第23話:強そうな魔物を倒しました!


「エリス、あれを見て!」


 そう声を出したメラルダさんの視線の先。遮蔽物も何もない谷底の向こうから、ボロボロになった調査隊らしき人達がこちらへと逃げてきているのが見えた。


 その一番後方。警戒しながら一人で走っていたのは――


「ラギオさん!」


 見たところ怪我もなく無事そうだが、その顔には苦い表情が浮かんでいる。心なしか顔色も悪い気がする。


「エリス、上を見なさい!」

「へ?」


 そう言われた瞬間、視線を空へと向けると――と、私は目が合ってしまった。


 それは端的に言えば、巨大な鳥だった。翡翠色の羽根に覆われたその巨大な鳥の頭部には、真っ赤な飾り羽根が揺れている。その向こうに――私は人影を見た。


 だけども、私は肩に止まっているクイナが異常に怯えていることに気が付き、そちらに気を取られてしまう。


「どうしたの、クイナ?」

「きゅ……」


 微かに震えているクイナを宥めるように撫でていると、メラルダさんがその巨大な鳥を睨み付けた。


「あれがまさか〝蛇風ククルカン〟の原因?」

「分からないですけど、多分、危険な奴ですよ。クイナがこんなに怯えるなんて」

「とにかく倒すわよ。エリス、あんたは調査隊やラギオ達の援護を」

「はい!」


 メラルダさんが再び杖を掲げると同時に、私は前方へと走り出した。


 あっという間に調査隊に近付くも、彼らの表情は明るくない。


「助けに来ました! すぐに南に避難にしてください!」


 私が叫ぶと、調査隊の人達が頷き南へと進んでいく。一番後ろにいたラギオさんが私の姿を見て驚く。


「エリス!? なぜ君がここに!?」

「色々ありまして! メラルダさんもいますよ!」

「……っ! ならば、あいつを――倒せるかもしれん」


 ラギオさんが私の横で立ち止まり、あの巨大な鳥を見上げた。


 同時に、谷底を満たすほどの魔力が私の背後から放たれる。


「――〝<横殴りのサンダーレイン>〟」


 そんな言葉と共に、まるで蛇のようにのたうつ無数の紫雷が轟音と共にその巨大な鳥を襲った。


 メラルダさんによる雷属性魔術だ!


「あの〝ククルカン・イレクナ〟こそが、毒の原因だったんだよ」

「ククルカン・イレクナ?」

「調査隊が名付けたあの魔物の名称だ。第二階層に、イレクナと呼ばれる鳥類系の魔物がいるのだが、それと姿が酷似していることから、蛇風ククルカンと合わせて、ククルカン・イレクナと呼ぶそうだ」


 ラギオさんがそう説明するも――私は肌が粟立つような悪寒を覚えた。


 その瞬間、メラルダさんの雷属性魔術を浴びていたその巨大な鳥――ククルカン・イレクナが広げた翼を力強く羽ばたかせた。


 何かが、凄い勢いでこちらへと飛来してくるのが見えた。


 あ、これ、マズいかも。


「避けろ!」


 ラギオさんの怒号と共に、飛んできた何かが地面へと突き刺さった。それは渦巻く風を纏った翡翠色の羽根だった。魔力視をまだ持たない私でも分かるほどに――濃密な魔力が込められている。


「爆発するぞ!」


 その警告通り、私の足下に刺さっていた羽根が魔力と共に纏っていた風を解き放つ。一瞬で展開された暴風が、刺さっていた地面ごと周囲を削っていく。


「クイナ!」

「きゅい!」


 私は咄嗟にクイナの力で、その砂混じりの暴風を相殺しつつバックステップ。クイナがいなかったら、足がなくなっていたかもしれない。


「なんで魔術が効いてないのよ、アイツ!」


 駆け付けてきたメラルダさんが不機嫌そうにそう言って、再び杖を掲げた。確かにククルカン・イレクナは、メラルダさんの魔術が直撃したにもかかわらず、まだ悠然と空の上で羽ばたいている。


 あれだけの魔術を受けて、なんでピンピンしてるの!?


