第25話:錬金術師協会本部に行きます(前編)
「黒幕は――精霊召喚師だ」
その師匠の言葉に私は驚きを隠せない。だって精霊召喚師にあんなことが出来るとは思えないからだ。
謎の気持ち悪い精霊モドキの召喚、それに魔物への精霊の力の付与――それはどうしても不可能に感じてしまう。
そんな私の顔を見て、ラギオさんが口を開いた。
「気持ちは分かるよ。以前までの俺なら、きっと同じように思ったに違いない。だが……君という例外を知ってしまったがゆえの確信でもあるんだ」
師匠がその言葉に頷く。
「そうだな。俺達が知っている精霊召喚師の概念をぶち壊したのは、エリスだ。物質に精霊の力を融合させられるなら……魔物に付与することだって可能だろうさ。どうやっているのかは置いといてな」
「それは……」
そう言われると、確かにそうかもしれない。
「もしかしたら……精霊召喚師というのは俺達が考えているよりもずっと、謎めいた存在なのかもしれない。エリスと知り合い、そしてこの事件が起きてよけいにそう感じてしまうんだ」
ラギオさんがそう言って立ち上がった。
「だが、黒幕が精霊召喚師であるということは、あくまで俺の推測だ。上がどう判断するかは分からないが、もしかしたら同じ結論になるかもしれない。そうなると……もしかしたらエリスに接触してくる可能性もある。それを俺は伝えに来たんだ」
師匠がため息をつきながら、その言葉に同意した
「はあ……確かにそれは有り得る話だな……。今のところエリスの力を知っている者は極々少数だ。だが間違いなく、あの解毒薬は調査対象になるだろう。そうなると必然的にあれが万能薬であるとバレる。となると……やれやれ、厄介なことになりそうだな」
「な、なんで解毒薬が調査されるんですか!? むしろみんなを救った物であって、黒幕とは関係ないですし!」
私が思わずそう反論してしまう。
「考えてみろエリス。既存の解毒薬が効かない毒が表層に蔓延した。そのタイミングで、これまでは不可能とされていたどんな毒にも効くという万能薬が作られ、配られた。そして毒をまき散らした側、それに対する解毒薬を作った側、
師匠の言葉にラギオさんが続く。
「つまり黒幕とエリスが共謀してこの事件を起こした……とこじつけることは可能なんだ」
「そんな……」
私は絶句するしかなかった。そんな酷い話があってたまるか。
「少なくとも、そうなった場合の対応を考えておいた方がいい。俺も動くつもりでいる。また何かあれば知らせにくるよ」
そう言ってラギオさんが去っていった。
「……こうなると、解毒薬を匿名で配ったのは失敗だったかもしれないな。無理矢理にでも錬金術協会を通した方が良かった……すまんエリス」
ラギオさんが居なくなったあと、師匠は分かりやすく落ち込んだ様子を見せた。
「あ、いや! あの時はそれが最善でしたよ!?」
「だが、結果的にエリスを面倒事に巻き込んでしまうことになった」
「……元はと言えば、私が師匠に相談せずに
「そのおかげで、ラギオ達や調査隊は助かったんだ。そこを俺は責める気はない」
師匠が私を安心させるように笑顔を向けてくれる。
「私達は例の黒幕とは一切関係ないのは明らかです。きっと、ちゃんと説明すれば……」
そう私が言うと、師匠がポンと私の頭に手を置いた。
「そうだな。いずれにせよ待っているだけではダメだ。俺達も動いてみよう」
「私達がですか?」
「ああ、面倒くさいことになる前にアレコレ手を打った方が良さそうだ」
「どうするんです?」
「――味方を作ることが先決だ。おそらく黒幕が精霊召喚師であることはすぐに迷宮調査局、冒険者管理局それぞれに伝わるだろう。その後、解毒薬を調べて、初めて錬金術師協会へと話が回るはずだ。その前にまずは錬金術師協会を抑える。少し準備していくから――戸締まりして工房の前で待っててくれ」
師匠がそう言って、工房から出て行った。
その背中には決意と、なぜか覚悟のようなものが見て取れた。
「師匠……」
師匠を見送ったあと、私は結局言われた通り戸締まりし、少し身なりを整えて工房の前で立った。
錬金術師協会に行って話をするなら、少しでも好印象を与えた方がいいだろうと思い、いつもの作業着みたいな服からよそ行きの服へと着替えた。
うーん……もう少しオシャレな服を買いたいなあ……。
そうやって窓に映る、どうにも冴えない格好の自分を見ながらしばらく待っていると、通りの向こうから師匠がやってきた。
だけども、いつも雰囲気が違う。
まず着ている服が違う。まるで夜会にでも出れそうな黒の礼服を着こなしていて、長く伸びっぱなしだった髪も、整えられて後頭部でひとくくりにしている。更に、無精髭も綺麗に剃られていた。
そこにいたのはどこか自暴自棄な錬金術師ではなく、貴公子か何かと勘違いしそうなほどに素敵な紳士だった。
「なんだその顔は。まるで幽霊でも見たかのような顔をしやがって」
師匠が不服そうに私へそう声を掛けてきた。
「いや……師匠もやれば出来る子なんですね。めちゃくちゃ素敵です! ずっとそれで仕事してください!」
「嫌だよ……この格好は疲れるし、肩も凝るんだ。さ、行くぞ」
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
こうして私達は、少しの不安を胸に抱きつつ……錬金術師協会本部へと向かったのだった。
***
錬金術師協会本部――応接室。
品の良い調度品に囲まれたその部屋で、待つこと十分。
ガチャリと背後で扉が開いたので、師匠と共にソファから立ち上がった。
「やあやあ、待たせてすまないねジオちゃん! あれこれ面倒臭いことを冒険者管理局に言われてさ」
入ってきたのは恰幅の良い、なんか陽気そうなおじさんだった。年齢は五十代ぐらいだろうか? 髪の毛が若干薄くなっているしお腹も出ているけど、顔立ちは整っているのできっと若い時はモテていたに違いない。
その後ろには細身の青年が立っている。白衣を纏っており、どことなく暗い印象を受けてしまうのは顔色が悪いせいだろうか。格好からして、この協会の人ではない気がする。
「お久しぶりですウェルトさん。すみません、アポもなくいきなり押しかけて」
師匠がおじさん――この錬金術師協会本部のトップであるウェルトさんへと頭を下げた。私も慌ててそれに続く。
「いいよ、気にしないで! にしても元気そうで何よりだよ! 心配してたんだから~。それにそっちの子が、レオンちゃんが言ってた例の弟子だね。やあやあ、僕が一応ここのボスであるウェルト・イルギントンだよ。気軽にウェルトと呼んでくれていいよ!」
ウェルトさんが、人懐っこい笑みを私へと向けてくるので、私は緊張しながら自己紹介をする。
「あ、えっと! 師匠……じゃなかったジオさんの弟子のエリス・メギストスです! よ、よろしくお願いします!」
「ん?……メギストス?」
なぜか、ウェルトさんの視線が一瞬だけ――鋭くなった気がした。
「は、はい。エリス・メギストスですけど……」
この反応、前もどこかであった気がする。メギストスという名前は珍しいらしいので、驚いているのかな?
