第10話:遺跡林を探索します!
私達は出発するべく【冒険者の館】を出て、冒険者街の東、西、北にある門のうちの西門へと向かった。
「この先は草原になっていて、出る魔物も大したことないよ。でもその先に新たなに出現した〝遺跡林〟はかなり厄介みたいだから、とりあえずその手前ぐらいまではのんびりいけると思う」
ウルちゃんの説明を聞き、師匠が頷く。
「そうだな。出来れば弱い魔物を狩って魔石も集めたいところだ」
「うん。〝遺跡林〟は昆虫系の魔物が多いから魔石集めは大変だと思う」
なんて相談し合っている師匠達。手持ち無沙汰な私は、周囲を見回すと――どこかで聞いた声が響いてくる。
「はー。なんで私達が他ギルドの捜索なんてしないといけないよ」
「Bランクのギルドが表層で行方不明なのが解せない。調査はすべきだろう」
「あーめんどくさ。管理局長の依頼でなかったら絶対に蹴ってたわ」
そんな会話を、紫髪の美女と銀髪の青年が行っていた。美女は手に金属性の杖を持っており、青年は左右の腰に長さの違う剣を差している。
あれは――
「……おや? 君は確か」
銀髪の青年が私の視線に気付いた。同時に、隣の美女が露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「……いつぞやの田舎者じゃない。あんた、冒険者になったのね」
「エリス……だったか」
「ど、どうも……」
それは、私がいつかギルドの採用面接をした時に出会った、Sランクギルド<赤い翼>のリーダーのラギオさんと、その右腕であるメラルダさんだ。
こんなところで出会うなんて、どんな偶然だろうか。
「……見たところ、冒険者ではなさそうだが」
「あ、錬金術師見習いになりました」
「錬金術ねえ。まあ低位精霊しか召喚できないあんたにはお似合いね。錬金術なんて
メラルダさんが小馬鹿にしたようにそう言ってくるので、私はムッとして言い返す。もうここは採用面接の場ではないのだ。
「つまらないと言いますけど――その腰にあるポーションは誰が作っているか知っていますか? 貴女がつまらないと言った錬金術師なんですけど」
「知ってるわよそんなこと。そんな装備と頼りなさそうなガイドでどこ行くか知らないけど、冒険者に迷惑が掛からないように大人しく草原で遊んでなさい――行きましょラギオ。さっさと終わらせて上に帰るわよ」
見下したような視線を私に向け、メラルダさんが西門から先に進んでいく。相変わらずムカつく人だ!
「全くアイツは……。とにかく、ここまで来た以上は頑張るといい、エリス。またな」
ラギオさんそう言うと、そのまま部下達に指示を出しながらメラルダさんに後を追う。うーん、メラルダさんに比べラギオさんは大人だなあ……。
「知り合いか?」
「いえ。前に少し話しただけです」
「そうか。錬金術師を見下している冒険者は多い。あまり気にしない方がいい」
師匠がそう言って、ポンと私の肩を叩いた。
「はーい」
「あの女の人、嫌い……。でも多分凄く強い」
ウルちゃんが既に小さくなったメラルダさんの背中を見てポツリと呟いた。
「だな。ありゃあ相当な腕の魔術師だ。それにあの青年もかなり強いな。喧嘩するには少々相手が悪い」
「別に喧嘩してません!」
「分かってるよ。さあ、俺達は俺達のペースでいこう」
「はい!」
***
〝冒険者街〟の西方――〝魔獣平原〟
「エリス、そっちに一匹行ったぞ!」
師匠の言葉と同時に、背の低い草藪から一匹のウサギ――〝
そのつぶらな瞳にはしかし確かな殺意があり、私へと飛び掛かってくる。こいつ、やっぱり全然可愛くない!
「とりゃ!!」
私は右手のナイフを一閃。
「ぴぎゃ」
飛び掛かってきたウサギを斬りつつ、飛び散る血をクイナの力で周囲へと吹き飛ばす。
「エリスお姉ちゃん、流石だね」
待機していたウルちゃんが駆け寄ってきて、手慣れた手付きで今仕留めた
「地上のやつより大きいねえ」
故郷にいた時に狩った
魔石は錬金術には欠かせない素材なだけに、その需要は高い。私はそれをポーチへと大事にしまった。
「
「確かにこの
「だから地上の魔物に慣れた冒険者ほど怪我しやすいから、エリスお姉ちゃんも気を付けてね」
「うん! ありがとう」
ま、この程度の魔物になら遅れを取らないけどね!
「魔石は取ったけど、あと取るのは肉と皮と牙だけでいいんだよね」
「うん。肉と皮はあとで抽出して魔素水を作るんだって。牙は素材として売るとか」
「魔素水はマジックポーションの材料になるもんね」
流石、ウルちゃん。優秀なガイドなだけあって錬金術の知識も持ちあわせているようだった。うーん、知識面でも負けている気がするな、私……。
頑張らないと!
