第21話:何やら迷宮が大変みたいです


 属性結晶の完成から二日後。依頼の期限まであと一日だ。


 私は完成した二本の剣を受け取り、それを持って街へと飛び出た。

 今日の天気は曇天。雨が降らないだけマシだろう。


「早くラギオさんに届けないと! クイナ!」


 私は走りながらクイナを召喚し、風を纏いながら跳躍。


「きゅー!」


 クイナと共に帝都の空を舞う。

 風を切り、一度だけ行ったことのあるあの場所へと向かった。


 目的地は――赤い竜の紋章の入ったあの酒場だ。

 複雑な路地が入り組む帝都の街も、空を使えばあっという間に好きなところへと辿り着ける。


「見えた!」


 立派な酒場が視界に映る。なんせ、Sランクギルドが拠点として使っているぐらいだ、派手さはないが雰囲気はある。私はその酒場の前に着地すると、そのまま中へとズンズン入って行く。


 しかしなぜか中は閑散としていた。


「あれ?」


 前来た時は採用面接の時だったから人がいなかったけど、普段はもっと賑やか感じだと思っていた。カウンターの中には店員さんもおらず、どうやら酒場としても閉店しているようだ。


「ラギオさーん、依頼の剣、持ってきましたよ~」


 私がそう声を出すも、返事はない。


「……迷宮メイズに行ったのかなあ」


 にしても、誰も残っていないのは変だ。


 なんて思っていると、奥の扉が開いた。


「あら? 誰かと思えば、エリスじゃない」


 出てきたのは、杖と荷物を携えたメラルダさんだった。


「あ、メラルダさん! ラギオさん、います?」

「……いないわ」


 なぜか、メラルダさんの表情が硬い。


「ああ、やっぱり。迷宮メイズに行ったんですかね?」

「他のメンバーは帝都外に依頼で遠征中。ラギオは残った新人達を引き連れて研修のために表層に行ったんだけど……」


 まるで苦虫を噛み潰したような顔でメラルダさんが言葉を続けた。


。本当なら二日前に帰ってくる予定だったのに」

「それって……何かあったんじゃ」


 迷宮から予定通り帰ってこない。それが意味することを、一流の冒険者であるメラルダさんが知らないはずもない。


「分からないわ。いくら新人を連れているとはいえ、表層程度ならラギオ一人いればどうにでもなるはず。私は具合悪くて研修にはついていかなかったんだけど……流石に二日も連絡がないとなると、探しに行かざるを得ないわ」


 見れば、確かにメラルダさんの顔色は悪い。


「具合悪いなら休んでた方が……」

「そういうわけにもいかないのよ。Sランクギルドの副リーダーとして、ラギオはともかく新人達の安否ぐらいは把握しておかないと。それが、責任ってものよ」

「メラルダさん……」

「というわけで、悪いけど、用事はラギオが帰ってきてからにしてくれる? 荷物なら預かるけども」


 私はそこで少し迷ってしまう。メラルダさんを信用していないわけでは決してないが、出来ればこの武器と属性結晶については、私自らラギオさんに説明をしたいと考えていた。


 それに事情を知ってしまった以上、何もしないというわけにもいかなかった。


 だから私は意を決して口を開いた。


「メラルダさん、ラギオさんの捜索に私も一緒に行きますよ。知り合いに優秀なガイドもいますし、人手は多い方がいいかと思います」

「それは……そうだけど」


 メラルダさんが迷ったような表情を見せた。何を考えているか分からないけども、断る様子はなさそうなので私は彼女の持つ荷物を代わりに背負う。


「さ、行きましょう! 捜索隊も出ているでしょうし、きっと無事ですよ」

「……そうね。ありがとうエリス」


 メラルダさんが小さく微笑んだので、私は頷いた。


「いえいえ。困ったらお互い様です」

「その気持ちがもう少し上位ギルドにもあればね……」

「へ?」

「いえ、なんでもないわ。急ぎましょう」

「はい! あ、でも……」


 私はすっかり忘れていた。


 私は錬金術師見習いであり、迷宮メイズに入るには……誰か錬金術師の付き添いでしか入れないことを。

 師匠を呼んでくるしかないが、師匠は例によってまたぞろどこかに出掛けており、捜すのに時間が掛かってしまうかもしれない。

 

