第26話:錬金術師協会本部に行きます(後編)
師匠の言葉を受け、ヴィノさんが否定するように首を横に振った。
「ありえん……そんなもんあってたまるか……。そもそも新規の解毒薬やポーションといった治癒系アイテム類を協会の許可なく製造販売するのは、違反行為だ! 本部長、冒険者管理局からもクレームが来ますよ!」
ヴィノさんがそう訴えると、ウェルトさんが腕を組みながら頷いた。
「うんうん。それは確かにあるね。でもねえ、管理局から今のところ来ているのは、クレームというより早くさっさと量産しろって話なのは君も聞いていたでしょ? だから解毒薬専門であるダレアス工房の君をアドバイザーとして招聘したわけだから。それに今回の場合は緊急事態で人命優先だからね。違反とは見なされないと思うよ?」
「それは……」
ヴィノさんが、黙ってしまう。
なるほど、大体読めてきた。冒険者管理局としては、またいつ現れるか分からないククルカン・イレクナに対する予防として、一刻も早く私の作った万能薬が欲しいわけだ。だけどもウェルトさん達は当然、作り方も作った者も分からないから困っていた。
そこに、丁度私達がやってきたというわけだ。
師匠もそれを分かっているのか、それを踏まえた上で説明を続けた。
「今回、この解毒薬……いえ、万能薬を匿名で配ったのには理由がありまして。まずは協会を通していては間に合わないと判断した点です。それと、これによって利益を得るつもりでも、売名目的でもないことを証明する為です。実際、材料費しか取っていません。手間賃を考えれば赤字ですね。冒険者の館のミリアに聞いていただければ、事実確認は出来るかと」
「うんうん、それについては既に報告を受けているし、ジオちゃんの行動も理解できる。だから咎める気は
ウェルトさんがチラリとヴィノさんへと視線を送った。
それはつまり錬金術師協会としての総意なので、これ以上何も言うなということなのだろう。
「でも、あれだね。問題は……万能薬だって点についてだね。そこについては改めて分析させてもらうけども……場合によっては市場が大きく変わってしまう。これは流石に錬金術師協会の本部長として看過出来ない問題だ」
ウェルトさんの視線が鋭くなる。
「ええ、理解できますよ。なのであえて、万能薬だと謳わずに配りましたから。ですが……これからもしこの万能薬をそうだと言わずに流通させれば、気付く冒険者は出てくる可能性はあります」
師匠がそう言うと、二本目の煙草を取り出した。
「だろうねえ、やれやれ。夢のような存在だが、その扱いには困ったもんだ。エリスちゃんは知っているか分からないけど、解毒薬の市場っていうのはかなり特殊でね」
ウェルトさんの言葉に、私は首を傾げた。
「特殊、ですか?」
「うん。なんせ解毒薬ってのは、毒の種類それぞれにつき、一つ存在することになる。つまり、百種類の毒があれば、百種類の解毒薬が必要なんだ。そして、この百種類の解毒薬はそれぞれが作り方も材料も違う。でも、百種類の解毒薬は冒険者にとって必須なんだよ。勿論、滅多に掛からない毒用の解毒薬もある。だけども万が一を考慮して、これを用意しない冒険者はいないし、それに応える為に僕ら錬金術師協会は常にそれら全ての解毒薬を流通に乗せていないといけない」
それは、聞いてるだけでとても大変なことだと理解できる。
師匠が煙草を吸いながら、説明を補足する。
「つまりだ。簡単に言うと解毒薬は作るのも大変だし、何より大した儲けにならない。なんせどの解毒薬でも、原材料となる毒が必要で、これは
「だからね、どこの工房も――
ウェルトさんがそう言って、ヴィノさんの肩に手を置いた。
「そんな解毒薬だけども、この帝都ではダレアス工房のおかげで何とか冒険者管理局の要求を満たす量を市場へ回せている。本当に頭が下がるよ」
「エリス、ダレアス工房は老舗でな。何代も続く、解毒薬作りに関してはおそらく世界一の工房なんだ。解毒薬専門でやっているから決して儲かっているわけではないのだが、長年やってきたという矜恃と伝統、そして誇りを持って仕事をしている」
師匠が真面目な顔でそう言うので、私は力強く頷いた。
その言葉には、ダレアス工房に対する尊敬が含まれているように感じたからだ。
「――はい」
ウェルトさんが少しだけ困ったような顔をしながら、私へと視線を向ける。