「うっし、それで五匹目か。ちと魔石が小粒そうだが、まあ問題ないだろう」
師匠が四匹の
「それも解体するね」
ウルちゃんが師匠の仕留めた
彼女が取り分けた肉と皮に何か魔術を掛けているが、あれはなんだろう。
私が興味深そうに見ていると師匠が説明してくれた。
「簡易の保存魔術だよ。保存期間が短い代わりに誰にでも使えるぐらいに簡素化された魔術で、ガイドや採取専門の冒険者には必須のやつだな」
「ほうほう! 便利そうですねえ」
私が感心している間にウルちゃんが作業を終わらせ、背負っていたリュックにしまった。
「終わったよ」
「よし、そろそろ行くか」
師匠の号令で、私とウルちゃんが頷き合って立ち上がる。
草原の向こうには、まばらに木が生えていた。その間に、朽ちた遺跡が見えた。
「あれが遺跡林か」
「……とりあえず、ベースキャンプに出来そうな場所を探すね。拠点なしにうろつくのは危険かも」
「ウルに任せるよ」
「分かった。ついてきて」
ウルちゃんが進み始めた。ちっちゃい身体を素早く動かし、なおかつ物音を立てない姿は流石といったところだ。
それからしばらくして、私達は遺跡林に辿り付き、そこからは慎重に進んでいく。その高い木ばかりで、地面には草一つ生えていない。あるのは、木と崩れた遺跡やその跡だけだ。
歪な植生のそこは、地上の野山と違って不気味なぐらいに静かだ。生命の気配を感じないと言ってもいい。
「なんか、嫌な感じですね」
「ああ。ウル、どう思う」
「……あんまり良くない」
ウルちゃんがしきりに立ち止まっては周囲を警戒し、また進むを繰り返していた。
緊迫した雰囲気が漂っているが、今のところ魔物が出てくる気配はない。
「やっぱりおかしい。ここまで来て、魔物に遭遇しないなんて」
「遭遇しない方がいいんじゃ?」
私がそう聞くと、師匠が首を横に振った。
「そうとも限らない。普段は魔物がいる場所で、遭遇しないってことは――想定外の何かが起こっているってことだ。そしてそういう時の
「あっ……ウイングブルの足跡がある。それに糞も」
ウルちゃんがそう言ってしゃがんだ。見れば確かに複数の足跡と糞らしきものがある。
「うん。やっぱりメディナ草がどこかに生えているはず。ウイングブルは食事の為以外で地上を歩くことはそんなにないから」
「なるほど。足跡を逆走すればいいな。足跡も糞も比較的新しい」
「うん。たぶんメディナ草を食べたあとにここまで移動してきて排泄したんだと思う」
ウルちゃんの言葉に師匠が頷き、足跡を逆走していく。その先には大きめの遺跡があり、その端にぽっかりと洞窟が口を開けていた。
ウイングブルの足跡はそこから続いている。
「洞窟? メディナ草は光のないところでは育たないはずだが」
師匠の疑問にウルちゃんが頷いた。
「うん。だから最大限に警戒して行ってみよう」
「分かった。銀騎士を先行させよう」
師匠が銀騎士を生成し、洞窟へと進ませた。その後を師匠、ウルちゃん、最後に私、の順で追う。
洞窟の中は暗いので、私は火の精霊であるサラマンを召喚し、その尻尾の光で周囲を照らした。
「ありがとう、エリスお姉ちゃん」
「これぐらいでしかお役に立てないからね」
なんて会話していると師匠が手で挙げ、私達を制した。
「シッ! 何か聞こえる。そこの岩陰に隠れよう」
師匠に従って、脇にあった岩の陰へと慌てて飛び込む。
「……見ろ。あそこ」
師匠が指差した先。その先はちょっとした広場になっていて、その上の天井が崩れていた。そのおかげで光が差し込み、地面には光が当たる部分にだけ淡い緑色の光を放つ草が群生していた。
「メディナ草の群生だ」
「でも様子が変」
「奥を見てみろ。何かこっちに来るぞ」
師匠が言う通りに、その広場の奥に続く洞窟へと視線向けた。その先は暗く見えないが、確かに何かの音が聞こえてくる。
「ハア……ハア……! くそ! 地上はまだかよ!」
それは、息を切らした冒険者だった。見たところ一人で、しかも怪我をしている様子だ。
「師匠!」
私が小声で師匠に訴えるが、師匠は動かない。その冒険者が広場の中へと入り、メディナ草の群生地へと足を踏み入れた。
その時、ウルちゃんが何かに気付き、声を上げた。
「……っ! 上!!」
ウルちゃんの言葉と同時に、冒険者が頭上を見上げた。崩れた天井の先には空が広がっているはずだけど――
「ひっ!」
冒険者が小さく悲鳴を上げると同時に――上から飛んできた
「糸!?」
「マズい!」
師匠が銀騎士と共に岩陰から飛び出す。何が起きているか分からず、私は一歩遅れてしまう。
その瞬間に、糸に絡め取られた冒険者と目が合ってしまった。
その瞳に浮かぶのは、絶望と諦観。
「助け――」
そんな言葉と共に、冒険者が一瞬で崩れた天井の方へと吸いこまれるように消えた。
「っ! クイナ!」
あんな目を見て、言葉を聞いて――ジッとしている方が無理だった。
私はクイナの力で風を纏い、加速。
「エリス! 無理をするなよ!」
師匠の声が後ろから聞こえてきたので、私は返事する代わりに手を挙げた。
そして地面を蹴って跳躍し、崩れた天井から外へと飛び出したのだった。
「早く助けないと!」
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