「ああ、それなら大丈夫よ。錬金術師の付き添いであればいいのでしょう?」


 メラルダさんがそう言って、一枚のカードを取り出した。


 それは――


「え……なんでメラルダさんが……を持っているんですか!?」


 師匠と同じ国家認定の錬金術師の証である、資格証だった。


「……私は元々錬金術師だったのよ。でもその退屈な仕事に嫌気が差して、魔術師に転向したの。ま、でも資格はあると便利だし更新だけはしていたんだけど、まさかまた使う時が来るとはね」


 メラルダさんが微笑むと、酒場の扉を開いた。


「さ、行くわよ、我が弟子。世話のかかるリーダーを迎えにいきましょう」


 そんな冗談めかした言葉に、私もノリノリで答えたのだった。


「はい、お師匠様!」



***



 迷宮メイズ表層――〝冒険者街ダイバータウン


 街は、前に来た時とはガラリと雰囲気を変えていた。あちこちに仮説のテントが立てられていて、中には負傷している冒険者達が横たわっていた。


「くそ、また負傷者が出たぞ! すぐに治療師を呼んでこい!」

「どいつも手一杯だってよ! とりあえずポーションをぶっかけておけ!」

「例の解毒薬はないか!?」

「館にいけばあるはずだ!」


 そんな怒号が飛び交っている。前は開拓地のようだと思ったけど、これではまるで戦場だ。


「……マズいわね」


 その状況を観察していたメラルダさんがポツリと呟いた。


「何かあったのでしょうか」

「おそらくは。先日あった、あの猛毒事件からようやく立ち直ったと思ったのに……一体何が」

「猛毒事件って、解毒薬が効かなかったアレですか?」

「そう。でも、どこかの物好きな錬金工房が匿名で専用の解毒薬を開発したおかげで何とかなったそうだけど……この感じだと、まだまだ必要そうね。毒で苦しんでいる人が沢山いるわ」


 確かに、怪我もないのに苦しんでいる冒険者達も結構な数いることに気が付いた。その身体のあちこちに黒いアザが浮かんでいる。


 ちなみに言うまでもなく匿名の錬金工房とはもちろん、私の工房のことである。手柄や利益を取らずに、匿名にしたかについては理由は色々あるから、仕方ないのだけども……この感じだとあの万能薬はもっと必要になるかもしれない。


