第17話:無茶を言わないでください!
精霊と錬金術の力――そのラギオさんの言葉を聞いて、私と師匠はお互いへと視線を送った。
彼の言葉は、まるで精霊錬金と精霊鉄の存在を知っているかのようだった。それらについて、私達はまだ何処にも公開していないのに。
「……ラギオ、だったな。それは何の話だ?」
師匠がとぼけてそう聞き返す。しかし、それを見てラギオさんは苦笑する。
「ふっ……錬金術師は秘匿が好きだからな。俺が悪かった、順を追って説明する」
そう言って、ラギオさんが語り出した。
「実は俺は見てしまったんだ。エリス、君があのケイブクイーンを倒した場面を」
それは
「俺は驚いた。君はまるで魔術のような攻撃をしたかと思うと、相当な体力とタフネスを持つあのケイブクイーンを一撃で葬り去った。低位の精霊しか召喚しかできないと言った君が、もし元からあんな力を持っていたならきっと採用面接の時にアピールしていたはずだろ? だがそれもなかった。となると……あれは後に手に入れた力、つまり錬金術によるものだろうと俺は推測した」
「……流石、Sランクギルドを率いているだけはあるな。鋭い指摘だ」
師匠が素直にラギオさんを褒めた。それは確かにその通りだけど、たったそれだけで精霊鉄の存在を見抜いたのは凄すぎる。
「あとは、メラルダが言っていたことも気になった」
「メラルダさんが?」
魔女の異名を持つメラルダさんのおかげで、あの時私は子蜘蛛に食べられずに済んだ。苦手で嫌いな人だったけど、そういう感情はもはや薄れている。
「ああ。メラルダが言うには、あの時妙に――
「ふむ」
師匠が興味深そうにラギオさんの話に耳を傾けていた。
「だから、錬金術と精霊。この二つのおかげで君はあの力を手に入れたのではないかと思い、先の質問をした。もしそうであれば……それは武器にも応用できるのではないかと」
なるほど。
「そこまでバレてるなら隠す必要性もないな。エリス、説明してやれ」
師匠がそう言うので私は頷いて、ラギオさんへと精霊錬金と精霊鉄について説明を始めた。
「――というわけで、あの時は雷属性を帯びたナイフで、火の精霊と風の精霊の力を使って攻撃したんです。でも、あれは私も想定外でした。昔、私が同じことをした時、あんな威力は出ませんでしたから。となると、考えられるのは武器のおかげではないかなと」
「……ちょっと待ってくれ。いや、確かにあの攻撃は魔術に近しいものだと思ったが……精霊の力を借りて斬撃を放つってのはどういう理屈だ? 俺は長いこと冒険者をやっているし、精霊召喚師とも何度もパーティを組んだことがあるが……そんなことが出来る奴に出会ったことがない」
ラギオさんが信じられないとばかりに、そう聞いてきた。まるで初めて出会った頃の師匠みたいで、妙な既視感を覚える。
うーん。その話を聞くと、やはり私の精霊の使い方は本来のやり方とは違うのかもしれない。
「えっと……すみません、そもそも精霊召喚師ってどうやって戦うものなんですか?」
「文字通り精霊を召喚し、予め組み込んだ命令通りに精霊に戦ってもらう、というが本来の精霊召喚師のやり方だ。召還後に本人に出来るのは、精霊を任意のタイミングで帰還させることぐらいだろう。高位の精霊召喚師になるほど召喚できる精霊の位が上がり、より複雑で高度な命令を組み込める」
それは……私のやり方とは全く違う方法だった。
「私……低位しか喚び出せませんし、命令? なんかも組み込んでいません」
「では、どうやってあんな力を」
「えっと、お願いして助けてもらってる感じ? 精霊も嫌なことは私がいくらお願いしてもしてくれないですし」
精霊錬金も失敗することがある。クイナはいくら頼んでも金属とは融合してくれないし、ニーヴはホースブラッドを嫌がった。
だからやっぱり、お願いして助けてもらっているとしか言えなかった。
「……ジオ、どういうことだ」
「あはは……ラギオを見ていると俺だけじゃなかったって安心するよ。まあ心配するな、俺も最初はそうだった。だがな、エリスは俺達の常識や枠に当てはまるような奴じゃないんだ。これは俺の予測でしかないが……エリスのやり方が本来の精霊召喚師の戦い方なのかもしれないな。精霊を一方的に使役するのではなく、共に戦うというやり方がね」
「そうか……だがそれはもはや魔術ではないか? 火の精霊の力を借りて火が放てるなら、それは理屈として魔術だ。しかも大気や大地に残る、精霊の力の残滓を借りて行使する魔術よりもよっぽど――」
それ以上をラギオさんが口にしなかった。
「えっとすみません。話を戻すと、そのやり方でも元々は威力が低かったんです。でも、精霊鉄を使った武器で放つと、威力が増大しました。それで、精霊鉄には精霊の力を増幅させる効果があるのではないか、という仮説を立てて実験した結果――」
私はその先の解説を師匠へと譲った。
「元々付与されている精霊鉄の属性と使いたい属性の相性が、威力に影響することが分かった。例えば、雷属性が付与された精霊鉄は風属性と相性が良いので威力が増幅されるが、逆に地属性だと減少してしまう。この関係性は魔術理論で使う〝属性相性〟と同じだった」
「使った精霊と、精霊鉄の持つ属性相性が良かったせいで、あれだけの威力が出たというわけです」