「……まあいいや。じゃあ、エリスちゃんだね! うん、座って座って。あ、ジオちゃん、彼も同席していいかな? 知っての通り僕は冒険者上がりで錬金術についてはとんと疎くてね。何の話か知らないけど、いた方が理解が早くなると思うんだよね」
ウェルトさんがそう言って、後ろにいたあの陰気そうな青年を手で差した。
「もちろん構いませんよ。ん? 君は、確かダレアス工房の――」
師匠の言葉を遮るように青年が口を開く。
「――ヴィノです。
その青年――ヴィノさんが全くそんなことを思っているような感じではなくそう言ったので、少しだけ私は苛立つ。なんか含みのある言い方だなあ……。
でも師匠にそれを気にしている様子はない。
だけどもダレアス工房ってところの人なら、多分錬金術師なのだろう。
「師匠、ダレアス工房って?」
私が小声でこっそり師匠に尋ねた。
「この帝都で最も多く解毒薬を生産している工房さ。解毒薬専門、と言ってもいい」
「なるほど」
そうやってコソコソ会話しているうちに二人が私達の前に座ると、早速ウェルトさんが口を開いた。
「君も、聞いているだろう? 例の〝
その言葉を聞いて、私と師匠が同時に引き攣った笑みを浮かべた。どうやら、既に厄介事になっているようだ。
「そ、そうなんですね……実はそれについてお話があり――」
師匠が説明しようとするも、再びヴィノさんがそれを遮って口を挟む。
「――例の解毒薬は、確かに
今からそれを師匠が説明しようとしてたんですけど? それに危険って何よ!
思わずそう言おうと口を開きかけて、私は慌てて手で口を押さえた。
「なら、同席していただいて丁度良かったです。その解毒薬について、実はご報告したいことがありまして」
「ほう! もしかして、作ったのはジオちゃんの知り合い? だったらこっそり教えて欲しいなあ」
「知り合いというか……作ったのは――彼女です」
師匠がそう言って私の肩にポンと手を置いた。
「へ?」
ウェルトさんがナニソレ? みたいなちょっと間の抜けた表情を浮かべる横で、ヴィノさんが目を細める。
「ありえませんね。この解毒薬は私も分析しましたが、成分や構造があまりに複雑すぎて、今だに不明な点が多いです。とてもではないですが、そちらの見習いに作れるレベルの物ではないですよ。ジオさん、今の嘘にはどういう意図が?」
嘘じゃないんですけど!? それにチラッと私を見た時に明らかに馬鹿にしたような感じだったんですけど!?
こいつ感じ悪い!
「ヴィノ、だっけか。今は二番手らしいが……その程度の知見で物を言うようではダレアス工房の名が泣くぞ?」
師匠がそう言って煙草を取り出して、火を付けた。あ、師匠もちょっと怒ってる。
「それはどういう意味ですかジオさん。詳しく教えてくださると助かるのですが」
怒りが一周回って、なんか冷静になってきた。
というかなんでこの人……こんなに喧嘩腰なんだろうか。
「そもそもあれを分析して……まだ
私は頷くと、例の解毒薬……いや、もう万能薬と言ってもいいか、そう、万能薬の作り方とその効能を二人に伝えた。
「――アハハ! そりゃあ凄い! まさか毒の精霊を使うなんてね! 君、本当に見習い? どう? うちで働かない?」
ウェルトさんが私へと賞賛の眼差しを向けた。その視線から、疑いを一切感じない。逆にヴィノさんは敵意のある視線で私を真っ直ぐに射貫く。
「デタラメですよ。ありえない。万能薬? あらゆる毒に効く? そんなものがあれば苦労しないし、うちの工房も存在しない! そもそも錬金術に精霊を使うなんて聞いた事もない! 本部長、これは明らかに何か作為的なものを感じますよ!」
「ふん。
師匠がそう言って、煙草の煙を吹いた。
あれ、そういえば、ここに味方を作りに来たのではなかったっけ……?
なんだか、前途多難な予感がしてきた私だった。
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