エリス、精霊に愛された錬金術師 ~路頭に迷ったので錬金術師に弟子入りしたら、精霊と物質を融合させる<精霊錬金>でチート級のアイテムが作成できるように。おかげで工房は大繁盛、錬金術も冒険も両方頑張ります

虎戸リア

第1話:冒険者にはなれませんでした

 

 帝都――Sランク冒険者ギルド<赤き翼>の拠点。


 私は酒の匂いの染み付いた木製の椅子に座り、緊張しながら、前に座る二人の人物を観察した。


「君が、エリス・メギストスだね」


 なんだか強そうなオーラを放っている銀髪の男の人――確かこのギルドのリーダーであり、帝都でも五本指に入る冒険者であるラギオさんがそう聞いてきたので、私は元気よくそれに答えた。


「はい! 十六歳で成人済みです! 冒険者に憧れてトート村から来ました!」


 その言葉にラギオさんの隣に座る、妙に色気があり、ドレスの胸元から谷間を覗かせている紫髪の美女が小馬鹿にしたような表情を浮かべた。彼女はおそらくこのギルドのナンバーツーであり、<魔女>という異名を持つメラルダさんに違いない。


 少し離れたこの位置にも彼女の香水の甘ったるい匂いが漂ってくる。


「トート村? どこよそれ。私、聞いた事ないわ」

「えっと……東のラステラ山脈を越えた向こう側です」

「ど田舎じゃない。道理で着ている服も、顔も田舎臭いと思ったわ」


 服はともかく、顔は関係ないでしょ! と言いたいところだが、採用面接の場なので私は作り笑いをするだけに留めた。でも確かに今着ている服は、村に時々来る行商人から奮発して買った旅人用の服で、オシャレさよりも頑丈さや実用性を重視した作りになっている。


 最先端のオシャレや服飾技術がある帝都では、少々浮いて見えるのかもしれない。


「私、こんなダサい女を入れるの嫌よ」

 

 そう言って、メラルダさんが横のラギオさんへと視線を送った。


 しかしラギオさんそれに答えず、私への質疑応答を続ける。


「……この書類には精霊召喚が得意と書いてあるが、どの属性を喚べる? 中位精霊は喚び出せるか? どの程度制御できる?」


 その質問に私はドキリとする。聞かれるのは分かっていたが、いざ聞かれると動揺してしまう。だけども正直に答えるしかない。


「え、えっと……下位精霊……だけ、です」

「はあ? あんた、冒険者舐めてるの?」


 信じられないとばかりにメラルダさんがすぐに言葉を返した。


「あ、いやでも! 低位しか喚べない代わりに全ての属性の精――」

「話にならない。ラギオ、もういいでしょ、時間の無駄だわ」


 メラルダさんが私の言葉を遮り、怒りを露わにして立ち上がった。


「低位の精霊なんて、戦闘では何の役にも立ちはしないわ。あのね、冒険者ってのは田舎の小娘が夢見るようなそんな甘っちょろい世界じゃないの。生死が掛かっている場所では無能は要らない。あんた冒険者向いてないから、さっさとその何とか村に帰ったら?」


 メラルダさんがそう吐き捨てるとそのまま去っていってしまった。


「ま、待ってください! 私は決して冒険者を舐めていません! これでも私、村でも一番強――」


 私もメラルダさんに釣られて立ち上がり言い訳しようとするも、ラギオさんが静かに首を横に振った。


「……済まないが面接はこれで終了とする。メラルダの非礼は俺が代わりに詫びよう」


 そのままラギオさんが深く頭を下げるので、私は慌ててそれを止めようとする。


「あ、いえ、それは良いんですけど!」

「だが――彼女の言った事はあながち間違いでもない。帝都の冒険者は地方の者達と比べ、難易度の高い依頼をこなすことが多いんだ。低位の精霊しか召喚できない者に与えられる仕事は……正直言えば、ない。これはうちのギルドだからというわけではなく、例え採取専門のギルドでもそうだ。君のことを思って言うが……冒険者になることをもう一度考え直した方がいい。他に仕事はいくらでもある」


 その言葉に対し、私は頭を下げるしかなかった。


「はい……ありがとう……ございました」


 私はうなだれたまま、<赤き翼>の拠点を出た。トート村ではあんなに高く青かった空が、この雨の多い帝都ではやけに低く見える。


「分かってはいたけど……はあ」


 私はトボトボと帝都の複雑に入り組んだ路地裏を歩きながら、指先に魔力を込めて小さな魔法陣を描いた。


「きゅー!」


 そこから鳴き声と共に出てきたのは、フワフワの青い羽毛に覆われたヒヨコに似た精霊――<風の精霊、クイナ>だ。手のひらほどの大きさのそのフワフワは、いつものように私の肩へと乗った。


