第20話:属性結晶の完成です!
私はカウンターの上に置かれた、真新しい魔術結晶をまじまじと見つめた。
「どういうことです?」
レオンさんにそう聞くも、彼も困惑した表情を浮かべている。
「いや、聞きたいのはこちらの方だよ。ちょっと前に、いきなりジオに〝至急、魔術結晶を作ってくれ〟と言われたから、こうして届けにきたんだけども」
「何も聞いていないですよ? うちの工房の魔術結晶も壊れている様子はなさそうですし」
一応、作業場の壁に埋め込まれた魔術結晶を確認してみるも、やはり異常はない。
「魔術結晶は込められた魔力で自己修復も行えるから、基本的に物理的な破損でもない限りは壊れないんだけどね。しかしそうなるとジオは、何に使うために魔術結晶を僕に依頼したんだ……?」
「さあ……?」
この魔術結晶、師匠は何に使う気なのだろうか。そういえば私、これの詳しい原理を教えてもらっていないなあ。でもレオンさんに依頼したってことは、錬金術に関係するものなのだろう。
「レオンさん、この魔術結晶ってどういうものなんですか? 効果は分かるんですけど、理屈が分からなくて」
「ん? ああ、そうだね。ジオが帰ってくるまでまだ時間があるだろうし、僕が教えてあげよう。ほら、見てごらん」
レオンさんが細い、女性のような指で魔術結晶を丁寧に分解していく。
「魔術結晶は、特殊な鉱石と魔道具を組み合わせたものでね。これが本体ともいうべき鉱石――〝
レオンさんが手のひらに乗せたのは紫色の結晶だ。半透明で今は光を失っている。
「これも
そう言ってレオンさんは、元の魔術結晶を二回りほど小さくしたものを取り出した。そして、レオンさんが手に持っていた
「あ、魔力が」
手の上の
「
「なるほど。だから親機に魔力を込めるだけで、魔道具の中に埋め込まれた子機の魔術結晶に魔力が補充されるんですね」
作業場の壁の魔術結晶に魔力を込めるだけで、使っている全ての魔道具の魔力が補充されるのはそういう仕組みだったわけだ。
「あとは魔工師による部品によって、
「凄い技術ですね」
私の村にはなかった技術だ。それだけで、いかにこの帝都が進んでいるかが分かる。
「ああ。今では帝都の生活全てに関わっているよ。だけども、この
しかしそうなると、ますます疑問になってくる。
「なぜ師匠はそれをレオンさんに手配させたのでしょうか? それだけ貴重ってことはつまり高いってことですよね?」
「そりゃあそうだよ。しかも今回は、妙な依頼でね。それで余計に高くついたし時間も掛かった」
「妙な依頼? 何がですか?」
「見れば分かる」
レオンさんが持っていた袋の中身を全て取り出した。それらは全て魔術結晶の親機と子機なんだけども――
「これは……」
子機が二個に対し、親機が――
「妙だろ? それに子機一個に対し、四つの親機がセットになっている。それが二セットでこれだよ。本当にこれでいいいのかい?」
「んー……どうなんでしょう」
「何に使うにしろ、非効率的すぎる。一つの親機に対し複数の子機なら分かるが……その逆だからね」
子機が二個。
親機が八個。
意味が分からない。
「師匠は何を考えているんだろ」
「急ぎで、少なくとも一週間以内には絶対に届けろと言われたから、何かしら用途は決まっていたと思うけどね」
「一週間……それっていつ師匠に言われたんですか?」
「ん? 四日前だけど?」
四日前。それはラギオさんの依頼のあった日だ。
期限が一週間というのも、あの依頼と同じだ。
子機が二個。親機が八個。
その数字の組み合わせは――
「……まさか」
「ん? どうしたんだい?」
「あ、あの! 魔術結晶って魔力を送れるんですよね!?」
「そうだよ?」
「じゃあ――魔力にさえ付与していれば、
私が前のめりになってそう聞くと、レオンさんがその様子に驚きながら口を開いた。
「属性を乗せた魔力……? どういうことだい?」
「えっと、だから……魔術結晶に、例えば火属性のエンチャント魔術をかけたとしたら――どうなります?」
「魔術結晶にエンチャント? そんなことを聞かれたのは初めてだよ。やったことがないから分からないけど、理屈としては、属性はいわば変質した魔力だから、送ることは可能だろうね」
「ですよね!? そうか、そういうことか!」
「え? どういうこと?」
「ありがとうございますレオンさん! 確かにこの魔術結晶はこの組み合わせでいいんです!」
私が態度を急変させたので、レオンさんが戸惑う。
「そ、そうか。ならまあいいんだけど。で、これは何に使うんだい?」
