第2話:なので錬金術師に弟子入りしました!


 ジオさんの錬金工房は細い路地裏の先にあった。確かすぐ近くに、冒険者向けの武具やアイテムを扱う商店や、宿屋、酒場が軒を連ねる〝冒険者通り〟があったはず。


「……ここですか?」


 私が目の前の建物を見て、思わずそう聞いてしまう。


「嫌そうな顔をすんな」

「だってー」


 目の前のボロ屋……もとい錬金工房には看板すらなかった。表の窓から中を覗けば、それらしき店舗と器具が奥に見える程度だ。


「私、錬金術にはあんまり詳しくないですし、錬金工房が何する場所かいまいちピンときていないんですけど、こんな感じで商売をやれているんですか」

「やれて……た」


 ジオが力無くそう言って、うなだれた。


「やれて……〝た〟? なんで過去形なんですか!?」


 なんか、〝俺がお前を活かしてやるぜ〟なんてカッコいいこと言ってたわりにこの人、なんだかダメそうなんですけど!?


「だー、うるせえ! これまではちと理由あってずっと閉めてたんだよ!」


 ジオさんがそう言って、扉を開いた。


「……なんか埃っぽいですね」


 工房の中に風が吹き込み、中に溜まっていた埃が舞い上がる。


「一年ぶりに来たからな」

「ええ……」


 ジオさんが気にせずズンズン入って行くので、私はクイナの力で顔の周りに風を吹かせて埃が目や口に入らないようにした。


 中は、意外と綺麗に整頓されている。


 入口から入ってすぐにカウンターがあり、端には事務机。その少し奥に作業場があり、錬金用と思われる蒸留器や釜、よく分からない液体の入ったフラスコが並ぶ棚が設置されていた。


 古びたレジスターがカウンターの上に置いてあるところを見ると、ここで何かしらの売買を行っていたのが分かる。


 カウンターの中に入ったジオさんが煙草に魔術で火を付けると、紫煙を吐いた。


「……ふう。やっぱりここに来ると……ちょっとキツいな」


 ゆらゆらと天井へと昇っていく煙を見ながら呟いたその言葉と表情には、重苦しい何かが含まれている気がした。それは見て、私はなぜか――弔い、という言葉が頭に浮かんだ。


 この工房を閉めていたことと何か関係があるのだろうか?

 だけども、流石に会ったばかりでそこまでは聞けない。だから代わりに私はジオさんに問いかけた。


「ジオさん。なぜ私をこの錬金工房で雇おうとしているのかが、分からないのですけど……」


 私は精霊召喚師であり、錬金術については何も知らない。それにジオさんからすれば、私はさっき出会ったばかりのただの田舎の小娘だ。


 そんな私をいきなり雇うと言われても、〝ハイ、そうですか、ありがとうございます〟、とは言えなかった。


「そろそろここを再開させようと、ずっと考えていた。だけどもきっかけが無くてな。だからずるずると酒飲んでくだを巻く日々を過ごしていたんだよ。だけどな――エリスを見た時に、こう、ピーンときた」


 ジオさんが私の方へと、その黒い綺麗な瞳を向けた。その顔には、柔らかい笑みが浮かんでいる。


「エリスとなら、面白いことが出来そうだってな。だから雇うし、その給料を稼ぐ為にも工房を再開する。何もおかしいことじゃない」

「……でも私、錬金術について何も知りませんよ」

「誰だって最初はそうさ。何、俺が教えてやるよ。こう見えて、結構腕は良いんだぜ?」


 ジオさんがにやりと笑うが、どうにも信用できない……。ただの飲んだくれじゃないの?


 と言いつつ、本気でそう思っていたらここまでついてこなかった。だからきっと私の心のどこかで、彼のことを信用しているのかもしれない。


 根拠なんてない。でも、私はそういう直感を信じるタイプなのだ。


「エリス、どうせ住むところもないんだろ?」

「ええ。宿を転々としてます」


 一応女なので、安宿とはいえ個室を用意してもらっているせいか、かなりお金が掛かってしまっている。私のお財布事情が心許ないのは、この宿代が主な原因だ。


「なら、ここに住むといい。二階が住居になっている。家具もそのまま使えると思うぞ」

「……いいんですか!?」


 住む場所付きはめちゃくちゃありがたい! いや、でもそうなると……ジオさんと一緒に住むことになるのか? それはちょっとなあ……。


「ただし、店の掃除やら整頓も仕事に入るからな。勿論、俺がいる時は俺もやるが」

「俺もいる時……あれ、ジオさんはここに住むわけではないのですか?」

「このすぐ近くに部屋を借りている。流石にむさいおっさんと同じ屋根の下は嫌だろ?」


 それはそう。とはいえ、おっさんというほどの歳には見えないけども。どうだろう、無精髭のせいでそう見えるだけで、実際は三十歳を超えたぐらいだろうか。


「とりあえず、給料はまた後で決めるとして……食事と住居は提供しよう。更に錬金術も教える。言っとくが、錬金術師はこの帝都ではかなり需要のある職業なんだぞ? まあ地味だが……。つまりエリスはいわゆる住み込みの弟子になるみたいなものだな。悪くない条件だと思うが」


