第28話:量産開始です!
属性結晶を手に持つ私を見て、師匠とウルちゃんが不思議そうな顔をする。
「量産が出来る……って今言ったよな?」
「……うん。僕にもそう聞こえた」
そんな風に確かめ合う二人に、私は笑顔を向ける。
「要するにですよ、ニーヴの毒に耐性のついたホースブラッド、つまり薬剤さえあれば、誰でも万能薬は作れるんですよ」
「そうだな。そして、それが出来ないから困っているんだろうが。精霊召喚師はこの帝都でも数は少ない。誰もがお前みたいに器用に精霊を操れるわけではないんだぞ」
師匠の言うことはもっともだ。
いつぞやラギオさんが言っていたように、精霊召喚師の本来の召喚のやり方と私のは、随分と違う。
本来、喚び出された精霊は予め組み込んだ命令通りにしか動かず、精霊錬金するレベルの複雑で高度な命令をしようと思う、おそらく高位の精霊召喚師でないと難しいだろうと師匠にも言われたことがある。
ただですら精霊召喚師は少ないのに、さらに高位の者となると、極少数なのだ。そんな彼らが、わざわざ万能薬作りに協力してくれるかと言うと……多分難しいような気がする。
だけども――私には属性結晶がある。
これは親機子機の設定はなく、魔力を込めればそのままその精霊の力が解放されるタイプだ。だから、うっかり魔力を込めたら、ニーヴの毒が溢れて大変なことになる。
だからこそ、使える。
「ヴィノさんがさっき言ってた、毒素を直接ホースブラッドツリーに注入して薬剤を作る方法……あれを元に、ニーヴの力を込めた属性結晶を使えば――」
私の言葉を受け、師匠が驚いたような表情を浮かべた。
「そうか! 複数の毒素は無理でもニーヴの毒素なら……一つの毒素と捉えることができる。現に、万能薬はニーヴの毒素を使っているしな。なら……ホースブラッドツリーにニーヴの毒素を注入すれば、薬剤ができるってことか」
「そうです! しかも属性結晶なら一度私が作ってしまえば、あとは誰が使ってもいいんです!」
「出来そうな気がしてきたぞ! 早速実験してみよう」
師匠が嬉しそうに、ダレアス工房の人達が使っていないホースブラッドツリーの群生へと駆け寄った。
「この木が良いんじゃないかな? 幹も立派だし」
ウルちゃんがその中でも一際大きなホースブラッドツリーを勧めてくれたので、それで実験をすることにした。
「でも問題はどうやって属性結晶を使って毒素を注入するか、なんですよね」
「ふむ……ちょっとやってみるか。有機物でやるのは結構難しいんだが……物は試しだ」
師匠がそう言うと、右手と左手をホースブラッドツリーの幹から伸びる根へと当てた。
「――〝溶解せよ〟、〝凝固せよ〟」
その言葉と共に――根の表面に、波紋が立つ。そこだけが、まるで液状化でもしたかのような状態だ。それでも根が崩れないのは、師匠の左手の凝固の力によるものだろう。
師匠は、特殊技能――【固有錬金術:黒山羊の両腕】によって、右手で触れた物質を溶かすことができる〝溶解せよ〟と、左手で触れた物質を固形化させる〝凝固せよ〟の二つを自在に使いこなせるらしい。
サラッとやっているが、とんでもない技だと思う。
師匠曰く、私の【精霊錬金】も固有錬金術扱いらしい。
「属性結晶を当ててくれ。ゆっくりと、表面だけを露出するように埋め込んでくれ」
「はい!」
師匠の指示通り、私はまるで粘土細工みたいな柔らかさになった根へと慎重に属性結晶を当てて、ゆっくりと押し込んでいく。ズブズブと沈んでいく属性結晶の表面が少し浮き出るぐらいで力を緩める。
「よし、それでいい。あとは適当に樹液の通り道を作って……」
師匠が右手を離し、左手の凝固の力で根を元に戻していく。
「……凄いね」
それを無言で見ていたウルちゃんが思わずそう呟いた。見れば、まるで最初からそこにあったかのように、属性結晶が根の中に埋め込まれていた。隙間は一切なく、ピッタリと嵌まっている。切り倒しでもしない限り、おそらく取り出すのは不可能だと思う。
「さて、じゃあやってみるか。試しに……ウル、お前さんが魔力を込めてみるといい」
「僕?」
「ああ。魔術師や錬金術師ではなく、ガイド役のウルに使えるなら、冒険者なら誰でも使えることになるからな」
「分かった!」
ウルちゃんが属性結晶にその小さな手をあてて、ムムム~と唸りながら魔力を込めていく。うーん一生懸命なその姿が……たまらなく可愛い。
