第24話:何やら不穏です


「エリス!」


 あれこれ終わったあとに、冒険者街に帰ってきた私を待っていたのは師匠だった。見れば、大量の解毒薬が配られている。きっと師匠が持ってきてくれたのだろう。


「あ、師匠!」


 私が笑顔で手を振るも、師匠は険しい表情を浮かべていた。あ、これ怒られるやつだ……。


「エリス! お前な! 勝手に迷宮メイズに行くな! 心配したんだぞ!」

「す、すみませんでした!」


 私は光の速さで頭を下げた。結果論だけど、あの時師匠に報告しに行ってたらラギオさん達の救出には間に合わなかったかもしれない。それでも、師匠を心配させたことは事実だ。


「ったく……。いきなり冒険者が工房にやってきて、解毒薬を運べだのなんだの言われてびっくりしたぞ。それに聞いたらエリスは<赤き翼>と行動を共にしているって言うし……」

 

 師匠がブツブツとそう愚痴っていると、背後にいたラギオさん達が前へと出て口を開く。


「だが、おかげで俺も調査隊も助かった。だから、あまり叱らないでやってくれ」

「元はと言えば、私の体調が悪いのを気遣って同行してくれたのだから、謝るなら私のほうよ」


 メラルダさんがそう言って、スッと頭を下げた。


「Sランク冒険者二人にそう言われたらなあ……」


 師匠が困ったように頭をガシガシと掻く。メラルダさんが頭を下げたまま、師匠に見えないように私へと視線を向け、悪戯っぽい笑みと共に、少しだけ舌先を出した。


 まるで、こうすればこれ以上は怒れないでしょ? と言わんばかりだ。


 すぐに頭を上げて真顔のままのメラルダさんの横で、ラギオさんが再び口を開く。


「それにエリスは俺の依頼に見事に答えてくれた。この剣がなければ、あのククルカン・イレクナによる被害はもっと増えていただろう。誇れ、ジオ。お前の弟子は素晴らしい。錬金術師としても、冒険者としても、な」


 そう言ってラギオさんが私へと微笑んだ。


 めちゃくちゃ褒めてくれたのが、嬉しくて思わず私は照れてしまう。そんな私の様子を見て、師匠が頭をポリポリと掻いた。


「あんまりうちの弟子の甘やかさないでくれよ? ああ、そうだエリス、とりあえず解毒薬は足りそうだが、予備にもう少しだけ作った方がいいかもしれん。少し休んだらすぐに帰って解毒薬生成に取りかかるぞ」

「はい!」


 私が元気よく返事すると、ラギオさんが右手を差し出してきた。


「俺達は今回の件について上に報告してくるよ。おそらく迷宮調査局の上層部が来ているはずだ。だから――改めて礼を言おう、エリス。ありがとう」


 私はラギオさんの右手を握り、頷いた。


「こちらこそ、ありがとうございました。依頼品の代金請求、ちゃーんとしますからね?」


 私の笑みに釣られて、ラギオさんが笑ってしまう。


「はは、そういえばまだ払っていなかったな。好きなだけ色を付けて請求するといい。この〝属性結晶〟は間違いなく、俺達の、いや冒険者全体の迷宮メイズ探索を前進させるだろう。それだけの価値がある」 