「残念ながら、調査隊にいた魔術師が撃った各属性魔術も効かなかった。おそらく上にいる奴が何かしているに違いない」

「上にいる奴? どういう意味よ」


 そんな会話をしながらも、二人は器用に飛んでくる羽根と暴風を避けていく。


「これって、じり貧では!?」

「物理的に攻撃しようにも、あの高さでは届かない。魔術は撃っても効果が薄い。それに――ちっ、また来たぞ! 解毒薬を用意しろ!」


 そのラギオさんの言葉で、私がククルカン・イレクナへと視線を向けた。


 それはクチバシから黒いモヤのようなものを吐き出すと、翼を大きく羽ばたかせた。


 黒い、不吉な風がメラルダさんが起こした逆風すらも掻き消して、私達へと迫ってくる。


「あれが――〝蛇風ククルカン〟」

「エリス!」


 メラルダさんの呼び掛けに応える代わりに、クイナの風を周囲に展開。流石に三人分包むにはクイナの力だけでは足りないので、自分の魔力を足していく。


 黒い風が私達を襲うも、クイナの風がそれを吹き飛ばした。


「……凄いな」


 ここでラギオさんが初めて小さく私へと微笑んだ。私は苦しそうにしている彼の様子を見て、慌ててポーチに入れていた万能薬を手渡した。


「これ、飲んでください! あと、例の剣、出来上がったので持ってきました」


 私は背負っていた二振りの剣をラギオさんへと渡した。それに付随する特殊なベルトも。ラギオさんは刃が欠けたロングソードをその場に捨てると、私が持ってきた剣を腰へと差し、ベルトを巻いた。ベルトには腰の左右それぞれに四種類の属性結晶がくるように特殊な金具で装着されている。


「ありがとう。まさか、その為に?」

「それがきっかけではあるんですけどね」

「剣も丁度使い物にならなくて困っていた。しかし、この剣といい、まさかあの厄介だった〝蛇風ククルカン〟を無効化出来るなんて。エリス、やはり君が素晴らしい」


 なんて褒めてくれるのはいいけど、なぜか横にいたメラルダさんが拗ねたような声を出した。


「私の魔術を使えば、二度とあんな汚い風吹かせられないようにできるわ! さっきは魔術が切れかけていただけで、今から掛け直す!」


 メラルダさんが再び風魔術を放ち、強い突風を私達の背後から吹かせた。


 なぜかククルカン・イレクナは、あの黒い風を放ってからは動かず私達を静観している。


「さて、問題はどうやってあいつを倒すかだが……」

「待って――何この魔力」


 メラルダさんが言うように、気持ち悪いほどの魔力が空間を包み込んだ。


 あれ……でもこの魔力……。


「魔法陣……だと? まさかあいつは……」


 見れば、周囲の地面に魔法陣が描かれていく。それが意味することを私は事が起こる前に瞬時に理解できた。


 なぜならそれは――と酷似していたからだ。


「う……そ」


 だけども、その魔法陣から出現したのは……精霊なんて可愛らしいものではなかった。


「なによ……あれ」


 メラルダさんがそう言うのも無理はなかった。


 魔法陣から這い出てきたのは、三つの骨だった。それは人骨だったり、何かの動物の骨だったりと見た目は様々だ。だけども、何より特徴的なのは、それぞれが何かしらの属性を纏っていることだ。


