第27話:改良します!


「うーん……うーん……」


 夜、工房を閉めた後。私は夕食をそこそこに、万能薬の改良をすべく作業場に籠もっていた。


「……ダメだああああ!」


 思わずそんな声が出てしまい、私は作業台へと突っ伏した。


 錬金術師協会で私が大口を叩いてから既に四日。万能薬の改良――錬金術師であれば誰でも作れて量産出来るレシピの開発――は案の定、難航していた。


「だって精霊使うことが前提なんだもん……ね、クイナ」

「きゅー」


 私の頭の上に座っていたクイナが、私を励ますように鳴いた。


「あはは、ありがとう。でも、困ったなあ……」


 私はモフモフのクイナを撫でながら、思考する。万能薬が万能薬たる由縁は、全ての毒を中和できる毒の精霊であるニーヴの力があるからだ。だけども量産――しかも私以外の者でも作れるようにするとなると、当然ニーヴの協力は得られない。


「きゅー!」


 クイナがぴょんと私の頭の上から作業台へと降りると、脇に置いていた錬金術の教本を風でふわりと浮かせた。


「え? こういう時は基礎に立ち返れって? それは確かにそうかも……」


 私は浮いた錬金術の教本を手に取って開くと、通常の解毒薬の作り方をおさらいすることにした。


「えっと……解毒薬を作るにはまず薬剤が必要で――」


 薬剤を作るには、ホースブラッドと呼ばれる赤い液体――迷宮メイズに自生するホースブラッドツリーと呼ばれる木の樹液と、解毒したい毒の毒素、抽出で作った魔素水が必要となる。


「なるほど。ホースブラッドツリーはあらゆる毒に対する耐性が高く、その樹液に毒素を混ぜることでその毒素に特化した抵抗力を持つと……あとはそれと魔素水を、魔石を触媒に反応させてポーションのような形で作れば完成……」


 作り方自体はシンプルだ。けども確かに、解毒薬作りがいかに大変かが良く分かる。


「まずホースブラッドの採取でしょ、それに毒素も各種揃えないとだし……」


 更に師匠曰く、〝解毒薬も販売価格が決まっているので利益を上げにくい〟――だそうだ。


「そりゃあ誰もやりたがらないよねえ……」


 とはいえ、そうも言っていられない。


「要するに……ホースブラッドに各種毒素を全部混ぜれば、結果として万能薬になるのでは?」


 理屈としては少なくとも、万能薬に近いものが出来るはずだ。


「きゅう」

「え? ああ、未知の毒素には効かないか……」


 うーん、そこは流石に難しいんじゃないかなあ。それはもうニーヴの力無しでは無理な話だ。ニーヴは言わば毒の化身であり、毒という概念そのものなのだ。なので今後どんな新種の毒が発見されても、それが毒である限り中和できないものはない。

 

 それをニーヴ抜きで実現するのは私でも無理だと分かる。


「今ある解毒薬の代替品にさえなれば……とりあえずいいんじゃないかな」


 それを果たして改良と呼ぶのかは謎だ。性能を多少犠牲に、量産性を取った――ということにしておこう。


「となると……各種毒素とホースブラッドが必要になるけど……うへえ……毒素って今発見されているだけでも百種類以上もあるんだ」


 毒素のページを見て、私はげんなりする。地上における毒素は、名前は違えど成分は同じなものが多く、同じ解毒薬で済むので、そこまで多くの解毒薬を必要としていないとか。


 だけども、迷宮メイズ産の毒素は、所持する魔物や植物が魔素によって汚染されている為、毒素も変異しているのだとか。ゆえに同じ成分のように見えて、全て違うそうだ。


 なので冒険者は面倒でも、その探索で必要な解毒薬を各種用意しないといけないのだ。


 それがたった一本で済むのならば……やっぱり便利だ。


「困ったなあ……」


 流石に今から毒素を百種類以上も集めるのは無理だ。ホースブラッドもストックが多少ある程度で、おそらく実験に使えるほどはない。


 というわけで。


「……迷宮メイズに行きますか!」


 毒素はどうしようもないけど、ホースブラッドの採取ぐらいは出来るだろう。毒素については、非常に気は進まないのだけども、各種揃っているダレアス工房に協力してもらうのが一番手っ取り早い気がする。


 そうと決まれば、早い。


「寝よっと……」


 時計を見上げれば、既に深夜だ。私は作業場を片付け、二階の上がる。


 明日は朝一で師匠を叩き起こして、迷宮メイズ探索だ。


「やっぱり……迷宮メイズに行けると思うとワクワクするなあ」


 私はウキウキ気分で、その日は就寝したのだった。


***


 翌日。


 師匠をわざわざ部屋まで行って叩き起こした私は、ブツブツ文句を言う師匠を引きずって、迷宮メイズへとやってきた。


「ウルちゃん! 久しぶり!」

「きゅー!」


 冒険者の館で、私は見慣れた小さな姿――ガイド専門の冒険者であるウルちゃんを見付けて、クイナと共に声を上げた。相変わらず彼女はモコモコフワフワの羊みたいで愛らしい。