「また、使用感や改良点があれば聞きますので、気軽に言ってくださいね!」

「ああ、そうさせてもらう。それじゃあ、また」


 ラギオさんが手を離し、冒険者の館へと去っていく。するとメラルダさんがスッと私の横に立つと、耳元で囁いた。


「エリス、今回は本当に助かったわ。このお礼は、またさせてもらうわね」

「え、あっ、はい!」

「そうねえ、美味しいご飯でも一緒に食べましょか」

「是非!」

「ふふふ……じゃあね。今度会ったらついでに魔術も教えてあげる」


 メラルダさんは色っぽい流し目で私を見ると、そのまま去っていった。


「……随分と気に入られたな」


 二人の様子を見ていた師匠がポツリとそう呟いた。


「ええ、まあ。私の人徳? ですかね?」

「人徳かどうかはともかく、一流の冒険者と懇意になるのは悪くない。その縁、大事にしろよ。……俺には、出来なかったことだからな」

「へ?」

「なんでもない」


 なぜか師匠が遠くへと目をやり、煙草へと火を付けた。それから師匠は無言で私の頭をくしゃりと撫でる。


 その行為に言葉はなかったけども――なぜか私は、師匠が私のことを褒めてくれているような気がした。


「さあ、行こう。実はイエラに頼まれて、こっそり獣人の冒険者達の分の解毒薬も持ってきたんだ。待ち合わせ場所まで運ぶのを手伝ってくれるか?」

「もちろんです!」


 こうして、私にとっての〝蛇風ククルカン事件〟は幕を閉じたのだった。


 それがまさか……私にとってもっと厄介なことになるなんて――この時は思ってもみなかった。


***


 それから数日後。


 解毒薬作りにバタバタと忙しくしていて、ようやく落ち着いた頃。私はいつも通り店のカウンターの中に座って、錬金術の勉強をしながらお客さんが来るのを待っていた。


 すると鈴が鳴り、扉が開く。


「あ、いらっしゃいませ」

「やあ、エリス」


 入ってきたのはラギオさんだった。腰にはうちで作った〝八極〟が差してある。


「ラギオさん! どうですかその後は? 剣に何か問題でもありました?」

「問題ない。というより、あれからまだ迷宮メイズに行けてなくてね。それもあって今日は来たんだよ。エリスも当事者だからな」


 私はラギオさんを中に案内すると、椅子をすすめた。すると来客の気配を感じたのか、師匠が作業場から顔を出した。


「お、誰かと思えば」


 師匠を見て、ラギオさんが頷く。


「丁度いい、ジオも一緒に聞いた方がいい話だ」

「ん? 何の話だ」

「〝蛇風ククルカン事件〟の話だ」


 師匠がなるほどと相づちを打つと、私の隣に立ち煙草に火を付ける。ふわりと白煙が立ち登り、煙草独特の匂いが漂う。

 この匂い、なぜか落ち着くんだよね。


「ほう。それは丁度いい、俺もそこについては詳しく聞きたかったところだ」

「すみません……私も良く分からないまま終わったので、師匠に説明できなくて」


 私達の言葉を受けて、ラギオさんが説明を始めた。


「そもそもの発端は、大峡谷の出現だ。そしてそれと同時に、未知の毒であり既存の解毒薬が一切効かなかった蛇風ククルカンが蔓延した。これが第一段階だ」


 師匠がその言葉に続く。


「で、俺達はそれに効く解毒薬を作り、匿名で配った。もちろん、きっちり料金は冒険者の館に請求したがな」

「え? アレお金取ってたんですか!?」

「当たり前だろ。もちろん俺達が赤字にならない程度の価格だから儲かったわけではないぞ。一部はイエラさんところに〝寄付〟した」


 師匠、ちゃんとしてるなあ……。私はそこまで頭が回らなかった。


 ラギオさんが説明を続ける。


「それで、蛇風ククルカンは収まったかに見えた。しかし調査を進めるうちに、それがとある魔物によって発生した毒だと判明した。更になぜか大峡谷内だけで収まっていたはずの蛇風ククルカンが、表層全体に蔓延した」


 そう、それが私には分からなかった。毒があのククルカン・イレクナによって発生したものなのは間違いないけども、あれはあくまで、ある種閉鎖的な空間だったあの谷底だからこそ、猛威を振るったのだ。だからあれが他の場所まで届くとは思えなかった。


「これはまだ公表されていないんだが、どうやら俺達が倒したククルカン・イレクナは、あの一体だけはなかったらしい。表層各地で、同じ特徴の魔物を目撃したという情報が多数寄せられた」

「え? あいつって、いっぱいいたんですか!?」


 あんな強い魔物が沢山いたとなると、なるほど、確かにそれは大事件だ。


「ああ。討伐報告も少ないながらも上がっている」


 その話を聞いて、師匠が首を傾げた。


「……妙だな。エリスの話を聞いた限りだと、そいつは魔術も効かず、常に飛んでいる魔物だと聞いた。エリスとSランク冒険者二人でやっと倒せた魔物を、他の冒険者がそう簡単に倒せるとは思えないが……」


 それは私も疑問に思うところだ。他の冒険者は一体どうやって倒したのだろうか。


「……ここからが本題だ。表層に各地に出現した個体と、我々が大峡谷で遭遇した個体には決定的な違いがあった」

「ほう? それは」

「我々が遭遇した個体はおそらくだが……直接使


 その言葉を聞いて、師匠が驚きのあまり言葉を失ってしまう。その口の端から煙草が落ちて、床で火花を散らした。


 私のラギオさんの言葉の意味が分からず、思わず声を大きくしてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってください! 使役されていたってどういうことですか!? それに直接って」