「メラルダさん、とりあえず館に行きませんか」

「そうね。この様子じゃ、捜索隊も満足に出ていなさそうだけど」


 私達が広場の一角にある〝冒険者の館〟へと入ると、そこは外以上の混乱に支配されていた。


「捜索隊が全滅!? 第二班をすぐに出せ!」

「だから人手が足りてないんですってば~」

「例の解毒薬のストックはまだあるか?」

「ありますよ! すぐに持ってきます!」


 冒険者とガイド、それにここの店員がそこかしこでお互いに叫び合っていた。どうやらやはりただ事ではなさそうだ。


 私達は、カウンターの中で忙しなく指示を飛ばしている女性――受付嬢のミリアさんの下へと向かった。


「ミリアさん!」

「ん、エリスじゃない! 丁度良かったわ! って珍しい組み合わせね……ジオは?」


 私とメラルダさんの顔を交互に見るミリアさん。私が無言で首を横に振ると、メラルダさんが口を開いた。


「事情があってね。エリスを連れてうちのリーダーと新人達を迎えにきたわ」

「……やっぱりラギオさん、まだ戻っていないのね」


 ミリアさんの表情が曇る。


「ミリアさん、一体何が起こっているんですか? もしかして、例の薬がまた必要な事態なんじゃ」

「その通りよ。エリス、解毒薬のストックがつきそうなの。まだ在庫はある?」

「沢山ありますよ。万が一の時の為に材料があっただけ作ってあります。誰か使いを上に送ってください」


 そんな会話を聞いて、メラルダさんが驚いたような声を出す。


「あの薬ってまさか……エリス、貴方のところが作ったの?」

「あはは……実はそうなんです。色々あって匿名にしてるので、内緒にしててくださいね」

「それは構わないけど。やっぱり貴方は他の子とは違いみたいね……」


 メラルダさんが褒めるような、呆れたような、何とも言えない口調でそう言った。


「そういえばミリアさん、ウルちゃんは?」

「ああ、彼女なら捜索隊の先導として出ているわ」

「むー、残念」


 居ればラギオさん捜索に力を貸してもらおうと思ってたのに。


「とりあえず、何が起きているのか説明するわ」


 そう言ってミリアさんが説明を始めた。


「そもそもの発端は、〝大変動〟によって、北に未知のエリアが出現したことよ」

「未知のエリア?」


 私の疑問に、メラルダさんが答える。


「……〝大峡谷〟のことね。迷宮メイズの歴史を振り返れば、〝大変動〟はたびたび起こっていたことは確認されているけど、その場合、既存のエリアの位置がズレるだけが殆どなの。だけども、稀に……これまでに観測されたことのないエリアがいきなり出現することがある」

「それが……その大峡谷なんですね」


 私の言葉にミリアさんが頷き、説明を続けた。


「それでね、当然冒険者達は喜び勇んで、まだ見ぬ素材やお宝を求めて探索を開始したのだけど……その結果起こったのがあの猛毒事件。大峡谷を探索中の冒険者達を次々襲ったその毒は、成分はブラックセンチピードのものと酷似しているけど、既存の解毒薬は一切効かなかった。それで探索は中断、大峡谷も封鎖されていたのだけど……エリスの薬のおかげでそれも収まった」


 そう。一件落着したはず――だった。


「そうして詳しく大峡谷を調査するべく精鋭である冒険者達を中心とした調査隊を送り込んだのだけど……再び例の毒を浴びてしまった」

「あの毒はブラックセンチピードのものじゃなかったんですか? もしそうだったら二度も食らうようなことはないはずなのに」

「ええ。聞いたと思うけど、ブラックセンチピードは体液に毒が含まれているだけで、攻撃に使ってこない。よっぽどヘマをしない限り毒を食らうことはないのよ。だけど例の毒を浴びた連中は皆、知らない間に毒にかかっていたそうよ。何も攻撃を受けていないのに、って主張しているのよ」

「え? 魔物に襲われたわけでもないのに、毒を?」


 どういうことだろうか。例えば火山などの近くには、致死性のガスが地面から吹き上がることがあると聞いたことあるけど、話を聞いているとそんな感じではなさそうだ。


「大峡谷には時々強い風が吹くらしいの。そしてその風が吹く時に限って、冒険者は毒にかかってしまう」

「風……?」

「だから、我々はその毒をこう仮にこう呼称することにした――〝風の蛇ククルカン〟、と。その発生元も原理も今のところ不明」


 ここまで聞いて、メラルダさんが首を傾げた。


「それはそうだとしても――この街がここまでの事態になるとは思えないわ。だって今は大峡谷が封鎖されて、調査隊しか入れないのでしょ? なら一般的な冒険者は風の蛇ククルカンにはかからないはずよ」


 それはその通りだ。今の状況を見ていると、まるで表層全体で異常が起こっているような感じだ。


「……その蛇風ククルカンが、大峡谷から拡散し始めたのよ。これまで毒なんて持っていなかった魔物までなぜかこの毒を所持しはじめて、それでこの有様。例の解毒薬は数が少ないから、調査隊にしか持たせてなかったのも原因の一つね」


