第11話:たくさん素材が手に入りました!
外に出ると一気に視界が広がり、風が私の髪を揺らした。
「あれは……」
崩れていた天井の先はどうやら遺跡跡に繋がっていて、周囲には崩れた柱や壁が並んでいる。
そしてその並んでいる崩れた柱の先に、それはいた。
「うげ……私、苦手なんだよね……」
それは――巨大な蜘蛛だった。長い節くれ立った八本の脚に、毒々しい模様の入った、丸いお腹。
器用に複数の脚を操り、柱と柱の間を進んでいく。見れば、糸でぐるぐる巻きにしたあの冒険者を前脚で抱えていた。
「助けないと!」
私は更に加速しつつナイフを抜刀。柱を蹴って、疾風の如く大蜘蛛の後を追う。
幸い、大蜘蛛の動きはさほど速くない。それでも先を行く大蜘蛛は遺跡跡の奥にあった円形の空間へと入っていく。
「サラマン!」
そのすぐ後ろにまで追い付いた私が叫んだ。腕にしがみ付いていたサラマンがその呼び掛けに呼応するように尻尾の炎を大きくする。
同時に、私はナイフを空中で振り抜いた。紫電を纏った刀身による一閃を、クイナの風で増幅させ衝撃波として放つ。
さらにサラマンの力で風に炎を乗せることで、それは紅蓮の風刃となって大蜘蛛のお腹へと直撃する。
「ピギャアアア!」
お腹で炎が爆ぜたせいで大蜘蛛が悶え、地面へと落ちた。
「あれ……?」
昔、似たようなことをやったことがあるけど、こんなに威力は高くなかった気がする。まさかあんなに強そうな大蜘蛛を、一撃で倒せるとは思えなかった。
「と、とにかく、あの人を助けないと!」
私は勢いを殺さずに地面の上を転がる冒険者の傍に着地。サラマンの炎で、彼を拘束する糸だけを焼き切る。
「大丈夫ですか!?」
「た、助かっ――ひえ!」
なぜか助かったはずの冒険者が、私の後ろを指差して悲鳴を上げた。きっとあの大蜘蛛の死体を見たのだろうと思った私だったけど――
「ああ! 安心してください。大蜘蛛はもう倒しましたよ」
私が暢気にそう返事していると――後ろでガサガサと何かが蠢く音が響く。
「えっと……?」
「か、囲まれてるぞ!!」
そこで、私はようやく気付いた。足下の地面に大量の骨が散らばっており、見れば冒険者のものらしき装備が散乱していることに。
つまりここはこの大蜘蛛の巣なのだ。
そして巣なので当然――
「ぎゃああああ! 子蜘蛛だあああ!!」
その光景を見て、私は思わず悲鳴を上げてしまう。
犬ぐらいの大きさの子蜘蛛が――何十匹とどこからともなく湧いてきて、私達を囲んでいた。
「に、逃げないと……!」
私は素早く周囲を見渡すも、完全に四方を囲まれており逃げ場はない。クイナの力を使えば私だけは脱出できるけども、ウルちゃんのような小柄な子ならともかく、大人の男性であるこの冒険者を抱えて飛ぶのは不可能だ。
「なら、道を作れば!」
私はナイフを構えて、先ほど放った風刃を放つ。それは爆炎を巻き起こすも数匹巻き込む程度で、すぐに別の子蜘蛛が現れてその隙間を塞いでいく。
「威力はともかく、範囲が足りない!」
どうしよう! 違う精霊を喚んで……いやでも誰を喚べば!?
焦りすぎて、考えがまとまらない。冒険者は武器をどこかで落としたのか、戦える様子はない。私がなんとかしないと……でもどうやって!?
