第19話:試行錯誤します!


「さて……やりますか!」


 私は早速師匠に与えられた課題に取り組むことにした。確かに師匠の言う通り、最初から無理と決めつけるのは良くなかったと反省する。


「まずは、基本となる四属性をまずそれぞれ作ってみよう」


 私はいつもの手順で、精霊錬金を行っていく。何度もやった作業なのですぐにそれが出来上がった。


「火、水、地、風……ここまではいいんだけどね」


 精霊もそうだけど、属性は全部で八種類存在する。


 基本の四属性が――【火】、【水】、【地】、【風】だ。


 更にこの四種にはそれぞれ、派生属性が一種類ずつ存在する。それが、


 【火】における、光属性。

 【水】における、氷属性。

 【地】における、金属性。

 【風】における、雷属性。


 これに加え、どこにも属さない――があるらしいのだけども……それに該当する精霊が存在しないので、私は正直そんなものはないと思っている。更に〝祝福〟によって付与されるものを聖属性と呼ぶこともあるそうだけど、これも該当する精霊はおらず、厳密には属性ではないというのが通説なのだそうだ。


 そして魔術師にとっては常識らしいんだけども、この八つの属性の間は相性がある。


 例えば火属性と水属性は相性が悪く、お互いを打ち消し合う。逆に火属性と風属性は相性が良く、お互いを高め合う――と言った具合にだ。派生属性も概ね基本属性と同じ相性ではあるけど、一部違うこともあるとか。


「うーん。でも、いくら相性が良くても……二つの属性を同時に付与するのは無理だなあ」


 実験として相性の良い属性同士である二体の精霊――火と風の精霊を使って精霊錬金してみたけど、結果、どっちの精霊も素材と融合せずに失敗した。


 つまり、一つの物質に二体の精霊を融合させることは相性にかかわらず難しいと分かった。


「精霊達になぜ無理か聞いてみても、要領をえないんだよね……」


 彼らは、精霊同士が混ざることは〝良くないこと〟――としか言わなかった。〝濁る〟という言い方をする者もいた。それが何を意味するかは分からないけども……おそらくというかほぼ間違いなく精霊同士を混ぜて二つの属性を同時に発現させるのは難しいと考えていいと思う。


「なら精霊鉄同士を合わせれば……!」


 私はやはり相性を重視して、火と風、それぞれの精霊鉄を錬金壺へと放り込む。


 精霊錬金と同じ手順で、二つの精霊鉄と精霊水に魔力を込めて混ぜていく。


「まっざれ~まっざれ~せいれいてつ~」


 別に口に出す必要はないのだけども、ついそう口ずさんでしまう。


 だけどもいつもの反応はなく、溶け出した金属同士がただ混ざり合うだけだった。


「うーん……ダメかあ」


 私の即興錬金ソングの効果はなく、中で出来上がった濁った色の金属に魔力を込めても火どこか風すらも出ない。


「つまり……精霊鉄同士を混ぜると、例え相性が良い同士でも属性は消えてしまう……か」


 それから、相性が良くも悪くもないもの同士や相性が悪いもの同士など、複数の組み合わせを試したみたけども、どれもダメだった。


 更に出来上がった、その属性効果の消えた精霊鉄を素材に、もう一度属性を付与すべく精霊錬金を行ったが、これも失敗。そうやって何度も精霊錬金を行っていると、そのたびに精霊鉄がドンドン濁って黒くなっていく。