 ああ……その責任の一端は私達にあるかもしれない。なぜなら、あの薬が全ての毒に効くという効能はあえてまだ伝えていなかったからだ。もし伝えていたら、おそらく全冒険者が携帯していただろう。なんせどの解毒薬を持っていくか迷わなくて済むのだから。


 だけどもそれは同時に、他の解毒薬が全て要らなくなることを意味する。それが市場の破壊に繋がることを危惧した師匠は慎重に判断したいとして、万能薬であることをあえて伏せていた。


 もし公表していたら……この事態を防げていたかもしれないと思うと、なんだかいてもたってもいられなくなる。


「それは危険な状況ね。下手したら……一時的に迷宮メイズを封鎖する必要があるかもしれないわ」


 メラルダさんの重い言葉に、全員が言葉を無くした。


「と、とにかくラギオさんを捜さないと」


 私がそう言うと、ミリアさんが深刻そうな表情を浮かべる。


「ラギオさんなら……大峡谷で消息をたった調査隊を救出しに、一人で向かったわ。彼が率いていた新人達はみんな無事で、この街で救護活動をしているはずよ」


 そのミリアさんの言葉に、メラルダさんが舌打ちをする。


「あの馬鹿……勝手に……。でも、新人が無事で良かったわ」

「一人でって……無茶ですよ」

「そういう男なのよあれは。じゃあミリア、私もラギオを追って大峡谷に向かうから、薬を用意して頂戴。それと、エリス、あんたは残って解毒薬を作りなさい。大峡谷は危険だから、巻き込めないわ」

「一人は危険ですって! 薬なら私の工房にストックが沢山があります。それに今から新しいものを作るにしても、材料を揃えるのに時間が掛かりすぎます。それよりも、調査隊やラギオさんを救出する方が先でしょう」


 私がそう言うと、ミリアさんも頷いた。


「もう既に表層の探索は自粛させているわ。だから、これ以上蛇風ククルカンによる被害が増えることはないと思うし、ストックがあるなら何とかなる。それよりも調査隊とラギオさんが心配だけど、残念ながら私達にこれ以上動かされる人がいないのよ」

「他のSランクギルドは?」


 メラルダさんがそう聞くも、ミリアさんが首を横に振った。


「<眠れる竜>は現在中層にダイブ中。<ガロンダイト>は皇宮の任務で動けない。<ルクスの灯火>達は例によって例の如く、好き勝手やってて連絡すら取れないわ」


 ミリアさんがため息をつく。どうやら本当に人手不足らしい。


「タイミングが悪いわね……うちの主力メンバーも帝都外に遠征中だし」

「だから、ラギオさんの申し出はとても助かったのよ。でも甘えていたわ……いくらSランクの剣士だからといって、一人で行かせるべきではなかった。おそらくだけど、何か未知の魔物がこの蛇風ククルカンに絡んでいるはず。中層……あるいは深層の魔物かもしれない」

「だから、私が行かないと。ラギオと合流さえ出来れば……私達二人に倒せない魔物なんていないのだから」


 メラルダさんのその言葉には、確かな説得力があった。


「そうなるとやっぱり一人で行かせられませんよ。私もお手伝いします。ラギオさんにもメラルダさんにも助けてもらった恩がありますし」


 私はそうメラルダさんへと伝えた。いくらメラルダさんが強い魔術師でも、一人で、しかも万全ではない状態で行くのは危険過ぎる。


「それにラギオさんや他の冒険者ほど強くはないかもしれないですけど……いないよりはマシでしょう」


 私の決意を浮かべた顔を見たのか、メラルダさんが大きく息を吐いて、コクりと頷いた。


「……そうね。ケイブクイーンを倒せる実力があるなら十分。じゃあエリス、お願いできる? どんな危険が待っているか分からないけども」

「どんな毒や魔物が待っていても大丈夫ですよ」


 なんせ私の作った薬は……万能薬だからね。どんな未知の毒だろうと全て解毒してくれるのだから。


 こうして私はメラルダさんと共に、ラギオさんそして調査隊を救うべく――未知のエリアである大峡谷へと向かうことになったのだった。

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