そう私は説明を締めくくった。
精霊鉄については、まだ不明な点もあるけども――私と師匠の中では、実用に耐えうるとの結論が出ていた。とはいえ、師匠的はまだまだ商品として出すつもりはなさそうだけども。
「理解した。何より、己とメラルダがいかに節穴だったかを痛感している。エリス、君は……間違いなく優秀な冒険者になれる存在だった。あの時はすまなかった」
ラギオさんがそう言って深々と頭を下げた。
なので私は慌てて、それを止めようとする。
「いやいや! 頭を上げてください! 自分のことばかりで全く物を知らなかった私がいけないんですし、メラルダさんの言葉はそりゃあキツかったですけど……全部が全部、間違っていたなんて思いません。だって私は……あの時、ラギオさんとメラルダさんがいなければ死んでいたのかもしれないんですから」
〝生死が掛かっている場所では無能は要らない〟――そうメラルダさんは私に言った。
それは本当にその通りだった。もっと私が慎重であれば……あの事態は免れたかもしれない。
「ま、おかげさまで俺は最高の弟子を取れた。感謝するよ」
なんて師匠が言いながら煙草を吹かす。その顔には、どう見ても悪役みたいな表情を浮かべていた。
「これからは俺も、もう少し人を見る目を養わないと……。しかしその精霊鉄、ますます欲しくなってきた」
「ああ、そういえば武器をどうのって話でしたね」
「ああ。君らも知っての通り、メラルダは優秀な魔術師なんだが……いかんせん、扱いづらくてな」
「性格が?」
思わず私がそう言ってしまうと、ラギオさんが苦笑する。
「……頼むからそれを本人の前で言わないでくれ」
「あはは……すみません。でも扱いづらいとは? 凄い魔術師だったと思いますけど」
私が不思議そうにそう聞くと、ラギオさんが複雑な表情を浮かべた。
「確かに凄い。メラルダは魔術師としても超一流で、常人以上の魔力を持ち、更にこの帝都でも三人しかいないと言われる、〝
「それは……凄いな。流石はSランクか」
師匠が素直に驚いている。それぐらいに、属性を沢山使える人は貴重らしい。
「だが……如何せんその性格と膨大な魔力量のせいで、威力と範囲は極大なのだが細かい操作が苦手だ。エリスを助けた時のような開けた場所ならまだ使えるが、第一階層以降は、かなり場所や時を選ぶ。それに魔力の消費も激しいので頻繁に魔術を撃っていたら、すぐに魔力切れを起こしてしまう。マジックポーションの消費も馬鹿にならないし、本当に必要な時に撃てないようでは意味がない」
「なるほど……確かに小鳥を狩るのに、一々大砲を撃ってたら勿体ないですもんね」
「その通り。だがそうなると困るのは、第一階層以降必須となる、属性攻撃の手段が少なくなってしまう点だ」
どうも話を聞いていると、第一階層以降は特定の属性攻撃じゃないと倒せない厄介な魔物が増えていくらしい。
「なら別の魔術師を入れて、攻撃手段を増やすのはどうです?」
私がそう言うと、ラギオさんは力無く首を横に降った。
「もちろんそれも考えた。しかし、後衛職を増やせば増やすほど、前線に立つ俺達前衛職の負担が増えてしまう。パーティの人数も中層以降を考えると大所帯に出来ないので、そうなると前衛職を削らざるを得ない。それが如何に危険かは言わなくても分かるだろ? 前衛が死ねば……パーティは瓦解する」
メラルダさんのように四属性を扱える魔術師が極端に少ないのも原因の一つなんだとか。一般的な魔術師は大体が一つの属性しか扱えず、二属性を扱える者はどこの冒険者ギルドから好待遇で迎えられるそうだ。その上の存在となる〝
「これが、Sランクギルドを以てしても中層以降を攻略できない最大の理由なんだ。属性攻撃の手段を増やすほどに、パーティの安全性が低下する」
それを聞いて、師匠がニヤリと笑った。
「だからラギオはこう言いたいわけだ。前衛職が属性攻撃出来ればいいのになあ……、と」
「俺は、その精霊鉄にその可能性が秘められていると確信している」
師匠が言っていた通りだ。
精霊鉄によって冒険者の武具選びの概念が変わるかもしれないという言葉が、にわかに現実味を帯び始めていた。
「エリス、君に俺の武器用の精霊鉄を作ってくれないか? 金に糸目を付ける気はない。望むだけの報酬を用意するつもりだ」
「おいおい、いいのか? この女、とんでもない金額を吹っかけるかもしれないぞ?」
師匠が意地悪そうな笑みを浮かべる。そういうことするのは私じゃなくて、師匠でしょうが!
「構わない。それぐらいに、精霊鉄には価値があると考える。
ラギオさんは確信を持ってそう言い切った。
私はどうすべきか迷い、師匠へと視線を送る。すると、師匠は静かに頷いた。
それは、作ってもいいということに他ならなかった。
「……分かりました。ラギオさんには命を救ってもらった恩もありますし」
「本当か!? ありがとうエリス、それにジオ」
「それで、どんな属性が良いですか? 火? 風? 雷? 水? 地? それ以外もあれこれ取りそろえていますよ」
そう私が聞くと、ラギオさんが微笑みながらこう言ったのだった。
「――
……無茶を言うな!
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