨ててある。彼等が敷地の中に入った時も、その足下に空き缶らしき物が見られた。

 

 彼等は各々の家から持って来た懐中電灯を点けて、自分達の周りをゆっくりと見渡し始めた。彼等の周りは、文字通りの闇。懐中電灯の灯りが無ければ、殆ど見えなくなる様な本物の暗闇が広がっている。人間の本能が働いている者が見れば、それに思わず怯えてしまいそうな暗闇が広がっていた。

 

 少年達は、その暗闇に生唾を飲んだ。普段は周りの連中に暴力を振るっている彼等も、その暗闇にはやはり怯えてしまったらしい。彼等の中で一番に気弱そうな少年などは、その暗闇に怯え過ぎて、頭目の少年に「ここ、かなりヤバくねぇ? 今日はその、止めた方が良いんじゃねぇか?」と言い始めた。


 だが、それに頷く様な頭目ではない。ましてや、彼の様に怯えるなど。「度胸」と「暴力」が売りである頭目の少年には、本当に有り得ない事だった。頭目の少年は、相手の言葉を撥ね除けた。それどころか、相手の少年を「お前、ふざけているの?」と罵り出してしまった。「ここまで折角、来たのに? お前、ふざけるのも大概にしろよ!」

 

 相手の少年は、その言葉に押し黙った。その言葉は、どう考えても理不尽。相手の「イヤ」に「ダメだ」と応える、言葉通りの命令だった。だが、それでも逆らえない。頭目の意見が「おかしい」と思っても、それに「違う」と言い返せない。


 少年は、分かっていた。「それ」に逆らえば、今以上の恐怖が訪れる事を。相手を脅す立場の人間が、今度は脅される側の人間になる事を。少年は学校の勉強こそ苦手だったが、そう言う損得勘定は人一倍に得意だった。ここで頭目に逆らうのは、文字通りの死を意味する。少年は周りの仲間達からも嘲笑われる中、悲しげな顔で頭目の少年を見返した。「ごめん、余計な事言った」

 

 頭目の少年は、その言葉に微笑んだ。それさえ聞かれれば、彼としては満足である。彼には「うん」と「はい」の返事以外、何の答えも不要だった。その返事さえ聞かれれば、相手がどう思っていようと関係ない。相手の手を引っ張って、自分の前に跪かせるだけである。


 少年は仲間達の前に(恐らくは、仲間達への見せしめだろうが)彼を歩かせて、廃墟の中を堂々と進み始めた。廃墟の中は言わずもがな、彼等の声や足音を除いて、何の音も聞えて来ない。あらゆる物が静かに、夜の静寂に包まれている。少年達の後ろから聞えて来た音も、最後尾の少年が誤って、床の瓦礫を踏み付けた音だった。頭目の少年は「それ」に苛立ったが、廃墟の雰囲気に促されて、その苛立ちをすっかり忘れてしまった。


「ったく、気を付けろよ!」


「ご、御免」

 

 それに「ふん!」と返す、頭目の少年。彼は先頭の少年が今も怯えている事に「クククッ」と笑ったが、奥の方からが聞えると、それまでの興奮を忘れて、仲間の全員に「おい?」と話し掛けた。「怖ぇからって、唸るなよ? お前等、怖がり過ぎ」

 

 少年達は、その言葉に首を傾げた。その言葉通り、確かに怖がってはいるが……。誰も唸ってなどいない。自分達の周りに広がっている光景、壁の不気味な汚れや床の瓦礫、階段の踊り場で見付けた鏡等には驚いたが、その時も只驚いただけで、彼の言う様に「う、ううっ」と唸ってはいなかった。


 少年達は互いの顔を暫く見合って、自分達の頭目に視線を移した。頭目の少年はまだ、「彼等が唸り声を上げている」と思っている。


「違う……」


 それに続いた声もまた、同じ。「違う」の一言。「


 少年達は、未だ見ぬ唸り声の主にブルブルと震え始めた。だが、それでも変わらないのが一人。彼等の頭目だけは、彼等と真逆の反応を見せていた。「憤怒」と「憎悪」の入り交じった反応を、「生きた人間こそが一番怖い」と言う反応を。彼等への罵詈雑言に乗せて、それを見せていたのである。


 少年達は、その反応に怯えた。その反応に怯えて、逆に反感を覚えた。こいつは確かに怖い物知らずかも知れないが、それと同時にとんでもない阿呆だ。


 人間の根っこが抜けている人間。

 

 魂の何処かが欠けている人間。


 そんな阿呆に付き合っていたら、此の命が幾つ有っても足りない。最悪、死すらも考えられる。今はまだ彼への恐怖に捕らわれている彼等だが、その内面に芽生えた反抗心がきっかけで、普段の彼等ならまず言わない事、彼への意見が思わず出てしまった。少年達は、頭目の顔を見詰めた。


「分かったよ。その代わり、何かあったらすぐに来いよな?」

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