 人骨は砂を纏い、動くたびに砂がまき散らされている。

 トカゲのような骨は燃えさかっていて、骨が赤熱していた。

 鳥のような骨は一体どんな原理で飛んでいるか分からないけど、周囲に渦巻く風がきっとその軽い身体を浮かしているに違いない。


 そんな、まるで精霊の亡骸とでも言うべきような存在達が――敵意と殺意を一斉にこちらへと向けてきた。


「これは、マズいな」

「あれはなんなんですか!?」

「魔力視をした限り……精霊に近しいものに感じるけど……けどもっと邪悪なものよ」


 メラルダさんが金属杖を握り締めた。何か魔術を撃つべきなのだろが、何を撃てばいいか迷っている様子だ。


「エリス、中層から深層にかけて、属性が付与された攻撃じゃないと倒せない魔物がいると前に言っただろ」

「はい」

「あれらがまさにそういった類いの魔物と同じだと推測できる。しかも属性がバラバラなのが複数体いると、かなり厄介だ」

「単一属性なら、相殺できる属性を撃てばいいけど……逆に増幅させてしまう可能性もあるわ」


 なるほど。風属性を撃てば、例えば地属性の魔物なんかには良く効くが、逆に火属性の魔物の力を増幅させてしまう可能性があるということか。


 だったら――


「ラギオさん、その剣を使ってください。それを使えば属性を使い分けることができますよ」

「まさか、本当にそこまで実現できたのか?」

「はい! その腰の属性結晶にそれぞれ属性の力が付与されています。その剣の柄頭に装着できるようになっているので、使いたい属性結晶を柄頭で叩いてください!」


 私がそう言うとラギオさんが瞬時にその仕様を理解し、左右の剣の柄頭をベルトに付いている属性結晶へと叩きつけた。すると、ガチャリという音と共に、柄頭にそれぞれの属性結晶が装着される。


「あとは柄に魔力を込めれば、それが柄頭の属性結晶に伝わって属性の付与された魔力を刀身に埋め込まれた属性結晶の子機へと送ってくれます。刀身は、最も魔力付与率が高いミスリル銀と鋼を融合させた最高級品です!」

「――なるほど。これは……素晴らしい」


 ラギオさんの右手の剣の刀身には水流が、左手の剣には風が渦巻いていた。


「属性を変える時は一度属性結晶をベルトの空いた枠へと叩き付けることで外せます! 新たな属性結晶を再び付けることで刀身の属性を好きなタイミングで変えることが可能な――」


 私の言葉の途中で――ラギオさんが迫り来る人骨へと風纏う刃を振り払った。


 鋭い刃と化した風が人骨の纏っていた砂を吹き飛ばし、あっさりとその頭蓋骨を粉砕。ラギオさんはまるで踊るようにステップを踏むと、今度は右手の水流渦巻く剣で、飛び掛かってきた燃えさかるトカゲの骨を一刀両断。


「エリス、この剣の銘は?」

「師匠がつけた名は――〝八極〟」

「素晴らしい」


 ラギオさんが満足そうな顔で剣を見つめた。だけどそのすぐ後ろで、あの風纏う鳥が飛んできている。


「ラギオさん危ない!」

「大丈夫。私達には見えているから――〝眠れる母を起しなさい――<ガイアリッジ>〟」


 メラルダさんが当然とばかりに地属性の魔術を発動。隆起し、まるで槍のようになった大地があっけなく風纏う鳥を砕いた。


 流石、同じギルドのメンバー同士だ。ラギオさんは相手を一体にまで減らせばあとはメラルダさんがやってくれると分かっていたんだ。


 凄い、これが――冒険者。


「さて、残るは――アレだが」


 ここまでも、やはりなぜか静観していたククルカン・イレクナをラギオさんが睨み付けた。


 私も負けてはいられない。


「ラギオさん、あそこまで飛べれば、倒せますか?」

「……ああ。上に厄介な奴がいるが――今の俺に、人間相手に負ける要素はない」


 だったら。


「私とクイナの力でラギオさんを――。だから、アイツをやっつけちゃってください!」

「――ふっ、面白い。やってみてくれ」

「ちょっと、本当にそんなことができるの?」


 訝しむメラルダさんに私は笑顔を向けた。


「大丈夫です! 多分!」


 私の顔を見て、メラルダさんが呆れたような顔をする。


「はあ……まあいいわ、援護は任せなさい」

「で、どうする?」

「こうします! クイナ!」


 いつぞや、蜘蛛の巣で怪我をした冒険者といた時に、私は学んだ。クイナの力を使えば自分だけは飛翔できるけども、二人同時は無理だと。


 再び同じ事態に遭遇した時に困らない為に、私は緊急時に脱出する為の力の使い方を考案したのだ。


「きゅきゅー!」


 私はクイナに魔力を注ぎ、その力を増幅させる。するとククルカン・イレクナの真下に風が渦巻き始め、球状の風が出来上がる。それは、さっきこっちに撃たれたあの羽根とそれが解き放った暴風に似ていた。