「ところが……君が作ったこの万能薬は、それらを全て覆す。なんせ、もう既存の解毒薬は全て必要なくなるからね。これは凄いことだよ。冒険者達は、毎回
その含みのある言葉、ヴィノさんから送られてくる敵意ある視線。
私はその意味が理解できた。
「つまり万能薬のせいで……私のせいで……ダレアス工房は――」
「
「それは……」
私がそれ以上何も言えず、口をつぐむ。
そんなことになるなんて……思ってもみなかった。便利なものを作れば、それだけでいい――そう思っていたのに。
すると、師匠が心配するなとばかりに俯いていた私の肩をポンと叩いた。
「偉大な発明や発見は、往々にして良い意味でも悪い意味でも周囲に影響を与えてしまう。でも、作ったという事実に関しては気にすることないぞ、エリス」
「でも……」
「まあそう落ち込むな。それもあって万能薬だということを伏せて配ったんだからな――ウェルトさん、今後、この万能薬をどうするかの判断を仰ぐべく、今日はこうしてやってきたんですよ」
「ジオちゃんは、流石だね。もし、万能薬だということが大っぴらになっていたら、もう大変だったよ。でもまだ、何とかなる段階だ」
ここで、黙っていたヴィノさんが口を開く。
「――本部長、この万能薬、でしたっけ? を……
「それも一つの手だね。だけどね、ヴィノ君。それに誠実さはない気がするなあ。冒険者達を騙すのかい? もっと便利なものがあるのに使わせないのかい? 冒険者はこの国の要だよ? 僕が許しても皇帝が許さないよ、そんなこと」
「それは……ですが……! そもそも量産できないのでは意味ないですよ! そこの小娘一人で、冒険者管理局が求める量を作れるとは思えません!」
その発言に対し、師匠が答えた。
「……残念ながらそれはその通りだ。これまで流通していた全ての解毒薬に置き換えることを考えると、とてもじゃないがエリス一人では無理だ。さらにアゼリア教会との連携も必須となってくる。なんせ、聖水が材料に使われているからな」
「アゼリア教会かあ……それはめんどくさいなあ」
ウェルトさんが露骨に嫌そうな顔をする。
「正直言えば、先ほどヴィノ君が言った提案が一番現実的だと俺も思いますよ」
師匠がそう口にした。
それは何となく理解できる。でも、せっかく作ったものが、評価されずに消えるのは凄く悔しい。
良い物なのに。きっとこれからも色んな冒険者を救える物になるかもしれないのに。
「ですが――」
しかし、師匠が何か言いかける前に、またヴィノさんが遮った。
「量産できる目処がない限りは、そうするしかないんですよ! それに作り方を聞く限り、その子にしか作れないのでしょう? じゃあ彼女が万が一死んだ場合はどうするんです? 解毒薬をまた一から作り直すんですか? 馬鹿馬鹿しい。それこそ、冒険者に迷惑ですよ」
それは本当にその通りだと思う。だから私はヴィノさんの言葉を聞いて決意した。師匠は作ったことは気にするな、と言ってくれた。でも作ったからには私にも責任がある。
やるべきことはもう分かってる。
だから――私はウェルトさんとヴィノさんへとまっすぐ向いて、こう言った。
「――分かりました。要するに、万能薬を量産できるように
私はそう言って、思わず立ち上がってしまう。
せっかく作った万能薬を、潰されてたまるか! そんな想いが私をそうさせた。多分、隣で師匠が苦い顔をしているに違いない。
私の視線を受けて、ウェルトさんが目を細めた。
「……管理局の追求を躱せるのは、おそらく長くても二週間が限度だ。それまでに……本当に改良できる、エリスちゃん?」
「やってみせます」
私の顔を見てウェルトさんが頷くも、納得いかない様子のヴィノさんが師匠を睨む。
「無理に決まってる。あんたも師匠なら、なんか言ったらどうだ! さっきからそんな顔をして、何がおかしい!? 」
そんな言葉を聞いて、私はそこでようやく、師匠の顔を見ることが出来た。でもそこには苦い表情も、怒りの表情も浮かんでいない。
師匠は――それはそれは嬉しそうに笑っていたのだった。
「かはは……いやいや流石は俺の弟子だなあと。ですが、ご心配なく。うちの弟子は優秀なんでね――きっちり二週間以内に改良品、作ってみせますよ」
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