「ひっ! 来る!」
子蜘蛛達がまるで示し合わせたかのように、一斉に私達へと飛び掛かってきた。
絶対絶命。
死。
そんな言葉が浮かぶ。
「師匠……!」
思わずそんな言葉が飛び出る。
だけでもその時――まるで津波のように襲いかかってくる子蜘蛛の群れの向こうに、私は確かに見た。
きらめく銀色と、翻る紫髪を。
「間に合ったか」
そんな声と共に、一人の青年が子蜘蛛の群れを両手の剣で蹴散らしてこちらへとやってくる。その鎧には赤く染まった竜の紋章が刻まれている。
あれは……!
「ラギオさん!」
私は思わず声を上げてしまう。なぜここに<赤き翼>のラギオさんがいるのか。それは分からないけど――
「こっちに来い!」
ラギオさんの声に導かれて私は冒険者と共に、彼が切り開いた道へと走った。それでも依然として四方から子蜘蛛が襲ってくる。
「いいか、
ラギオさんの言葉と同時に――空間全体に魔力が迸る。それは今までに感じたことのないほどの魔力量で、思わず肌が粟立ってしまうほどだ。
「――〝悉く灼け落ちなさい……<バーンダウン・ザ・フォレスト>〟」
そんな詠唱と共に――紅蓮の渦がその空間を包んだ。
「え? え?」
「凄え……こりゃ極大魔術じゃねえか!」
驚嘆の声を上げる冒険者と私を避けて、その炎の渦が子蜘蛛達だけを巻き込んでいく。気付いた時には……その空間にいた全ての子蜘蛛が焼き払われていた。
「……ねえ、あの親蜘蛛をやったのはラギオ?」
その艶のある声で、私はその魔術を放った存在に気付く。それはこの空間の入り口に立つ、今だ炎燻る金属杖を持った美女――メラルダさんだった。
「違う。俺が駆け付けた時には既に死んでいた」
ラギオさんが否定するように首を横に振ると、冒険者が声を上げた。
「この子がやったんだ! それで俺を助けてくれたんだよ! ありがとう、あんたら全員命の恩人だ!」
「あら……良く見れば、あの田舎娘じゃない。へえ……あんたが」
メラルダさんがようやく気付いたとばかりに、私へと視線を向けた。なぜかそこには前までにあった敵意や悪意はなかった。
「えっと……」
私がお礼を言おうとしていると――メラルダさんの向こうから、誰かが走ってくる。
「エリス!」
「エリスお姉ちゃん!」
それは師匠とウルちゃんだった。
「無事か!? 怪我は!?」
駆け付けた師匠が心配そうにそう聞いてくるので、私は笑顔を返す。
「大丈夫です! でもラギオさん達のおかげですよ。本当に……ありがとうございました!」
私はラギオさんとメラルダさんへと頭を下げた。二人がいなければ、死んでいたかもしれない。
私は
「俺からも礼を言わせてくれ。愛弟子を助けてくれて感謝する、ありがとう」
師匠となぜかウルちゃんまで頭を下げていて、私はクスリと笑ってしまった。
「いや、礼を言いたいのはこちらの方だ。捜索を依頼されていた冒険者ギルドのメンバーをこうして見付けることができたからな。エリス、君がいなかったら唯一の生存者である彼が死んでいた可能性が高い。そうしたら依頼は失敗だ」
「Sランクギルドに、失敗は許されないからね。……感謝するわ、エリス。錬金術師もなかなかやるじゃない」
そんな言葉と共に、メラルダさんが微笑んだのだった。
***
結局その後、私達はラギオさん達と共に、冒険者街へと帰還した。
「あの大蜘蛛――ケイブクイーンはな、本来なら表層にはいない魔物なんだよ。生息域は第二階層。つまり中層に近いところを根城とする魔物なんだ。なぜそれが表層にいたのか分からんが……いずれにせよ、Bランクギルドでも奇襲を受ければ全滅してしまうほどの相手だ」
師匠がテーブルの上に置いてある、私の頭ほどの大きさの魔石を撫でた。それはケイブクイーンの体内から見付けたもので、それを倒したのは私だったので当然、その素材を取得する権利も私にあった。