「エリスお姉ちゃん! 聞いたよ、凄い活躍したんだって!?」


 ウルちゃんが目を輝かせて私を見上げた。どうやら、私がラギオさん達を助けた話を聞いたらしい。


「えへへ、まあね~。でもちょっと今困ってて」


 私が現状について説明すると、ウルちゃんが唸りはじめた。


「うーん……それは難しいような気がするなあ……ホースブラッドツリーは一つの毒に対して耐性を持ってしまうと、他の毒の耐性は持てないはず。だから全部の毒素を入れても、どれか一つに対する耐性しか得られないと思う」

「それは俺も説明したんだがな……」


 まだ眠そうな師匠があくびをしながら、私へと恨みがましい視線を送ってくる。私だって一人で迷宮メイズに入れるならそうしているが、今はまだ見習いなので仕方ない。


「とにかくやってみないことには分からないですよ! それにホースブラッドツリーも見てみたいですから」

「じゃあ、今日はホースブラッドの採取が目的だね? それなら西の丘陵が一番近いかつ安全かな?」

 

 ウルちゃんが早速地図を取り出して、詳しい場所や道筋を説明してくれる。流石ウルちゃん、優秀なガイドだ。


「ついでに魔石とメディナ草も回収しておきたいな」


 師匠がようやく乗り気になってきて、そう付け加えた。せっかく迷宮に来たのだ、他の素材も採取しておくに越した事はない。


「メディナ草については心配ないよ。前に見付けた群生地で採取したのを、僕が保管しているからそれを持って帰ればいい」

「マジか? それは助かるな……いくらだ?」

「格安でいいよ。元々三人で見付けた群生地だから」


 ウルちゃんがはにかんだような笑みを浮かべるので、私と師匠は無言で頷き合った。このガイド、天使すぎる……。


「なら、道中の魔物を討伐しつついけば、揃いそうだな、ついでに珍しい薬草があればそれも採取していこう」

「了解。じゃあ早速行こう。今からいけば、半日ぐらいで帰ってこれると思うよ」

 

 私と師匠がそれに同意し、ウルちゃんといつも通り契約を交わした後に冒険者の館を出た。


「どうだ? だいぶ落ち着いたか?」


 冒険者街の西門へと向かいながら、師匠がそうウルちゃんへと問いかけた。


「うん。あれからククルカン・イレクナの目撃情報もないみたいだから、今のところは平和かな。管理局が常にSランクギルドをここに常駐させるようになったから、万が一があっても安心だし――ま、僕はあいつら嫌いだけど」


 ウルちゃんの視線の先――西門を出たすぐ横に、何やら場違いなほどに派手なパラソルが立ててあり、その下にはテーブルと椅子が置かれていた。そのパラソルには竜の紋章がでかでかと描かれていて、何とも目立つ。


 さらにそのテーブルでは一組の男女が酒盛りを行っていた。男性の方は行儀悪く両足をテーブルに乗せながら麦酒を飲み、その横でショートカットの女性がつまらなさそうにワイングラスを傾けている。隙間なく並べてある料理の数からして、明らかに二人分以上あるが、彼ら以外に誰かいる様子はない。


 そもそもいくら西門のすぐ近くとはいえ、一歩冒険者街から出ればそこは魔物が徘徊する危険な場所だ。そんなところで酒盛りなんてどう考えてもおかしい。


「あの紋章は――<眠れる竜>か」


 師匠も同じようにそちらの方を見ていたのか、そう言って顔をしかめた。ウルちゃんと師匠の反応からして、あんまり関わり合いを持たない方がいい人達なのかもしれない


「うん。中層から帰ってきてそのまま、管理局の命でここにいるんだって。それぞれの門を守っているらしいけど……ずっとあんな調子」

「Sランク冒険者は曲者揃いだからな……」


 どうやら、ラギオさんやメラルダさんはSランク冒険者の中でもかなり良識派らしい。それを聞いて、私は余計に彼ら<眠れる竜>と関わるのは止めておこうと心に誓った。


「ま、彼らは僕みたいなガイドなんか眼中にないし、二人みたいな錬金術師にはもっと興味ないだろうから大丈夫だよ」


 ウルちゃんがそう小声でそう言うので、私達は安心して門を出て、西へと向かおうとした――その時。


「ん? んー? おいナギサ! 風の匂いが変わったぞ!」

「うるさいよカイ。その馬鹿でかい声で叫ばなくても聞こえてる」


 そんなやり取りが背後で聞こえてきた。


「あれだ。アイツだ。あの女だ。あいつの風が――


 そんな声と共に、地面がまるで爆発したような音が響き――


「エリスお姉ちゃん!」

「エリス! ちっ!――〝溶解せよ〟」


 ウルちゃんが叫び、師匠が防具を銀騎士へと変化させた。


 私がそれに反応して振り返ると――


「女、その肩の鳥はなんだ!? 魔物だろ!? 魔物だな! じゃあ――!!」


 私より遥かに背が高く、そして縦にも横にも身体が分厚い男性が――目の前で仁王立ちしていた。

 それはつい先ほどまでパラソルの下で寛いでいたはずの、あの男性だった。


 黄色と黒の縞模様が入った短髪に、赤い瞳。


 獰猛な笑みを浮かべたその男性は、なぜか私の肩の乗っているへと――まるで岩のような拳を振り抜いたのだった。

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