第6話:なぜか私の工房になりました


 帝都、〝冒険者通り〟――錬金術士協会本部。


 その綺麗な建物は中も広く、錬金術師らしき人々がカウンターの中にいる事務員とあれこれ手続きをしていた。師匠曰く、錬金術師はそれなりに貴重で需要がある為、国家認定機関であるこの錬金術師協会できっちりと管理されているそうだ。


 だからこうして工房再開の許可を取りにやってきたのだけど――


「待ってくれ! 工房再開の許可が出ないってどういうことだ!?」


 師匠が受付の事務員さんに食って掛かる。


「ジオ・ケーリュイオン様、申し訳ございません。一年前の事故の後から何度も連絡を差し上げたのですが、全く音信不通な上に会費も滞納されていたので、規定に従い工房許可を取り下げさせていただきました」

「……しまった」


 顔に手を当てる師匠を見て、私は何だか嫌な予感がしていた。


 なのでおずおずと師匠に聞いて見たけども……


「なにかマズいんですか?」

「……工房を再開できない」

「ええ!? なんでですか!?」

「俺のせいだ……工房を閉めてからずっと自棄になっていたツケが……。まさか俺の錬金術師の資格も消えていないだろうな」


 師匠の言葉を、事務員さんが否定する。


「資格に関しては問題ありません。ですが規定違反を行った方には一年間、工房を再開あるいは新設できない処罰が科せられますので」

「滞納した会費はすぐに払う! だから、なんとか再開の許可を取れないか!?」

「規定ですので……申し訳ございません」


 ガックリとうなだれる師匠が受付から離れて、ロビーの椅子へと座り込んだ。


「くそ……馬鹿か俺は!」


 師匠が自らの膝へと拳を打ち付けた。その打ちひしがれた様子を見て、私は掛けるべき言葉を失った。


 どうしよう。いきなりなんか暗礁に乗り上げてしまった気分だ。


 でも、私まで暗くなっていたらダメだ。


「……と、とにかく、一度戻って、なんか考えましょ! なんとかなりますって! 多分!」


 私が明るい声でそう師匠を励ましていると――


「おや? おやおや? 誰かと思えば……ジオじゃないか」


 そんな声が入口の方から聞こえてきた。


 私がそちらの方に振り向くと、一人の青年がこちらへとやってきた。仕立ての良い、貴族のようなオシャレな服を纏い、長い綺麗な金髪を後ろで結んでひとまとめしたその青年が、その瑠璃色の瞳を私と師匠の間を行き来させる。


「もうてっきり死んだかと思ってたのに……なんでまたこんなとこに?」


 青年の態度や口調からして、師匠の知人なのだろう。


「……げっ。レオンじゃねえか」


 師匠が顔を上げて、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。


「そう邪険にしないでよ。数少ない錬金術科の同期なんだからさ」

「うるせえ、ほっとけ。あっちいけ」


 まるで犬を追い払うように手を振る師匠を無視して、その青年――レオンさんが私へと笑みを向けた。甘いルックスにその笑顔は良く似合っているが、少し胡散臭い。


 師匠とは違うタイプの、女性の敵っぽい雰囲気がビンビンする。


「やあ、美しい娘さん。僕はレオン・エルハルト。エルハルト錬金工房の錬金術師だよ」

「えーっと、エリス・メギストスです。師……じゃなかったジオさんの弟子です」

「メギストス……? どっかで聞いた名――いや待て、それよりもジオの弟子? 嘘だろ。面白い冗談だ」


 レオンさんが驚愕の表情を浮かべた。まるで珍獣でも見たかのようなその表情に、私はムッとする。


「冗談でも、嘘でもありません! ね、師匠!」

「お、おう。確かにエリスは俺の弟子だ。手を出すなよレオン」


 師匠の言葉に、レオンさんが一歩後ずさりする。よほどの衝撃だったらしい。


「あの君が弟子を、取っただって? ありえない。信じられないよ。ジオ、君はもう立ち直ったのかい」

「……まあな」

「なるほど。それでここに来たんだね。で、大方、工房再開の許可が取れなかったってところか。本部長が僕のところにまでアレコレ言いに来てたからね」


 レオンさんがズバリ、今の状況を言い当てた。


「はあ……俺が馬鹿だった。せっかく弟子も取って再開しようとしたのにこのザマだ」

「自業自得だよ。これじゃあ、あまりにエリスちゃんが可哀想だ。君は師匠失格だね」


 レオンさんが冷たい眼差しを師匠へと向ける。


「あ、いや、私は――」


 私が何か言おうとする前に――レオンさんが大きくため息をつき、口を開いた。


「仕方ない。同期のよしみだ、教えてやろう。ジオ、君は忘れているかもしれないが……一つだけ方法があるだろう?」

「へ? あるんですか?」

「あるんだよ。でも、それには……エリスちゃんの協力が必要だけどね」


 レオンさんがそう言って私に微笑んだ。


「私ですか?」

「ジオはどうやらショックで全部忘れてしまったらしい。元々、あの工房がどういう経緯で出来たかを」


 レオンさんのその言葉で、師匠がハッと顔を上げ、目を見開いた。


「ああ……! そうか、その手があったか」

「よりにもよって君が忘れていたなんて……僕には信じられないね。じゃ、僕は今から本部長と密談があるから。エリスちゃん――そこの馬鹿は錬金術の腕だけは最高だけど、他は全然ダメダメだ。君が支えてやってくれ。困ったら僕を訪ねるといい。じゃあね!」


