第8話:いきなり魔物と遭遇しました!
緩やかな山道を私達が下っていると、下から上がってくる冒険者達とすれ違った。笑顔の者もいれば、悲しみに沈む者もいた。悲喜交々な表情の冒険者達の横を通って、私と師匠が歩いていく。
山道を下っているのは私達だけで、何となく寂しいので師匠を観察する。
師匠は私のより二回りほど大きなリュックを背負っているが、荷物はその程度だ。調理用のナイフを腰に差しているけど、あれでは魔物は討伐できないだろう。かといって魔術師が持つような杖もない。その代わりに、身体の各部に銀製の防具を装着している。
あれも私が銀を素材に精霊錬金で生成した〝精霊銀〟を元に師匠が作り上げたもので、それはまさに師匠にしか扱えない武具へと変貌していた。
一方、私は腰にポーションポーチと、ハクテンを融合させたあの雷属性のナイフを装備していた。グリップも柄も付けてもらったので、ナイフとしては申し分ない出来になっている。
「しかし、他の冒険者達は結構重装なのに、私達はこんな身軽でいいんですかね?
「そもそも錬金術師は、
師匠が何とも含みのある感じでそう言って、ニヤリと笑ったのだった。まあ、今の私達は確かに――冒険者に負けないぐらい強いかもしれない。
「それよりもエリス、そろそろ精霊を召喚しておけ。この辺りは魔素が地上並にしかないので、魔物はほぼ現れない安全地帯だが……一応用心の為だ」
「はーい!」
私は待ってましたとばかりに魔法陣を描き、精霊を召喚する。
「おいで、クイナ」
「きゅー!」
クイナがいつもの特等席である私の肩に止まる。
「風属性の精霊だったな」
「移動に便利ですから」
「風の精霊の力が渦巻いているのがよく見えるよ」
「師匠、それどうやって見ているんです?」
精霊の力なんて普通は見えないはずなのに。
「魔力視を鍛えているおかげさ。エリスにもそのうち教えるよ。錬金術師に必須の技術だからな」
「へー!」
「まあ、多分お前ならすぐに習得できるさ。なんせ丁度良い練習相手がすぐ傍にいる」
そういって、師匠がクイナの頭をふわりと撫でた。
その時。私は崖の向こうに広がる空から、黒い豆粒のような何かがこちらにやってくるのが見えた。
「師匠、あれ、なんです」
「ん? あれは……」
それはどんどん大きくなっている。つまり――恐ろしい程の速度でこちらへと向かって来ているということだ。
「……ッ! ま、魔物だああああ!」
そんな声が前方から聞こえてくる。それは山道を上がってくるくたびれた冒険者の一団からであり、その顔には絶望が浮かんでいた。
「馬鹿な、ここは安全地帯だぞ!」
師匠も驚きながら、空を注視する。その黒点はやがて見覚えのある形になり、上昇。
空高く舞いあがったそれは――その勢いのまま、こちらへと降ってきた。
「あっ」
それが私に声なのか、師匠の声かも分からない。だけどもその声と共に――黒いソレが私達の前方に着弾、冒険者達が衝撃と共に吹き飛んだ。
「うわああ!!」
「くそ、なんでこんなところに!」
それは一体だけではなかった。最初に落ちてきた奴の後を追うように、次々と黒い物体が空から突撃してくる。
師匠が私を庇うように前に出ると、右手を差しだした。
「――〝溶解せよ〟」
師匠の詠唱と共に、魔力が全身の防具へと注がれた。するとそれらがドロリと溶けて、師匠の前方で再び融合。みるみるうちにそれは銀色の鎧を纏った騎士の姿へと変化していく。
この精霊銀には〝騎士の精霊、ハルト〟を融合させてあり、金の属性が宿っている。それを師匠の力である〝溶解〟によって液体状にし、中に宿るハルトによって騎士の形へと変形させたのだ。
これによって師匠は銀製の騎士を再現させることに成功した。銀騎士は師匠の意のままに動く人形のようなもので、冒険者を雇わずとも護衛として使える。
理論的に可能でも、こうして直に見るとやはり凄い。
「おー!」
師匠が操る銀騎士が右手を大盾に変化させて衝撃波を防ぐ。
「エリス、あの冒険者達を助けるぞ!」
師匠がそう言って、銀騎士の左手を剣状に変化させ、前方にいる魔物の群れを睨んだ。その周囲には冒険者達が倒れており、呻き声を上げている。
「あの魔物はなんですか!?」
「ウイングブルだ! 本来なら大人しい魔物のはずなのに、なんでこんなところにいやがる」
その魔物は一見すると黒い牛だった。だけども、その背中には名前の通り翼が生えていて、額に一本の尖った角。それは伝説状の生き物であるペガサスによく似た姿だ。
まあ、ペガサスよりはもっとずんぐりむっくりしているけれど、その分なんというかパワフルそうな見た目だ。
「ブモオオ!」
ウイングブル達が、興奮した様子で私達へと視線を向けた。
その目を見た時。
私はなぜか――怯えているなと感じてしまった。なぜかは分からない、けど確かにそう感じてしまったのだった。
それと同時に、クイナが何やら私に囁いてくる。
「きゅきゅ」
「え? 女の子?」
すると、〝助けて〟というか細い声が風に乗って聞こえてきた。そのおかげで私は、ウイングブルの群れの向こうで、怯えて尻餅をついている一人の少女の存在に気付いた。
見たところ倒れている冒険者達の仲間ではなさそうだが、一体のウイングブルが彼女へとその角を向けている。
しかし師匠はウイングブルと銀騎士の大盾に視界を遮られて、彼女の存在に気付いている様子はない。
「エリス、俺が引き付けている間に倒れている連中を――っておい!」
私は指示を待たずにクイナの力で風を纏い、地面を蹴った。師匠を置き去りに、加速する。
風を切り裂き、あっという間にウイングブルの群れに迫ると跳躍し――群れを飛び越えて、今まさに角を少女へと突き立てようと突撃するウイングブルの背中へと着地。
「てい!」
腰からナイフを抜くと魔力を込め、そのまま右手を一閃。
紫電が走る。
「ブモ!?」
澄んだ音と共に、ウイングブルの角が斬り飛ばされた。
なぜか大人しくなったウイングブルの背から素早く地面へと降り、尻餅をついたままの少女へと手を伸ばす。
「掴まって!」
「う、うん!」
私はそのままクイナの力で、掴んだ少女ごと自分の身体を風に乗せて跳躍。
「きゃあああああ!?」
少女の悲鳴と共に宙を舞い、元いた位置へ戻る。
その間に銀騎士が残りのウイングブルの角を的確に狙って斬り落としていく。それには速さや鋭さはないものの、無駄もなく堅実な動きだった。
すると、角が斬られたウイングブル達は先ほどと同じように急に大人しくなると、弱々しい鳴き声と共に翼をはためかせて、空へと逃げていった。
「あれ、逃げた」
「エリス……お前なあ」
師匠が銀騎士を再び防具の姿に戻しながら私を睨み付けた。私が指示を聞かずに飛び出したことに怒っている様子だ。
「と、とりあえず、怪我人の介抱が先では!?」
怒られる前に、私が慌てて倒れている冒険者達へと駆け寄った。幸い大怪我をしている人はおらず、骨折程度で済んでいる者がほとんだ。
これならポーションだけで歩ける程度には治るだろう。
「……エリス、持ってきたポーション使ってやれ。ポーション代は俺が持つ」
「はい!」
私が倒れている冒険者達にポーションをぶっかけていく。ポーションは外傷には直接かけ、内臓などの体内の傷には飲むのが有効とされているが、見る限り外傷ばかりだ。
おかげで立ち上がれるようになった冒険者達が次々とお礼を言ってくる。
「た、助かったよ!」
「ありがとう!」
「あんた、強いな」
冒険者達の感謝の言葉がむず痒くて、なんだか照れてしまう。彼らは口早にこの恩は必ず返すと言って、山道を下っていった。流石にあの怪我で大階段登るのはキツくて諦めたのだろう。
あ、そういえばあの子は……そう思って振り向くと、少女は不安そうな顔で立ったまま、私と師匠を交互に見つめていた。師匠はこんなところにまで持ってきていた煙草に火を付けて、せっせと斬り落としたウイングブルの角を拾い集めている。
むー、あの無愛想魔神め、ちょっとぐらい声を掛けてあげたらいいのに。
そう思って、私は彼女に近付くと――
「あ、あの……」
少女が、おずおずとそう声を掛けてくる。
「大丈夫? 怪我はない? ポーションは……ああ、全部切れちゃった」
「だ、大丈夫! あ、あの……お姉ちゃん、助けてくれてありがとう……」
少女がモジモジしながらそうお礼を言ってきた。金髪のフワフワの髪の毛といい、なんだか羊みたいな子だなあという印象を受けた。少し中性的だが、声と胸の膨らみからして女の子で間違いないだろう。幼いが随分と可愛いらしい顔をしている。
「私はエリス。あっちの無愛想なのが錬金術師で私の師匠のジオさん。君は? ここにいるってことは冒険者か錬金術師か、私みたいな見習いだろうけど」
「僕は……ウル。
そう言って、その羊みたいな少女――ウルは赤面しながら、私を見上げたのだった。
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