「うーん……一度精霊を融合させた素材に更に精霊を追加して融合するのは無理か」


 こうなると、属性を混ぜることはおそらく不可能に近いと結論付けてもいいのではないだろうか。


「やっぱり二本の剣で四属性は無理ですってばあ……」


 私はその後もあれこれ試行錯誤を行うも、全て不発に終わった。できたのは何にもならない鉄の塊ばかり。


「……よし諦めよう」


 私は腕組んで力強く頷きながら、そう宣言したのだった。


 これは多分、何かを根本的に間違えている気がする。


「一種類の素材に付けられる属性は一つだけ。更に属性が付与された素材同士を混ぜると、属性は消えてしまう。となると――」


 例えば両刃剣の刀身の右側を火の精霊鉄、左側を水の精霊鉄にして、どちらの刃を使うかで使い分けるのはどうだろうか。


「あれ、これって名案じゃ?」


 精霊鉄同士を混ぜることは出来ないけど、それぞれ独立して使う分には問題ないはず。


「やったーこれで解決だ!」


 そんな時に、タイミング良く師匠が帰ってきた。手ぶらなところを見ると買い物にいっていたわけではなさそうだった。


「帰ったぞ。ん? どうしたそんな嬉しそうな顔をして」

「ふふふ……あっさりとこの課題はクリアできましたよ」 


 私がそう言うと師匠が、目をスッと細めた。


「ほう? 二本の剣で四属性という難題……どう解決した? まさか……両刃剣の左右それぞれの刃を別の精霊鉄にすればいい! なんて言わないよな?」

「……えっと」


 なんで分かったの!?


「その顔を見ると図星だな」

「うぐ……」

「まあ、考えは悪くない。だが、剣の構造上それは難しいぞ。おそらくだが、精霊鉄同士を混ぜることが出来なかったんだろ? だから物理的には独立させて使うというアイディアに至るのは悪くない」


 師匠が煙草を吸いながら椅子に腰掛けると、腰に付けていたナイフを抜いた。


「これを見てみるといい。基本的に刀身ってのは一つの素材から、継ぎ目なく出来ている。これは刃の部分が、高温または錬金術で溶かした素材を型に流し込む、〝鋳造〟、もしくは熱した鉄や鋼をハンマーなどで叩き延ばす、〝鍛造〟、のどちらかの工程で作っているからだ」


 確かに師匠のナイフも、私のナイフも継ぎ目なく同じ素材で出来ている。ここに更にもう一つ刃を足せば、擬似的に両刃剣になり、二属性は使えるけども……。


「エリスが言う、両刃剣の左右の刃を独立させつつ刀身を作るというのは、そもそもが難しい技術なんだよ。それに強度の問題もある。隙間なく合わせたとしても、刃同士は結合していない為、使用時の衝撃がその隙間に伝わってしまう。それでは刀身の消耗が早くなるから、迷宮メイズ内での長い探索には不向きだ」

「あうー……そこまで考えていませんでした」

「それにいざと言う時に、咄嗟に属性を入れ替えるのにわざわざ握り方を変えないといけない。これはきっと熟練の剣士でも嫌がるだろうさ」

「うーん……あ、じゃあ、柄を中心にして両端に刃をくっつけるのはどうでしょう!? ちょっとかっこいいかも」


 私が思い付きでそう言うと、師匠が少しだけ驚いたような表情を浮かべるも、首を横に振った。


 あ、これもダメそうだ。


「そいつは剣は剣でも、双刃剣ツーヘッドソードと呼ばれる武器になってしまう。扱いが難しく、使い手はほぼいないそうだ。それにエリス、お前はそんなもんを二本も携帯させる気か? あの迷宮メイズに」

「ですよねえ……」


 ラギオさんが双刃剣ツーヘッドソードを二本持っているところを想像して、私は苦笑してしまう。流石に邪魔すぎるだろうなあ。


「エリス、お前らしくもないな。固定観念に囚われすぎている」

「だって」

「まあ、まだ時間はある。もう少し考えてみるといい」


 師匠が余裕そうな笑みを浮かべている。何も考えなくてもいい人は気楽でいいですね!


