第7話:迷宮に早速いきます!


「……はあ? いやいや……だって素材用のお金は残してあるって言ってたじゃないですか」


 師匠はまるで祈るかのように手を組んで目を閉じた。


「今日、市場に行って驚いたよ。俺の知らない間に、錬金用素材が軒並み高騰していた。ふっ……まさかメディナ草一株すら買えないとはな」

「……高騰?」

「ああ。十倍近く跳ね上がっている。どうも話を聞くと、最近迷宮メイズに〝大変動〟があったそうでな。表層の地図がガラッと塗り変わってしまい、採取専門のギルドも苦労しているのだとか。おかげでメディナ草の供給が需要に追い付かず……結果価格が高騰化した」

「え? でも、ポーション自体はそんなに高くないですよね?」


 帝都に着いた時、冒険者気分を味わいたくてまっ先に買ったポーションは、私でも買えるぐらいの手頃な値段だった。


「ああ……ポーションの価格はな、国と、冒険者を管理する上位組織――冒険者管理局が、キッチリ価格を定めているんだよ。だからどんなに材料費が掛かっても……値段は据え置きなんだ」

「ええええ!? なんですか、その錬金術師に不利な条件は! 材料費が上がったなら市場価格も上がるのは当然じゃないですか!」


 コストが掛かるなら当然価格も上がる。商売に疎い私でも分かる話だ。


「ヒントをやろう。ポーションは誰が買う? この帝都では誰が、どの層が一番ポーションを買っていると思う?」

「へ? まあ色々でしょうけど、そりゃあ、一番は冒険者でしょうね……あ、そうか」

「気付いたらようだな。そう。冒険者なんだよ」


 ポーションの材料を取ってくるのも冒険者。そしてポーションを使うのも冒険者。なんせ回復魔術が使える人はとても稀少なので、冒険者達は、迷宮メイズ攻略中の怪我や病気はポーションで治すそうだ。


「だからポーションを高くすると彼らが嫌がるわけだよ。さらにそれによって冒険者の数が減ると余計にポーションの供給も滞る。よって冒険者管理局や国がポーションの販売価格については一律に決めてしまっているんだ。無許可で価格を上げて売ると――厳しい処分を受ける」

「ええ~。それって理不尽ですよ」

「俺もそう思う。そして錬金術師達は皆そう思っている。なんせ俺らが一番割を食うからな。だから昔、錬金術師達が抗議してね。国も渋々例外を認めたんだ。価格は上げたらダメだけど――調ってな」

「あっ!」


 そういえば師匠がこないだそんな話をしていた!


「そう。だから……エリス、準備をしろ」


 そう言って師匠が立ち上がった。その顔には決意の表情が浮かんでいる。


 あるいは……ヤケクソなのかもしれない。


「あんなもん素直に買っていたら、どう足掻いても赤字だ。だったら……自分達で調達するしかない」

「それってつまり!」

「気は進まないが……迷宮メイズへ素材採取に行くぞ!」

「やったあ!」


 意外にも早く――私は迷宮メイズへと行くことになったのだった。


***


 帝都南区――迷宮メイズ調査局。


 そこは巨大な壁の中にある、厳重な警備が敷かれた建物だった。だけども、どちらかと言えば外からの侵入者を拒むというより、中から外へと出られないようにしているような感じで、刑務所か何かのように感じられた。


 その入口の門では、衛兵によって出入りする全ての人が身分証明を求められた。


「――冒険者免許証または錬金術師資格証を提出してください」


 師匠と共に入口の門の列に並んでいた私の耳に、そんな声が飛び込んで来る。


「し、師匠! 私そんな資格証もってませんけど!」


 というかまだ錬金術師でもないので、そもそも私は迷宮メイズに入れないのでは? という今更な疑問を師匠にぶつけたのだが――


「心配するな。この間、工房新設の手続きをする時についでにこれを取っておいた」


 師匠が一枚のカードを取り出す。それには【錬金術師見習い:エリス・メギストス】と表記されていた。端に小さな石が埋め込んであり、微かな光を放っている。


 あ、そういえばあの時の手続きであの石に魔力を込めた気がする!


「錬金術師は迷宮メイズへ、最高で二名まで助手として同行させることが出来る。ただし誰でもいいわけではなく、ちゃんと条件がある。そのうちの一つが、錬金術師自らが正式にその人物が自分の弟子であると申請することで、それを証明するのがその<見習い証>だ。当分はお前の身分証代わりになるから無くすなよ」


 し、師匠がちゃんとしてる!


「……おい、なんでそんなに驚いているんだ」

「いやだって、師匠って結構ポンコツじゃないですか……てっきり、〝やべえ! 忘れてた! すまん、お前は留守番しとけ〟とか言い出しそうだったので」

「お前はなあ……」


 師匠がポリポリと頬を掻いた。だけども、心当たりがありすぎて言い返せない様子だ。


 とはいえ、用意してくれたことには感謝しないと。


「師匠、ありがとうございます。大切にします!」


 なんて喋っているうちに、私達の順番が来たので――


「ふふん、錬金術師見習いのエリスです!」

「おい、俺より先に出すな――って、まあいいか」


 私が貰ったばかりのカードを差し出すと、衛兵さんが微笑みながらそれを受け取った。


「はい、魔力を確認させてもらいますね」


 衛兵さんが虫眼鏡に似た道具を、カードに埋め込まれた石にかざすと、今度は私の手で同じことを繰り返した。


「はい、魔力が一致しました。ジオ様、同行者は彼女だけですか?」


 衛錬金術師資格証を見えるように掲げていた師匠を見て、衛兵さんがそう尋ねた。


「そうだ」

「かしこまりました。それではどうぞ。現在、表層の〝大変動〟によって冒険者達の間にかなりの混乱が生じております。くれぐれもお気を付けて」

「ありがとう」


 無事、門を通り抜けた先――大きな建物の前で、沢山の冒険者達がわちゃわちゃと集まって、何やら話し合っている。


「おい、地図はどうなってる?」

「ダメだ。全然役に立たねえ。今回の〝大変動〟は並じゃねえよ」

「北の草原にあるメディナ草の群生地は?」

「森になってたよ。オマケに第二階層以降にしかいないはずのフレイムエイプ共が生息してやがる。さっき採取ギルドの新人パーティが全滅しかけたって聞いたぞ」

「逆に、厄介だったアーマーライノスがいなくなったって噂だぜ」


 その横を通り過ぎながら、私は師匠へと気になることを聞いてみた。


「ああ、そういえば師匠、その〝大変動〟ってなんです?」

「ん? ああ、そうか。エリスは帝都出身じゃないから知らないのも無理はないな。〝大変動〟ってのは迷宮メイズで不定期に起こる現象でな。迷宮メイズ内が文字通りするんだよ。一番広くて、行く機会が多い表層で言えば、こないだまで山があったところが平原になっていたり、湖だったところに遺跡が出来ていたり、とまあ変化は様々だ」

「どういう構造なんですかそれ。もはや神話レベルの話ですよ。天変地異というか天地創造というか」


 いやというか、山とかあるの!? てっきり全部洞窟みたいなところだと思っていたので、どうやら迷宮メイズは私の想像を遥かに超えた場所のようだ。


迷宮メイズについては未だに分かっていないことが多い。とにかく厄介なのは、〝大変動〟が起こると土地ごと変わってしまうから、これまでに採れていたものが急に採れなくなったり、いなかったはずの魔物がいたりすることなんだよ。地図やこれまでの経験則が役に立たなくなるから、〝大変動〟後は、地図が更新されるまでは皆、バタバタしている」