すると、属性結晶が淡く光り、確かに毒素が発生していることを表していた。しかし流石師匠。ちゃんと毒素の出る方向を考慮に入れて根の内部を弄っているのか、一切漏れ出てこない。
ということは、今頃ホースブラッドツリー内にニーヴの毒素が駆け巡っているはずである。
「……よく考えなくても、ホースブラッドツリーからすればはた迷惑な話だよね……ごめんね」
私は思わずホースブラッドツリーに手を当てて、謝罪する。
「大丈夫だよ。ホースブラッドツリーはあらゆる毒に耐性を持っているから、きっと平気」
「まあ、似たようなことをヴィノ達もやっているしな」
「今更ですけど、許可取ってやった方が良かったですかね?」
ヴィノさん達のやり方を聞いて思い付いたので、仮にこれが成功しても、自分だけの手軽にするのは少し気が引ける。
「まあ、そこはちゃんと考えているよ。万能薬の量産に関していえば、目処が立ったら、一番にダレアス工房に依頼すればいい。彼らにとってもメリットがある」
「なるほど! ところで、薬剤ってどれぐらいで出来るんですかね?」
師匠がウルちゃんへと視線を向けた。
「どうなんだろう。分かるか?」
「……うーん、耐性が出来るのに数日は掛かると思う」
ウルちゃんの答えに、私は頷いた。
「ですよねえ」
「となると、あとは結果待ちだな。そろそろ帰るか」
「僕がまた数日後にホースブラッドを採取して、工房まで届けるよ」
「ありがとうウルちゃん」
こうして私達は帰路へとついたのだった。
***
数日後。
ウルちゃんが約束通りに採取したホースブラッドを工房へ持ってきてくれた。
私と師匠は早速それを使って、万能薬が錬成できるのか、そしてその効果はちゃんと万能薬になっているのかを確かめるべく、作業場へと向かう。
「さてと……俺が作ってみるぞ」
「はい!」
私ではなく師匠が作るのは、念の為だそうだ。精霊と関わりにない師匠でも作れるという実証が必要だからだ。
「ヴィノの話によれば、このホースブラッドがそのまま薬剤として使えるはずだから……あとは魔素水と魔石を入れて、錬成すれば――」
師匠が口にしながら、手順と量を一つ一つ確認してビーカーの中へと入れていく。
相変わらず、繊細な魔力操作で錬成を行っていると、やはりというか、精霊錬金を行った際に出る光――〝精霊光〟は出ない。やはりあれは直接精霊を使ってやらないと無理なようだ。
しかし出来上がった液体は半透明の紫色に変化していて、それは万能薬と見た目だけで言えば同じだ。
「さて……エリス、頼む」
「はい!」
私がニーヴを召喚し、三種類の異なる毒を生成してビーカーへと垂らす。シューシューと反応する音が響き、液体の色が透明へと変化する。
ここまでも、やはり万能薬と同じだ。
さらに、毒素検査用の紙片を入れてしばらく置いておく。もし色が変われば……毒が残っている証拠だ」
だけども、それからどれだけ時間が経っても――色は変わらなかった。
それはつまり、全ての毒が中和されたという他ならぬ証拠だった。
「……出来たな」
「出来ましたね」
「僕が魔力を使って変質させたホースブラッドを使って、錬金術師であるジオが作った万能薬……エリスお姉ちゃんは属性結晶を作っただけ。凄い、これなら誰でも作れる!」
ウルちゃんがまるで我がことのように喜んでくれた。
「これで、問題はほぼ解決するな。属性結晶さえ埋めてしまえば、薬剤は取り放題。その後の工程は既存の錬金術師であれば誰でも出来る……量産の条件は整った。流石だな、エリス! お前は見事にこの難題をクリアしたぞ!」
師匠が本当に嬉しそうに笑うと、私の頭を撫でた。
「えへへ……でも私だけの力じゃないですよ」
「だが、そもそもエリスの力がなかったら作りすら出来ないものだからな。そこは胸張っていい。さて……とりあえずあと何度か実験して、問題なさそうなら錬金術師協会本部に行こう。ついでにダレアス工房のダレアス師も呼んだ方がいいな」
「ダレアス工房の人もですか?」
私がそう聞くと、師匠が少し意地の悪そうな笑みを浮かべて、こう言い放ったのだった。
「その通り。量産の目処は立った。次は――
***
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