「エリス。全てを一から見直せ。何が可能で、何が不可能かを見極めるんだ。さっきの双刃剣ツーヘッドソードの発想も悪くない。精霊鉄に複数の属性を付与するのは不可能だ。じゃあ――何の素材なら複数の属性を付与できる? いいか、複数の属性を一度に発現させる必要はないんだ」

「何の素材なら……いや属性だけなら別に大抵の素材に付与できますけど……」


 ただの鉄のナイフも精霊の力を借りれば、どんな属性だって付与できる。


「それはお前だけだエリス。前に教えただろ、武器に属性を付与する魔術、エンチャントは特殊な素材の武器にしか使用出来ず、燃費も持続時間も悪いと。それをどう解決するか、という方向から考えてみるといい」

「エンチャント……そういえばそんなのありましたね! そうか……魔術ではなく精霊鉄で補えば……」


 私が何か閃きそうになるも、その光は一瞬でどこかへと消えてしまう。


 むー。エンチャントは確かにヒントになりそうだけど、私は魔術師じゃないから、どういう魔術なのか良く分からないんだよね。


「あと、精霊鉄にこだわらない方がいいかもな。新しい発想が必要だ」

「新しい発想……」

「じゃ、俺はポーションを作ってくる」


 そう言って師匠が作業場へと引っ込んだ。


「……頑張ろう!」


 私は意気込みを新たに、課題へともう一度取り組むことにしたのだった。


***


 それから数日後。

 私はあれこれ考えていたけれど、結局何も思い付かなかった。


 ラギオさんとの約束の日まであと三日しかない


「うー、頭から煙がでそう……」


 なんて私がカウンターに突っ伏して唸っていると――店の扉の鈴が鳴った。


「あ、いらっしゃいませ!」

「やれやれ、ひどい雨だ。やあ、エリスちゃん」


 そう言って入ってきたのは、長い金髪の美青年――師匠のお友達である錬金術師のレオンさんだった。手には何か重そうなものが入った革袋を持っていた。


「レオンさん! お久しぶりです!」

「相変わらず可愛いね。どうだい? 工房の調子は」

「全然お客さん来ません……オープンしてからもポーションが数個売れただけで、絶賛赤字中です」


 私の言葉に、レオンさんが苦笑いする。


「まあ、そういうものだよ。わざわざここに買いにくるほどの価値の商品がまだないからね。僕からすれば、エリスちゃんに会えるだけで十分だけども」


 レオンさんがウインクするので、私は笑顔でそれを流す。この人、大体どんな女性に対してもこんな感じらしいので、まともに受け止めるだけ無駄だ。


「師匠ならこんな雨の中、どこかほっつき歩いてますよ」

「あいつ……人に無茶な頼み事をしたくせにいないとは……少し待たせてもらっていいかな?」

「あ、はい! どうぞ座ってください。あ、お茶いります?」

「いただこうかな」


 私はレオンさんに席を勧めると、お湯を沸かす為にポットへ魔導具を使い火をかけようとする。


 しかし――


「ん? あれ?」

「どうしたんだい?」

「あ、いえ、魔導具の付きが悪くて……火が強くならないんです」


 いつものように使うも、なぜか妙に火が弱い。


 私が輪っかみたいな形状の魔導具と悪戦苦闘していると、レオンさんがヒョイとカウンター越しに覗き込んできた。


「おや、魔力が切れかけているね。それは魔術結晶が中に埋め込まれているタイプだから、大本の魔術結晶からしか魔力を補充できないんだよ」

「あ、そういえば最近魔力を補充するのを忘れてた!」


 私は作業場の壁に埋め込まれた、紫色の水晶と複雑な器具を融合させた装置――魔術結晶の光が、魔力量が減って今にも消えそうだったのを思い出した。


 ここ最近、あれこれ使いまくったせいで予想以上に魔力を消費してしまったようだ。


「補充? おや、んじゃないのかい?」

「へ? 壊れていませんよ?」


 私は魔術結晶へと魔力を込めた。すると光が強く輝きはじめた。これで一週間ぐらいは持つだろう。


「ほら、ちゃんとこの魔導具も使えるようになりました」


 私はすっかり火の強さを取り戻した魔導具をレオンさんに見せた。


「おいおい、話が違うじゃないか」

「へ?」

「じゃあ……使……? 急いで手配してくれと頼まれたから知り合いの魔工師に無理を言って作ってもらったのに」


 そう言ってレオンさんが、あの持っていた革袋の中身をカウンターの上へと置いた。


 それは――


「え? 魔術結晶……?」

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