 確かに周囲の冒険者達は皆、焦っている様子だ。なのに、師匠はなんだか余裕そうだ。


「大変動は確か、七年ぶりだからな。若い冒険者達は戸惑っているだろうさ」

「というか、そんな時に迷宮メイズに入って大丈夫なんですか……?」


 冒険者ですら戸惑っているのだ。錬金術師である師匠と私だけでは、危険な気がするのだけども……


「ん? ああ、まあ大丈夫だろうさ。無茶をしなければ、表層に限っていえばそこまでの危険はない。それに、〝大変動〟も悪いことばかりでもないぞ。これまでになかったレアな素材が見付かる可能性もあるし、手付かずのメディナ草の群生地を発見するチャンスでもある」

「師匠がそう言うなら、そうなんでしょうけど」

「エリスも多少は戦闘の心得があるんだろ?」

「まあ、ありますけど……」


 とはいえ、村にいた頃に野生の魔物を討伐していた程度だ。あとから知った話だけど、迷宮メイズ内の魔物は野生のものより強く危険らしい。


 だから、自分の強さを過信してはいけないのだ。


「ま、メディナ草と魔石の採取だけなら問題ないだろう。俺も伊達に二十年もここで錬金術師をやってないからな」

「おお! 何だか今日は師匠が頼りがいのある人に見えてきました!」

「……今日は、ってなんだよ」


 そんな会話をしながら、建物の中に入っていく。その先の広い廊下の各所で、物々しい装備を身に付けた冒険者達が最終チェック行っていた。


「――ポーションは?」

「予備含め、十分あります」

「食糧と水は詰めたし……あと<警戒鈴>は念の為に全員分用意しました」

「変動後で何が起こるか分からん。気を引き締めていくぞ!」

「はい!」


 廊下の奥は大階段となっており、地下へと続いていた。きっとあそこから迷宮メイズへと向かうのだろう。その証拠に、くたびれた様子の冒険者パーティの一団が階段から上がってきた。


 何人かの冒険者が怪我しているのか仲間の肩を借りて歩いていて、これから迷宮メイズへと向かおうとする冒険者の一団に声を掛けていた。


「おい、西側は気を付けろよ。今、ブラックセンチピードが大量発生しているぞ。解毒薬ないなら行かない方がいい」

「毒か……厄介だな。情報感謝する」


 私達はなぜかチラチラと冒険者達から視線を向けられるが、師匠は気にせずズンズン階段を降りていく。左右に松明があるので暗くはないが、階段を下るたびに空気が冷たくなっている気がした。


 大階段は地の底まで続いているのでは錯覚するほどに長い。


「これ……帰りは大変そうですね。迷宮メイズ探索で体力を使い果たしていたらとてもじゃないけど、登り切れない気がします」

「だから、大体の冒険者は探索終わってもすぐに地上には戻らず、まず身体を休ませる。特に中層や深層にまで遠征した冒険者は表層で身体を慣らさないと、魔素不足にやられるしな」

「へえ」

「まあ、中にはすぐに帰還するタフな奴もいるが」

「でもすぐに戻らないなら、どこで休むんです?」


 迷宮メイズ内でそんな休める場所なんてあるんだろうか。そんな私の疑問に、師匠がニヤリと笑いながら答えた。


「行けば分かるさ。ほら、もうすぐ着くぞ」


 師匠のその言葉の通り、ついに階段の終端が見えた。そこは仄かに明るく、微かに風を感じる。


 最後の一段をぴょんと降りて、私はその先に佇む巨大な門をくぐり抜けた。


 その先には――


「うわあああ! 綺麗……!」


 《・》

 

 その門はちょっとした山の中腹にあり、おかげで遥か先まで見渡せた。端が霞んで見えないぐらいにそこは広く、右の方には森、左には草原、山の麓にはなんと集落らしきものがあり、そして上を見れば――空があった。


「……え? いやなんで地下にこんな広い空間が? そもそもなんで――空が?」


 そんな私の疑問に、師匠がおどけた口調で答えた。


「なぜならここが迷宮メイズだからさ。さあ、まずは麓の〝冒険者街ダイバータウン〟で準備をしよう」


 そう言って、師匠は山道を下り始めたのだった。


 いよいよ、私の迷宮メイズ探索が始まる。

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