第12話:毒ってめんどくさい!


 ついに――エリス錬金工房のオープンの日がやってきた。


「まさか自分の工房を持つことになるなんて……感動!」


 なんて言いながら私が工房の前で感極まっていると――


「……実質俺の工房だけどな」


 と師匠が、煙草を吸いながら身も蓋もないことを言い出す。


「書類上は私のです」

「名義だけだろうが」

「むー。せっかくのオープンだしお祝いしましょうよ~」


 私が不服そうにそう言うも、師匠は私の頭をポンと叩いて、そのまま中へと入っていく。


「再開しただけだ。さ、俺はポーション作りに戻るぞ。今の在庫数では全然足らないからな」

「はーい」


 師匠も案外ドライだなあ……。まあ確かに実質的には師匠の工房であることは間違いない。


 私は扉に掛けてある、木製の札を<開店>と表示されている方へと裏返すと、店舗スペースへと入っていく。念入りに掃除したので、中は以前と違ってピカピカだ。カウンターの後ろの棚には、私と師匠が作ったポーション類や工房を閉める前の在庫が並べてある。精霊鉄についてはまだ未知の部分が多いので、当分は商品にはしない予定だそうだ。


 私は早く売りたいんだけどなあ。


「師匠、精霊鉄はなんで商品にしないんですか?」


 私はカウンター内に入ると、レジスターの横にある丸椅子へと腰掛けた。師匠は煙草を消すと、その後ろにある作業場に立ち、ポーション用の魔素水を生成しはじめた。だらしないところがある師匠だが、作業場では絶対に煙草は吸わなかった。


「錬金術師たる者は、自分でも良く分からない物を冒険者に売るわけにはいかないんだよ。それに精霊鉄の性質状、既存品を売るより客の好みに合わせて作る、オーダーメイド制の方が多分合ってると思うぞ」


 師匠が言うには、精霊と金属の組み合わせだけでも無限の可能性があり、予め作っておくよりも客の用途に合わせて作る方が良いんだそうだ。


「オーダーメイド制の方が高く売れるんでしたっけ」

「その通り。<自分専用>という言葉は、誰しもが憧れるものだ。だとすれば多少割高でも受け入れられる」

「なるほど……うーん早くお客さん来ないかなあ!」


 師匠と話し合った結果、工房を開けている間は私が店番兼雑用その他、師匠は裏の作業場で各種錬金作業という役割分担をすることになった。もちろん、それだけだといつまで経っても私の錬金術の腕が上がらないので、時々交代してもらうのだけども――


「ポーションの品質が悪いとすぐに客はそっぽを向くからな。最初が肝心だから、とりあえず俺が作ったものだけを売ろう」

「ふぁーい」


 ちょっとだけ悔しいなあと思いつつ、私はその師匠の言葉に同意した。まあ、見習いが作ったポーションよりは経験豊かな師匠が作ったポーションの方が好まれるという理屈はよく分かる。


 値段が一緒ならなおさらだ。


「ポーションはどこで買っても価格は一緒だ。なら、その質で差を付けないとわざわざここで買わなくなる。いいか、エリス。、を俺達は提供しなければいけないんだ。それを忘れるな」

「……はいっ!」

「ま、心配せずとも、すぐにエリスにしか作れない物を求める客で溢れるさ」

「本当ですか!?」

「精霊鉄がある限りな」


 師匠がそう言って、フッと笑ったのだった。なんだかんだ言いいながらも師匠は嬉しそうにしているので、私はとりあえずそれで満足することにする。


「お客さん第一号は誰かな~」


 なんて私がウキウキしていると――窓の向こう側に見える路地の地面に黒い沁みができはじめた。ポツポツという水が地面を叩く音が響く。


「あ、雨」


 それはこの帝都で年中通して振る小雨で、いつものことではあるのだけども。


「はあ……オープンの日ぐらいは降らないでよ~」


 私がため息をつきながら思わずそう愚痴ってしまう。


「気にするな。雨が降ってなくたって――初日は誰も来ないさ」

「ええ~、なんでですか~」

「今日オープンだって知っている奴がどれだけいると思ってるんだ? 精々、レオンとあとはこないだたまたま市場で出会って立ち話をしたミリアぐらいか。いきなり新規の客なんて来ないさ」

「……それは確かに」

「一年間閉まっていた工房が再開したなんて情報がわざわざ冒険者の間で出回るとは思えんしな。ま、貸してる錬金術の教本でも読んでおくことだな」


 師匠の言葉に私はがっかりしながら、貸してもらった分厚い教本にに目を通す。その表紙には<錬金術及びそれに類する術式の理論と応用>という素っ気ないタイトルがついている。


 小難しい言い回しに難解な単語ばかりで、読んでいるだけで眩暈がするほどだ。


 私が雨音の中、悪戦苦闘していると――カランカランと、扉につけた鈴が鳴った。


 お客さんだ!!


 私は勢いよく立ち上がると、少し上ずった声を出してしまう。


「い、いらっしゃいませ!! ってあっ!」

「こ、こんにちは……」


 そう言って傘を閉じながら、おずおずと挨拶したのは――


「ウルちゃん!」

「今日、オープンだってミリアさんに聞いたから……これ、」


 ウルちゃんがそう言って背負っていたリュックをカウンターの上に置いた。


 そのリュックの中にはメディナ草をはじめとした、様々な素材がみっちりと詰めてあった。


「これは……?」

「オープンのお祝い。僕が取ってきた素材だよ」

「こんなにたくさん良いの!?」

「うん。エリスお姉ちゃんへのお礼は……まだしてなかったから」


 はにかみながら笑うウルちゃんがあまりに可愛すぎて、私は思わず天井を見上げてしまった。なんだこの可愛い生き物は!