「えっとつまり……中層にいるはずだった魔物がなぜかいたせいで、Bランクギルドの冒険者達が行方不明に。その巣の近くにたまたま近付いた私達はケイブクイーンと遭遇。同時に、Bランクギルドの捜索依頼を受けていたラギオさん達もそこに向かっていたから、彼らはいち早く駆け付けられたんですね」
「そういうことだ。あのメディナ草のあった洞窟を覚えているか?」
「はい」
「あそこはケイブクイーンの狩り場だったのさ。メディナ草目当てに来るウイングブルや冒険者をあの天井の穴から糸で絡め取り、巣へと持ち帰る。おそらくだが、あの山で遭遇したウイングブルは元々あの巣の知覚に生息したんだろうなあ」
なるほど。だから怯えたような目をしていたのかな。行き場をなくした彼らは空を彷徨い、結果として山の中腹へと辿り付いた。
「ま、色々あったが……ふふ、当初の目的は達成できた!」
師匠が嬉しそうに手を突き上げた。
「へ? でもメディナ草は……」
私がそう言うと、ウルちゃんが笑顔でリュックを開けた。
そこには――山盛りのメディナ草が詰め込まれていた。
「ちゃんと拾ったよ」
「え、えらい!」
「じゃないと僕の報酬が無くなるから……」
ああ、そういえば後払いの出来高制って言ってたっけ。
「魔石については、このケイブクイーンの特大魔石のおかげで半年以上は困らないだろう! メディナ草も想定以上に採れたし完璧だ。あの群生地もしばらく見付からないだろうし、また採りにこれるぞ!」
「おお! やりましたね!」
「というわけでざっと計算して……ウル、報酬はこれぐらいでどうだ?」
師匠が革袋からかなりの量の銀貨を積み上げた。え、そんなに!?
それは半年分ぐらいの食費になりそうなほどの金額だ。
「その半分でいい。今回のガイドはお礼だから……もらった分は、あの群生地の見守り料としてもらっとく。定期的にいって荒らされてないか見とくね」
「分かった。その代わり、次またここに来る時もガイドを頼むよ。ゆくゆくは専属契約してもいいかもしれないな」
「……うん!」
師匠の言葉を聞いて、ウルちゃんが微笑む。
「さて。材料も揃ったし……エリス、いよいよ工房をオープンする時が来たぞ」
「はいっ!」
「早速帰ってポーション作りだ。あとは精霊錬金についても研究をしないとな」
「あ、それなんですけどね。精霊鉄にはもう一つ、特性があるかもしれないんですよ」
私は、ケイブクイーンに放ったあの一撃を思い出しながらそう口にした。あの時の一撃は、間違いなく私の力以上のものだった。でないと、第二階層の強い魔物を一撃で倒せるはずがない。
「もしかしたら……精霊鉄には、
「……マジか。だとしたら……これは本当にとんでもないことになるな。冒険者どころか、魔術の概念が変わる可能性がある」
「詳しくは、帰ってから実験してみないとですが」
「だな。ふふふ……久々に燃えてきたぞ!」
師匠がそうやって興奮していると、ウルちゃんが私の服の裾を摘まんだ。
「どうしたの、ウルちゃん」
ウルちゃんが恥ずかしそうにモジモジしながら、私の顔を見上げてこう言った。
「あの……今度、エリスお姉ちゃんの工房に遊びにいっていい?」
「ふふ、もちろんだよ! ウルちゃんはもう友達というか、仲間だから!」
「仲間……えへへ、嬉しい」
ウルちゃんがはにかむように笑うのが、可愛くて私は思わず頬を緩めてしまう。ああ、別れるの寂しいなあ!
「うっし。じゃあ、帰るか――地上へ」
師匠のその言葉に、私は元気よく答えた。
「はい!」
こうして――波乱はあったものの、私の
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