レオンさんが優しい笑みを浮かべてそう聞いてきた。なぜかその目が笑っていないような気がしたので――私は笑顔でこう返したのだった。
「――
***
レオンさんが帰ったあと、私は師匠が早く帰って来ないかずっとウズウズしていた。
流石に師匠が頼んだ物を勝手に使うわけにはいかないしね。
「しかも高い物だし……」
なんて工房内をうろうろしていると――師匠が帰ってきた。
「ふう、疲れた……」
「師匠! 魔術結晶使っていいですか!? いいですよね!? ありがとうございます!」
私は一気に言葉を畳みかけると、魔術結晶を持って作業場へと駆け込む。
「おーい、誰もいいとは言ってないぞ……って聞いてねえや」
そんな師匠のぼやきを背中で聞きながら、私は急いで精霊錬金の準備を始めた。
「えっと……
鉱石に付いている複雑な部品はあくまで付属品なので必要ない。
そんな私の様子を、師匠は壁に体重を預けながら見つめていた。止めないところを見ると――やはり私の推測は間違っていないようだ。
「――おいで、シルビー」
私は精霊錬金の手順と同じく、素材となる
魔法陣から飛び出てきたのは、モフモフの毛に覆われたミツバチに似た姿の精霊――〝風の精霊、シルビー〟だ。
風の精霊の中でも鉱石や金属を嫌がらない精霊で、クイナの代わりに融合してもらうことが多い。
「しるる~!」
シルビーが嬉しそうに私の周囲を飛び回った。
「うん、よろしくね!」
私はシルビーにお願いして、錬金壺の中へと入ってもらう。
「きっと……いけるはず!」
私はゆっくりと慎重に魔力を注いでいく。なるべく全体に均等に。
「そうだ。それでいい。魔力を
師匠がその作業を見て頷きながら、そうアドバイスしてくれた。
「はい!」
しばらく混ぜていると、錬金壺の中で光が瞬きはじめた。
「っ! 反応が出ました!」
「よし、いけるぞ。最後まで慎重にな!」
「了解です!」
そうして……反応が終わったので、私は錬金壺の中身を取り出した。
「うわあ……綺麗」
紫色だった
「早速試してみようか」
師匠がその緑の
すると――
「……! できてる!」
四つの子機に魔力が送られ、それぞれから風属性を含んだ魔力があふれ出る。
「成功だな。よくやったエリス。これなら依頼はこなせそうだな」
「はい! 師匠、これが可能であれば……親機それぞれに違う属性を付与して、子機は
子機が二個、親機が八個。しかも子機一個に対し、四個の親機だ。
これはつまり、親機を全て違う属性にして、魔力を込める親機を変えることで自在に子機の属性を変えることが出来ることに他ならない。
私の中で閃きが、連鎖反応していく。
「子機は剣……特に属性を付与すべき刀身に埋め込んで……親機は取り外しがしやすい部位に装着できるようにすれば……火属性を使いたい時は火の魔術結晶を付けて、水が使いたければ別の魔術結晶に変えればいい。これなら、一本で八属性を使い分けられる! この程度の大きさなら、八個を携帯するのも負担にはならない!」
「ふふふ……エリスは流石だな。そこまで思い付くとは」
師匠が嬉しそうに笑って、私の頭を撫でた。
「でも、師匠。これ、師匠はあの時に既に思い付いていたのでは? だからあの日レオンさんに魔術結晶の注文をしたんですよね?」
「……ちっ、アイツめ、余計なことを言いやがって」
師匠が舌打ちをして、居もしないレオンさんを睨み付けた。
「あえて、教えてくれなかったんですよね。私が自分で気付くのを待つために」
「……まあな。お前があまりに、無理無理言うもんだから」
「すみませんでした……反省しています」
私が頭を下げると、師匠が優しい笑みで頷いた。
「分かればいいんだ。さて、剣をどういう構造にするかはある程度近所の鍛冶職人に相談してある。全部の属性の親機が出来たら行ってくるといい。一日と掛からず完成するだろう」
「そこまで手を回しているとは……師匠どうしたんですか。まるで凄く有能な錬金術の師匠みたいじゃないんですか」
「おい。まさに俺は、それそのものだろうが」
師匠が苦笑いする。
「……そうでした! では早速残りも作っていきます!」
「焦らずにな。魔術結晶は高いんだから。ああ、そうだ。魔術結晶と呼ぶのもややこしいな。名前を付けないと」
「あ、でしたら――〝属性結晶〟ってのはいかがでしょう?」
「分かりやすくていいな。それでいこう」
「やった!」
こうして精霊錬金による産物に、新たに属性結晶というアイテムが加わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます