第28話:閃きました!


「えっ」


 その男性の突然の蛮行に、私は声を出すだけで精一杯だった。


「エリス!」


 師匠の声が響くと同時に衝撃波が私の髪を揺らした。目の前には、スラリと伸びた細い足。


「落ち着け、馬鹿」


 足を使って、私へと振り抜かれた拳を顔の直前で受け止めたのは、パラソルの下で男性と共にいたあのショートカットの女性だった。恐ろしいほどの威力のパンチを、一体どうやったらこの細い足で受けきれるのか。


「良く見ろ、カイ。ただの低位精霊だ」


 彼女はそう言って上げっぱなしだった足を降ろし、カイと呼ばれた男の人が拳を引いた。


「うあ? うーん……あのクソ鳥と似ている気がしたんだが……気のせいか。いやあ、悪い悪い! 許せ!」


 カイさんは全く悪びれた様子もなく、私へと片手を挙げて謝罪する。すると、すかさず師匠とウルちゃんが私の前に飛び出し、敵意を剥き出しする。


「Sランクだがなんだが知らんが、冒険者同士、ましてや錬金術師への暴行は迷宮法に違反している。今すぐ館に報告に行ってもいいんだが」


 師匠が怒りを声に滲ませながら、カイさんを睨み付けた。ウルちゃんも、私の服の裾を握りながらうーうー唸っている。


「……すまん、こいつは馬鹿なんだ。私は〝眠れる竜〟の〝第一爪だいいっそう〟のナギサ。で、この馬鹿は〝第三爪〟のカイだ。代わりに私が謝罪しよう。すまなかった」


 その女性――なんとかのナギサさんがスッと頭を下げてつつ、右手で無理矢理カイさんの頭を下げさせた。どうやらナギサさんはある程度常識が通じる人のようだ。


「えっと……とりあえず、何ともなかったので」 


 私の言葉に、師匠が首を振って否定する。


「例え、未遂でも暴力は暴力だ。しかもこっちは錬金術師で相手はSランク冒険者だぞ? 館で報告し、何らかの罰則は必要だ」

「……あんまり大事にされて欲しくないってのが本音なんだけども……どうしたら矛を収めてくれる?」


 ナギサさんが難しい顔でそう師匠へと訴えた。師匠が怒ってくれるのは嬉しいけども、私は一刻も早くホースブラッドツリーを見に行きたい。


「師匠。一応、カイさんもナギサさんも謝っていることですし、穏便に、ね?」


 私が笑顔を作って師匠に向けると、師匠はポリポリと頬を掻いて、仕方ないとばかりにため息をついた。


「……まあエリスがそう言うなら」

「がはは、良く見りゃいい女じゃねえか! 俺の嫁になるか!?」


 カイさんがそんなことを言い出すので、私は謹んでその申し出をお断りした。


「それは結構です」

「そうか……ならば、この借りはいつか返させてもらうからな!」


 カイさんがそう言って、笑いながら元いたパラソルの方へと戻っていく。悪い人ではない……とは思うのだけど、やっぱりSランク冒険者は変人の集まりというのは本当なのだろう。


「なんか復讐的な意味合いに聞こえるな……」

「あいつの言う事は気にしないで……馬鹿だから。だけども実力は確か。エリス、だったかな? うん、もし迷宮で何かに困ったら、いつでも相談しにおいで。これ、あげる」


 ナギサさんが同性でも惚れそうなほどの笑みを受かべると、何か小さな牙をペンダントにしたものを私へと差し出した。


「これを見せれば、私達の同盟者であるという証明になるから」

「いいんですか!?」

「うん。その代わり、あの馬鹿は許してやってね。。それじゃあ、良い冒険を」


 ナギサさんはそう言って私へとウインクをすると、パラソルの方へと歩いていった。彼女はメラルダさんと違ってちょっと中性的な感じだけど、やはり素敵な大人の女性という印象が強い。うーん、きっと強いのだろうし憧れるなあ……。


「……せっかく、慰謝料たんまりふんだくろうと思ったのに。エリスは人が良すぎる」


 師匠がそんなことを冗談っぽく言うので、私も軽快にそれへと言葉を返す。


「冒険者との縁は大事って、私の師匠が言ってましたけど?」

「……そうだっけか? さ、行こうか。ウル、案内を頼む」


 師匠がそう言って仕切り直すと、私達は西へと向かって丘陵地帯を進んでいく。背の低い草がまばらにしか生えておらず、見晴らしがよくて周囲に魔物がいる様子もない。


 少し後ろへと下がってきたウルちゃんが、私が首に掛けたさっきのペンダントを見て、目を細めた。


「それ多分ドラゴンの幼体の牙だよ。ドラゴンは中層以降にしかいないから、そんな小さな牙でも凄く貴重」

「そうなの?」

「竜の牙は素材としても優秀だが、採取できるのは極々一部の冒険者だけだからな。その大きさでもかなりの値段がするはずだ」


 師匠がそう説明を付け加えた。それにウルちゃんが頷く。


「うん。だからそれをくれたってことは、ちゃんと対等な存在であると認めた証だと思うよ。そう簡単に人にあげられるものじゃない」

「あはは、だったら、ラッキーかな? カイさんはともかく……ナギサさんとは仲良くなれそうだし」


 私の言葉を聞いて、なぜかウルちゃんが顔を曇らせた。


「うーん。でも気になるなあ……」

「何がだ?」


 師匠がそう聞くと、ウルちゃんが周囲を警戒しつつ口を開いた。


「んとね。〝眠れる竜〟って結構大所帯のギルドでね。その中でも幹部には独特の名称がついていてね……トップが〝竜角〟、つまりギルドリーダ―だね。その補佐をする右腕とも言うべき人物が〝竜牙〟」

「あの二人は……確か〝第一爪〟と〝第三爪〟って言っていたな」


 よく覚えてるなあ、師匠。


「うん。〝竜牙〟の次が〝竜爪〟だから……あの二人は幹部だよ。しかも〝竜爪〟は六人いて、数字は強さの順……つまり、地位の高い順だったと思う」

「となるとなるほど、あのナギサという女は〝第一爪〟と名乗っていたから〝眠れる竜〟においては……おいおい、三番目に偉いってことか?」

「うん。本来なら錬金術師なんて相手にすらしないし、ああいうトラブルの際は金か力で黙らせるぐらいの地位と実力を持っているんだよ。だから……なんで初対面であるエリスお姉ちゃんに、同盟者の証を渡すなんて破格の対応をしたのかが、気になって」


 なるほど……要するにナギサさんは凄い人で、今回はかなり甘い対応だったということか。そう考えると師匠がああして怒っていたのも理解できる。


「でも、ラギオさんやメラルダさんとの一件があるから……そんなに悪い人じゃないんじゃないかなあ、って……えへへ」


 私がそう控えめに主張するも、師匠に一刀両断される。


「甘い。ラギオ達は例外だと思った方がいい。だがふむ……あの短時間で何かをエリスの中に見出したか……」


 師匠が私の目をジッと見つめてくる。ちょっと恥ずかしいんですけど。


「まあいい。あまり警戒しても仕方ない。せいぜい、困った時には使わせてもらおう。いざとなったら素材にしてしまえ」

「それは嫌です! せっかく貰ったペンダントなんですからな!」


 なんて師匠と会話していると、大きな丘を越えた。


「見えたよ――あの湿原に、ホースブラッドツリーの林があるよ」


 ウルちゃんの指差す方向には確かに湿原が広がっており、湿地を渡れるように木製の足場が道のように続いている。ここまでは見晴らしが良かったが、ここから先は薄い霧が立ちこめており、なんだかちょっとだけ気味が悪い。


「魔物が出そう……」

「でも、大した奴は出ないよ。ちょっと厄介なのはミストトードと斬りトンボぐらいかな」


 ウルちゃんがズンズンと丘を降りていく、うーん、小さい背中だけど頼りになる。


「ま、俺の騎士と、エリスの力があれば問題ないだろう。魔石をどんどん集めよう」

「が、頑張ります!」


 私達は魔物を倒しながら、湿地を進んでいく。ウルちゃんの言う通り、出てくる魔物は大した強さではなく、私の出番はほとんどなかった。師匠の銀騎士の前では、カエルもトンボも敵ではなかった。


 私はすることもないので師匠が倒した魔物を解体して魔石を回収する。故郷では狩った魔物や動物を自分で解体する機会はそれなりにあったので慣れているつもりだったけど、ウルちゃんと比べるとまだまだだ。


「エリスお姉ちゃんも上手だよ? あ、あれだよ――ホースブラッドツリー」


 湿地を抜けると、そこには何やら黒い樹皮の細長い木が立ち並んでいた。その木は不思議な見た目をしていて、なぜか地面と水平に伸びた幹から根が四本、枝分かれして地面へと刺さっている。そこから幹が大きく上へと伸びているので、確かに言われてみれば、馬のような四足の獣の形に見えないこともない。


「あれがホースブラッドツリー。でも、この辺りのはまだ細くて若木だね。ホースブラッドの採取用の木はもっと奥にある大きいやつにしよう」


 ウルちゃん曰く、若木からホースブラッドを採取すると生育が悪くなり、下手すると枯れてしまうそうだ。なので冒険者のマナーとして、若木から採取するのは自粛しているとか。

 