「エリス、君は見なかったか? あのククルカン・イレクナの頭部にいた人影を」


 そう言われて私は思い出した。


 ああ、そうだ。あの特徴的な飾り羽根の向こうに――確かに私は人影を見た。


「俺はククルカン・イレクナの上で、その謎の人物と遭遇した。奴が調査隊やメラルダの撃った魔術を無効化させていたんだ。他の場所で倒されたククルカン・イレクナには、魔術が普通に効いたそうだから間違いない」

「で、でも! 魔物を使役するなんてそんなこと出来るんですか!? しかもククルカン・イレクナって言わば新種なんですよね!?」


 私がそう言うと、そこでようやく師匠が口を開いた。


「魔物の使役は……と呼ばれている。歴史上、これを試みた者は何人もいたそうだが……成功例はない……はずだ」

「その通り。だが、俺は奴と対峙して確信したよ。奴は何らかの方法でイレクナを使役していた。しかもただ使役するだけではなく、あのような巨大な姿へと変貌させた。さらにあの毒吐きはイレクナ原種には見られない行動だ。これも奴の影響であると思っていいだろう」

「それは……にわかに信じがたいな」


 師匠が理解できないとばかりに首を横に振った。


「なあ、エリス覚えているか。俺達を襲った、あの召喚された謎の魔物を」


 もちろん覚えている。〝八極〟が大活躍したから余計にだ。


 それに、あの骨のような不気味な姿。忘れる方が難しい。


「あれもまた未知の存在だったが――調査隊がククルカン・イレクナの死体を調べたところ、面白い事実が判明した」

「面白い……?」

「……身体の内部から、不自然なほどに高い濃度の、特殊な水属性マナが検出された」

「水属性の、しかも特殊なマナですか?」


 それは一体何を意味するのか。分からないのに、なぜか私は鳥肌が立っていた。


 その先を聞きたくない。なぜかそんな気持ちになってしまう。


「更に調べると、そのマナはとある存在達特有のマナだと判明した」

「誰のマナなんですか?」

「……エリスも良く知っているはず存在だ。あの解毒薬を作った君ならね」


 ラギオさんの言葉に、私はなんて返せばいいか分からない。解毒薬を作った私が知っている存在?


 そうやって私が返答に迷っていると、師匠が代わりに口を開いた。


「ああ、分かったぞ。それはきっと……のマナなんだろ。エリスには言うまでもないかもしれないが、毒の精霊は水属性のものが殆どだ」


 それに私は頷く。解毒薬作りを手伝ってもらったニーヴだって水属性の精霊なのだ。一部、金属性の精霊もいるけど、基本的に毒を司る精霊は殆どが水属性だと思って間違いない。


「ああ……それはその通りです。でもどういうことですか? なぜ毒の精霊のマナが、ククルカン・イレクナの中に?」


 それに、ラギオさんはすぐに答えてくれなかった。その様子は、今もなおそれを言うべきか迷っているかのようだ。だけども私からの視線を受けて、彼はゆっくりと息を吐いた。


「ふう……。ここからは俺の推測でしかないが、俺達を襲ったあの不気味な魔物達がいただろ? あれはおそらくだろう」

「あれが……精霊?」


 確かに召喚された時に見えた魔法陣は私のものと似ていた。だけどもあんな精霊、見たことも聞いたこともない。


「当然、イレクナに精霊を召喚する力なんて備わっていない。だとすればこう考えるのが自然だ。あの謎の人物が、我々を殺す、あるいは試す為に召喚したものであると。更にククルカン・イレクナの内部から毒の精霊のマナが検出された点からして、おそらく奴は何らかの方法でイレクナに毒の精霊の力を付与したんだ」


 未知の精霊の召喚、魔物への精霊付与。


 なんだそれは。


「エリス、俺は君を高く評価している。魔術結晶に精霊を融合させることで属性の付与された魔力を刀身に送る、なんて発想は普通は思い付かない。更に聞いた話では、あの解毒薬は実はどんな毒にも効く万能薬なのだろう? 俺の勘だが、おそらく生成段階で何かしらの毒の精霊の力が関与しているはずだ」

「あ、当たりです」


 凄い、流石だ。


「だろうな。だからこそ、俺は俺の推測に確信を得てしまったんだ」


 ラギオさんがそこまで言って再び口を閉じた。まるで――その先を言いたくないとばかりに。


 だから、なのかは分からない。だけどもしばらく黙っていた師匠が私の肩に手をそっと置くと、まるで代弁者のようにこう言ったのだった。


「まどろっこしいな、ラギオ。お前は、要するにこう言いたいんだろ? そのククルカン・イレクナを使役し、表層を大混乱に陥れたその黒幕は、エリスと同じ――であると」

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