「お、ウルじゃないか。流石だな、錬金に使える素材ばかりじゃないか!」


 師匠が後ろからやってくると、リュックの中身を見て嬉しそうに声を弾ませた。


「エリスお姉ちゃん、工房開店おめでとうございます」


 ウルちゃんが改めてそうお祝いしてくれたので、私は満面の笑みで言葉を返す。


「うん、ありがとう。雨の中、大変だったでしょ?」


 ウルちゃんはしかし、小さく首を横に降った。


「んー。僕、雨が好きだから平気。久しぶりの雨だからちょっとワクワクしてる」

「そうなの?」


 一昨日も降ったばかりだけどなあと思っていると、横で師匠が納得とばかりに頷いた


「いくら不思議な迷宮メイズでも、雨は降らないからな。ガイドのウルには珍しいだろうさ」

「もしかしてウルちゃんって……ずっと迷宮メイズに潜りっぱなしなの!?」

 

 会話の流れからしてそうとしか思えない。


「……? 潜りっぱなしじゃなくて……迷宮メイズに住んでるから」

「……へ?」

「あー。そうか、エリスは知らないのか。ダンジョンチルドレンを」


 師匠が謎の単語を口にしたので、私は首を傾げた。


「ダンジョン……チルドレン?」

「あのね、僕は迷宮メイズで生まれたんだよ」

「え? ええええええええええ!?」


 待って待って、なにそれ!?


「冒険者街で生まれた子のことをダンジョチルドレンと呼ぶんだよ。迷宮メイズで生まれ育った子は、大体そのままガイドになることが多いのさ。でないと、ウルみたいな幼い子が冒険者やっているのも変だろ?」

「確かに。いくら優秀とはいえ、幼すぎるとは思っていました。そうなんだ……」

「うん。だから迷宮メイズは僕の故郷だし、表層は庭みたいな感じ。地上には滅多に来ないから……」


 なるほど、だったら雨を珍しがるのも不思議ではない。


「そうなんだ……。わざわざ地上までありがとうね、ウルちゃん。素材もいっぱい持ってきてくれて」

「大丈夫だよ。それに、僕からもお願いがあるの」

「お願い?」


 私の言葉に、ウルちゃんが小さく頷いた。


「解毒薬を作ってほしいなあって」


 その言葉に反応して、師匠が怪訝そうな顔をする。


「解毒薬か。何用のやつだ?」

「えっとね……西の遺跡林を覚えてる? あそこからケイブクイーンがいなくなってまた魔物の生態系が変わったんだけど、ブラックセンチピードが異常繁殖しているらしくて……」

「ああ……あいつの毒は厄介だからな。だが、あれ用の解毒薬は普通に市場でも出回っているだろ?」

「それがなぜか効かなくて……今冒険者街は大変なんだ。次々毒に冒された冒険者が搬送されてきて、解毒薬が効かないから仕方なくポーションで対応しているけど……」

「効かない……? まさか毒の成分が変化しているのか?」

「分からない……でも何とかしないと表層の探索や素材収集に大きな影響が出るかも……」

「あのう……」


 二人の会話を遮るようで大変申し訳ないのだけど、分からないことがあったので私は質問する。


「ん? どうしたエリス」

「解毒薬って、んじゃないんですか……? なのに、そのブラックなんやらの毒に効かないって変ですよね?」


 そう私が聞くと、師匠とウルちゃんがまるで親子みたいに同じタイミングで、同じ表情を浮かべる。


 その顔にはこう書かれていた――〝こいつは、一体何を言っているんだ〟、と。


「あのなあ……。昆虫類の毒、蛇や蛙の毒、キノコの毒、植物の毒……などなど、毒と言っても様々な種類がある。それが、たった一つの薬で治るわけないだろ?」

「え~ でも、こないだ迷宮メイズに行った時に冒険者が、解毒薬を用意しないと~みたいなこと言ってましたよ?」

「ああ。それはお互い分かっているから省略して言っているんだよ――見ろ」


 そう言って師匠が後ろの棚から、小瓶を二つ取り出した。


 それぞれ色が違い、ラベルに書かれている名前も違った。


「これが、〝ブラックセンチピード用解毒薬〟だ」


 師匠が赤い液体の入った小瓶を指差した。


「で、こっちは、〝ブラストフンガス用解毒薬〟」


 今度は透明な液体の入ったものを指差す。


「このように、毒を持つ魔物専用の解毒薬や迷宮メイズ内で想定しうる毒の解毒薬は、多岐に及ぶ」

「だからね、探索する時は、どの解毒剤を持っていくかを吟味するところから始まるんだよ。仲間同士だから、当然どの解毒薬が必要か分かるから、僕らは何用の解毒薬かを省略することが多いんだよ。ただ、毒を持つ魔物自体はさほど多くないし対処法を知っていれば、必要ない場合もあるけど」


 ウルちゃんの言葉に師匠が頷く。


「だな。だが解せないのは、ブラックセンチピードの毒は血にしか含まれていない。かなり危険な毒だが、よっぽどのヘマをしない限り、毒をもらうことはないと思うのだが」

「うん……僕も詳しい状況は分からないんだけど、症状はブラックセンチピードの毒と酷似してるからそうだって、治療師が」

「そうか……ふうむ。ん? どうしたエリス。不思議そうな顔をして」


 それは当然そうなる。だって――


「毒ってそんなめんどくさいんですね。精霊の力で治しちゃうんで、てっきり解毒薬もそれと同じかと……あはは」

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