 そんなホースブラッドツリーの若木の林を進むと――奥にはもっと太く立派なホースブラッドツリーが並んでいる。だけども、そこに先客がいた。


 その姿を見て、師匠が驚いたような声を上げた。


「ん? おや、誰かと思えば――ありゃあダレアス工房の連中じゃねえか」


 護衛らしき冒険者に交じって、確かに錬金術師のような格好をした人達がホースブラッドツリーを囲んで何やら話し込んでいる。


 その中に、白衣を纏った陰鬱そうな男性がいた。


 あれは――


「協会本部にいたダレアス工房のヴィノさん、ですよね」


 私がそう師匠に確かめると、師匠は黙って頷いた。しかしそんな私達の声が聞こえたのかその白衣の男性――ヴィノさんがこちらへと振り向くと、露骨に嫌そうな顔をしつつこちらへと向かってくる。


「――何の用ですか。今この一帯は我々ダレアス工房による採取と実験を行っているのですが」


 ヴィノさんが私と師匠へと交互に視線をやりながら、そう吐き捨てた。


「別に邪魔する気はねえよ。俺達も改良用にホースブラッドを取りに来ただけだ。そう邪険にするなよ」


 師匠がそう言うもヴィノさんが苦い表情のまま口角を上げて、こう言い放った。


「はん、改良ですか。さぞかし凄いのが出来るんでしょうね。誰でも作れて、量産できる万能薬なんてあるならとっくに僕らがやってますよ」

「果たしてそうか? 量産性はともかく、毒の精霊を使って実際にそれを作ったエリスと比べると……悪いが、ダレアス工房は現状に甘えたままなんじゃないか。錬金術師が進歩を、進化の歩みを止めてどうする」


 師匠が静かな口調で、そう言い返した。


「っ! 僕達だってただ漫然と解毒薬を作っているわけじゃないぞ! 現に今、こうして長年の実験の成果が実ろうとしているんだ!」


 ヴィノさんが顔を赤らめながらそう言い放った。


「ほう? そりゃあどんな実験だ?」

「解毒薬作成において……まあ教えるまでもないと思うが、ホースブラッドツリーの樹液……つまりホースブラッドと毒素を混ぜることで毒素に対する抗体を含む薬剤作を作ることが肝となる。だが、毎回それをやっていては効率が悪い。なので我々は各種毒素に対する、専用のホースブラッドツリーを作ることに成功したんだ!」


 ヴィノさんが嬉しそうにそう言って、腕を広げた。


「……つまりどういうことですか、それ」


 私が師匠にそう聞くも、師匠は考えつつ慎重に言葉を紡いでいく。


「つまり採取したホースブラッドに毒素を混ぜる……のではなく、ホースブラッドツリー自体に毒素を注入して……それ専用のホースブラッドを採取できるようにした……ってことか」

「それぐらいは流石に分かるようですね。その通りです。あのホースブラッドツリーにはブラックセンチピードの毒を注入した。結果、取れたホースブラッドは、ブラックセンチピード用解毒剤の薬剤と同じ成分になり、あとは魔素水と混ぜるだけで解毒薬の完成だ!」


 しかし師匠がそれを聞いて、冷静な言葉を返す。


「だが一本につき、一種類しか作れないな。更に混ぜるだけと言うが魔素水と魔石を使って抽出するという錬金術師にしか出来ない工程が必要となる。薬剤作りの工程が省略されたのは喜ばしいことだし、実験の成果は立派なのは認めるが、万能薬にはほど遠い」


 その言葉を聞いて、何かが引っかかる。


「工程を省略することに意味があるんだ! 万能薬なんて夢物語だ! 馬鹿馬鹿しい。ホースブラッドが欲しければさっさと採取して帰れ! だがダレアス工房の札の掛かっているホースブラッドツリーは毒素が注入されているから採取しても無駄だぞ」

「分かった分かった。さあ、エリス行くぞ」


 師匠とウルちゃんが、ダレアス工房の札の掛かっていないホースブラッドツリーへと歩いて行く。


 だけども私は立ち止まって、考え込んでいた。


 ヴィノさんはこう言っていた。

 ホースブラッドツリーに毒素を注入することで、その木から採取できるホースブラッドがそのまま薬剤になる、と。


 だけども師匠はこうも言っていた。それでは肝心の錬金術師の工程が省略されないし、毒素を一種類しか受け付けないホースブラッドツリーでは、一種類の毒素につき一本の木が必要になる、と。


「つまり……全部の毒素をホースブラッドツリーに注入すれば……いや、でもそれは無理だって師匠が……でも、毒素じゃなくて――」


 そこまで考えて――私は閃いた。


「分かった! 師匠! 分かりましたよ! 万能薬の量産方法が!」


 思わずそう私は叫んで、腰のポーチからとあるものを取り出した。それは何かに使えるかもと思って持ってきた、毒の精霊ニーヴの力が籠もった――だ。


「私の手が最初に必要でも、ここなら……それにこれを使えば! 量産が……出来る!」

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