「――


 私が説明する前に、ラギオさんがその渦巻く風へと疾走。その直前で地面を蹴ってジャンプすると、風へと着地。


 その瞬間、風が爆発し上昇気流が発生した。ラギオさんの身体が一気に上方向へと加速。


 飛翔するために纏う風を、あえて纏わず踏み台にするというシンプルなアイディアだが、上手くいったようだ。


「〝水平に轟け――<横殴りのサンダーレイン>〟」


 同時にメラルダさんが魔術を放つ。効かないと分かっているから、それはククルカン・イレクナの気を逸らす為のものだろう。


 ラギオさんが――飛翔していく。


***


 エリスの風によって飛翔していくラギオを器用に避けて、メラルダの放った雷の蛇がククルカン・イレクナを襲う。


 しかしラギオは確かに見た。ククルカン・イレクナの頭部に佇む、フードを被った謎の人物がまるで羽虫を払うかのような動きで魔術を放った瞬間を。


 淡い緑色のベールがククルカン・イレクナを包み、メラルダの魔術を無効化していく。


「やはり魔術が効かなかったのはあいつのせいか」


 分かったところで、もはやどうでもいい。ここまで来れば、あとは斬るだけだ。そう決意したラギオをしかし、ククルカン・イレクナが強襲。


 空中で回避できないことを知っているかのような動きで、鋭いクチバシをラギオへと向かって突き出した。


「だろうな。知っていたよ」


 ラギオは身体を捻るように左手の剣を背後へと振りかぶった。同時に一気に魔力を込め、刀身の風を爆発させる。


 数秒前に風を踏み台にすることで、大人すらもここまで上昇させる力が風にはあることが分かった。


 だったら――


「空中で放てば、多少の回避運動は出来るさ!」


 背後で起こった風で一気に軌道を修正したラギオが右手の剣を、すぐ真横を通り過ぎたククルカン・イレクナのクチバシへと叩き付けた。


 その反動を使って更に左手の剣から風を下に放ち、上昇。叩き割られたクチバシから絶叫を上げるククルカン・イレクナの頭部へと、ラギオが着地する。


「……くはは、お前凄いな。なんだその動き、なんだその武器」

「……」


 ラギオは言葉を返す代わりにククルカン・イレクナの上を疾走し、謎の男へと斬りかかる。


「流石に分が悪いか。じゃあな、冒険者。アイツに、よろしく伝えておいてくれ。――〝〟、ともな」


 そんな言葉と共に――男は背後に描いた魔法陣へと吸いこまれていく。


「待て!」


 ラギオが渾身の一撃を叩き付けるも、パリン、という軽い音と共に魔法陣が砕けるだけだった。


 その瞬間、まるで糸が切れた人形とばかりにククルカン・イレクナが力を失い落下していく。


「……くそ、逃したか」


 ラギオは落下するククルカン・イレクナの身体を蹴って、地面の直前で風を放つことで速度を和らげ、難なく着地する。


 落下の衝撃で、ククルカン・イレクナは絶命していた。否、のかもしれないことに、ラギオは気付いていた。


 駆け寄ってくるのは、頼れる相棒である魔女メラルダと、恐るべき才能を秘めた少女――エリス。

 あの男が最後に言い残した、〝アイツ〟とは……一体この二人のどちらのことなんだろうか。


 その疑問に、本当に答えを出すべきなのか。それすらも迷いながら……ラギオはとりあえずの勝利を喜ぶことにした。


 こうして、未知のエリアである大峡谷から始まった〝蛇風ククルカン〟事件と、その原因となる魔物、ククルカン・イレクナの討伐は、Sランクギルド<赤き翼>によって為されたと大々的に報じられた。


 その成功の裏に、一人の錬金術師見習いの少女がいたことを知る者は――この時は、極少数しかいかなかった。

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