 サッと手を挙げて、レオンさんがそのまま去っていった。


「あ、あの師匠。その方法って?」

「気付いてみれば、簡単なことなんだ。むしろ、忘れていた俺が馬鹿だった。行くぞ、エリス」


 なぜだか、元気になった師匠がもう一度受付へと向かった。


「ですから――工房再開の許可は出せません」


 事務員さんが呆れたような口調でそう先制する。だけども、師匠の顔には笑みが浮かんでいた。


「分かっているさ。だから――。俺の工房は廃棄してくれ」

「え? ええええええええええ!?」


 驚く事に――工房新設の手続きは驚くほど簡単に済んでしまった。


「工房の名前を決めてください」

「え? え? 待って下さい!」

「……まあ通例に習って、エリス錬金工房にしよう。男性の場合は名字を、女性の場合は名を冠することが多いんだよ。それに工房名は気に入らなければ、あとから変えられる」

「はあ……」


 こうして……私は何がなんだか分からないまま、師匠の工房を実質的に引き継ぎ――【エリス錬金工房】を開くことになった。


 まだ錬金術師でもないのに――自分の工房が出来てしまったのだ。


***


 その後、数日があっという間に過ぎていった。

 必要な日用品を買ったり、お掃除をしたり。工房を再開する為に必要な事務用品や備品も揃えた。


 精霊鉄やポーションもあの後何個か作り、工房のオープンに向けて着々と準備は整っていた。


「完璧!」


 私が扉とその横にある窓をピカピカに吹いたあとに、汗を拭いながら自分の仕事に満足気に頷いた。

 すると、背後から声を掛けられた。


「おーい、エリスちゃん」


 振り向くと、そこにいたのはレオンさんだった。背後に、荷台を引いた職人さんを連れている。


「あれ、レオンさん。どうしたんですか? 師匠なら出掛けてますよ」

「ああ、あいつはどうでもいいんだよ。エリスちゃんに会いに来たのさ」

 

 レオンさんがまた、女性を魅力しそうな笑顔を私へと見せ付けてくる。悪い気分ではないけど、やはり胡散臭い……。


「私に……ですか?」

「そう。工房新設のお祝いを持ってきたのさ――それ、取り付けてくれる?」


 レオンさんが背後にいた職人さんにそう声を掛けると、その人が木製の看板のような物を荷台から取り出した。


「あっ! これってもしかして!」


 その看板には花と剣が交差する紋章が描かれており、その中心に【エリス錬金工房】と表記されていた。


「ふふふ、看板は必要だろう? 腕のいい職人に作らせたんだよ」

「素敵です! で、でもいいんですか……? お金ならないですが!」

「お祝いだよ。それにあのジオの弟子だからね。今のうちにお近づきになりたい……という下心もあるのさ。君が可愛い女の子であるということを抜きにしてもね」


 レオンさんが爽やかに笑う。うーん、胡散臭いと思っていたけど、案外良い人なのかも。


「ありがとうございます。看板どうしようか迷っていたので助かります!」

「うんうん。どうせあのジオのことだから、〝看板なんざいらねえよ〟とか言い出しかねないからね」

「あはは……流石、鋭いですね」


 まさに一字一句違わず、そんなことを師匠に昨日言われたばかりだ。


「で、旦那、看板を付けるのは扉でいいですかね? それとも吊り看板にして扉の上に設置しますか?」


 職人さんがそう聞いてくるので、私は吊り看板にしてもらうことにした。だってそっちのがお店っぽいもん!


「うんうん。やっぱり主が代わると……工房の雰囲気も変わるな」


 レオンさんが吊り看板を見て、満足そうに頷いた。


「じゃ、僕は帰るよ。またオープンしたら……改めて挨拶に来よう」

「レオンさんありがとうございます!」

 

 私は帰ろうとするレオンさんに深々とお辞儀をした。彼はスッと右手を挙げて、そのまま去っていく。

 うーん、格好いい。


「ふふふ……なんだかドキドキしてきたなあ」


 看板があるだけで、グッとそれらしくなって私はいてもたってもいられなかった。


「師匠が帰ってきたら、ポーションと精霊鉄作りに励むぞおおお!」


 拳を宙に突き上げて、気合いを入れていると――路地の先から、トボトボ歩いている何だか今にも死にそうな顔をしている男性がやってきた。


 目立つ赤髪に無精髭。


「って、師匠じゃないですか!」

「お、おう……エリス」


 師匠が引き攣った笑みを浮かべた。なんだか、嫌な予感がする。


「えっと、さっきレオンさん来て……看板をお祝いにとくださって……」


 私がそう説明するも、師匠は心非ずといった様子だ。


「師匠? あれ、そういえばポーションと精霊鉄用の素材を買ってくるって話でしたよね?」


 見れば師匠は手ぶらだった。


「ああ……とりあえず中に入ろう……」


 師匠が背中を丸めたまま、工房に入っていく。

 うーん、様子がおかしい。


「どうしたんですか師匠」


 カウンターの中に入って、丸椅子に座った師匠が真面目な表情を浮かべ、こう言い放った。


「――素材を買う金が足りないっ!」

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