 ジオさんが煙草を吸いながら、私を見つめた。その視線には、断るわけがないという謎の自信が満ちあふれていた。


 確かに条件は悪くない。悪くないけど……やっぱり冒険者になることは諦められない。それに、私には――


「……私は冒険者になりたいんです」

「なぜ冒険者なんだ?」

迷宮メイズに入りたいからです。もちろん、冒険者という職業にも憧れはありますけど」


 迷宮メイズ――帝都の地下に広がる広大なダンジョンであり、いまだその最下層まで辿り付いた者はいないという。その中には、そこでしか手に入らない貴重な動植物や資源があり、それによってこの国と帝都は大きな発展を遂げた。


 だからこそ、迷宮メイズの出入りは厳しく制限されており、国から認められた冒険者ギルドに所属し、かつ冒険者認定を受けないと、中に入る事すら叶わない。


「あんなところに何の用事がある。あんな場所に好き好んで行くのは自殺志願者ぐらいだぞ」

「それは、冒険者だった、

「そうか……エリスの父も冒険者だったのか」


 ジオさんがどこか遠くを見つめ、ポリポリと頭を掻いた。


「――はい。〝精霊界〟へ行くと言って、五年前にこの帝都の迷宮メイズに潜って以来、帰ってきていません」


 精霊界とは、精霊達が住まう、こことは少しズレた場所にある世界。喚び出された精霊のその本体ともいうべきものは常に精霊界におり、その分霊を一時的にこちらに喚び出し使役するのが精霊召喚師だ。


 だから私の肩の上でスヤスヤ寝ているクイナも、その本体は精霊界にいる。


 そして私と同じく精霊召喚師であった父は、なぜか精霊界へ行くことに固執していた。


 〝精霊召喚師は皆、いずれ精霊界へと導かれる〟そんな言葉だけを残し、父は私を置いて帝都へと向かったのだ。

 

「エリスの父はアレを信じたクチか。迷宮メイズ内に、精霊界へと繋がる扉があるという、あの噂を」

「それが真実かどうかは分かりません。精霊達に聞いても、分からないとしか言いませんでした」

「精霊に聞いて……か。ま、確かにいまだに噂されているよ。それが真実かどうかは……何とも言えないな。だがそう思わせるものを、あの迷宮メイズが持っているのは事実だ。あれは間違いなく、どこか異界へと繋がっている気がする」


 ジオさんの言葉に、私は頷いた。


「もう父は死んでいるかもしれません。それでも……父を探したいんです。幼い頃に母を亡くしたので、もう家族は父しかいません」

「なるほどな。迷宮メイズに入りたい理由も理解できた。だから、冒険者になりたいというエリスの気持ちを否定する気はないし、無理に錬金術師にする気はないよ。ただな、エリス。迷宮メイズに入りたいだけなら――冒険者になる以外の方法もあるぜ」


 ジオさんの言葉に、私は驚く。


「へ? そうなんですか!?」


 それは知らなかった。てっきり冒険者以外は無理だとばかりに思っていた。

 

 するとジオさんがカウンターに膝をついて、私へと悪戯っぽい笑みを浮かべてくる。


「まあ、あまり有名な方法ではないし、ある意味冒険者になるより難しいからな」

「お、教えてください!」


 私が慌ててそう聞くと、ジオさんが掛かったとばかりにニヤリと笑った。


「昔、とある職業の者達がな、冒険者と国だけで迷宮メイズを独占するのは良くないと抗議したことがあったんだよ」

「へー。それは初耳です」

「その結果、例外的にその職業の者達だけは特別に迷宮メイズに入ることが許された。まあなんせ冒険者もこの帝国も、彼らのおかげで今の地位があると言っても過言ではないからな。無下にできないのさ」

「凄い、それはどんな人達なんです!?」


 私が早く早くと促すと、ジオさんは勿体ぶって二本目の煙草を吸い始めた。


「その凄い人達は、迷宮メイズ産の素材を自在に使いこなし、組み合わせ、融合し、冒険者達の必需品を作っているのさ。そして、それらは彼らしか作れないので、それを諸外国に高く売り付けていた帝国もまた、彼らには頭が上がらない」

「それは一体誰なんですか……!?」

「それは――さ」


 ですよね! 実は薄々そうなんじゃないかって思ってました! だってジオさん、凄い得意気な顔をしているんだもん。


「あ、あんまり驚いてねえな。まあいい。つまり、冒険者にならずに迷宮メイズに入る方法はただ一つ――錬金術師になることだ。まあ細かく言えば、他にも例外はあるが」

「じゃあ……冒険者になれない私も、錬金術師になれば迷宮メイズに入れるってことですね!?」


 希望が少し見えてきて、私はカウンターに向かって前のめりになってしまう。それを見てジオさんが苦笑する。


「錬金術師になれたら、の話だな。言っとくが国家試験を受ける必要もあるし、実務経験も問われるぞ。俺みたいな国家認定の錬金術師の下でどれだけ修行したかを見られるので、錬金術師を目指す者はまず錬金工房の働き口を探すのが定石だ」

「おおー、つまりジオさんの下で働けばいいってことですね!」

「そういうこった。俺は弟子が出来て、工房を再開できる、お前は迷宮メイズに入ることが出来て、父を探すことが出来る。双方にメリットがある提案なわけだ」


 ジオさんが煙草を消して、右手を差し出した。


「エリス、俺の弟子になれ。そして錬金術師になって、父を探すといい。多分それが……お前にとっての一番の近道だ」


 ここで私はようやく、ずっとモヤモヤしていた目の前の景色がパアっと開けた気がした。

 ああ。私は、きっとここから始まるんだ。


 だから私は笑顔で、ジオさんの右手を握った。


「よろしくお願いしますね――師匠」


 こうして私は――錬金術師の弟子となったのだった。

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