「きゅーきゅー?」

「うん、ダメだったよ。もう、村長の嘘つき! 何が、〝お前ならどこでも引く手数多だ〟、よ! これで採用断られたのは十回目だよ!」

「きゅう……」


 私は悲しそうにするクイナの頭を優しく撫でると、そのまま地面を蹴った。風が身体に纏わり付き、浮遊感が私を包む。


 私の身体は風と共にふわりと飛翔し、路地の横にある建物の屋根の上へと着地した。


「やっぱり飛ぶと、気持ちいい」


 屋根の上に立つと、いかにこの帝都が巨大かが良く分かる。どこまでも続く建物とその屋根を見ていると眩暈がしそうだ。


 中央には、皇帝が住むという巨大な塔がそびえている。さらに見えないだけで、この街の地下には今だ踏破者のいない広大な迷宮メイズが広がっているという。冒険者はその迷宮メイズの踏破を目指す者達で、それ以外にも帝都周辺の魔物退治なんかもやっているそうだ。


 何人もの英雄がこの街で生まれ、私はその話を旅人達から聞く度にワクワクした。


「でも低位精霊しか召喚できない私には冒険者は難しいのかも……」

「きゅうきゅうきゅわ!」

「え? 全属性の精霊を喚びつつ、その力をこんな風に使いこなせる人はほとんどいないって? まさか~。私でも出来るんだから、こんな大きな街だったらいくらでもいるよ」


 精霊を喚び出しその力を借りて身体能力を高めたり、武器を強化したりするのは私にとっては当たり前の技術だ。魔物の討伐ぐらいなら村では誰にも負けないぐらいの実力はあったから、冒険者になる自信もあった。


「でもきっとそんなのは、この帝都では出来て当然なんだよ。みんな中位や上位の精霊でもっと凄いことができるはず」


 私のちっぽけな自信はここに来て見事に打ち砕かれた。実戦であれば自信はあるのに、帝都の冒険者ギルドはどこも人気で、まずは採用面接で人柄や能力を見られることが多かった。


 おかげで、低位精霊しか召喚できないという部分でいつも落とされてしまう。


 私はため息をつくと、屋根の上から路地へと降りた。子供みたいに拗ねて屋根に登ったところで何も解決しないのは分かっていた。


「きゅう」

「顔色が悪いから、少し休んだ方がいいって? ああ、そういえば……ここ最近ちゃんとご飯、食べてないなあ」


 もう財布の中はすっからかんだ。村の周辺と比べ、この街は物価が高すぎる。


「とりあえず冒険者は一旦諦めて、他の仕事するしかないか」


 村に帰るつもりはないし、冒険者になることも諦めるつもりはない。なぜなら、私にはやるべきことがあるからだ。


「とりあえず斡旋所に行って、出来る仕事がないか探してみよう。できれば賄いつきのところで……」


 グー、とお腹が鳴って、私は赤面する。ううう、お腹空いたなあ……。


 路地を足早に進む私は、しかしとあるものを見付けてしまい、立ち止まってしまう。


「……行き倒れだ」


 こんな昼間に、路地の真ん中で堂々と寝ている人がいた。見たところ男性で、だらしなく伸びた赤髪と無精髭が特徴的だ。傍らには酒瓶が転がっており、こんな路地で寝ているのを見るかぎり、ろくでもない人物であることは間違いない。


「きゅう……」


 クイナが呆れたような声を出す。


「ただの酔っ払いだからほっとけばいいって? でも……」


 もし万が一何かの病気だったり怪我だったりすれば大変だ。


「あの……大丈夫ですか? こんなところで寝てたら風邪引きますよ」


 私が寝ている彼へとそう声を掛けた。


 しかし全く起きる気配がない。同じように何度か試すも、無反応だった。


「もー。こうなったら――」


 私は指で魔法陣を描き、<水の精霊、ディーネ>を喚びだした。ディーネは手のひらサイズの人魚のような見た目で、クスクスと笑いながら私の周囲を泳ぎ回る。その軌跡に水が出現し、それは小さな水球となってフワフワと浮いていた。


 それらの水球が一つに集まると、私の顔ぐらいの大きさの水球ができあがる。


「てい」


 私が右手を降ろすと――その水球が彼の顔へと落ちた。


 バシャリ。


 そんな音と共に――


「マリア!?」


 彼が、まるでバネ仕掛けの人形みたいに上半身だけを起こして叫んだ。


 私は驚いて思わず小さく飛び上がり、尻餅をついてしまう。


「なななな、なに!?」


 赤髪から水を滴らせる彼が、尻餅をついていた私の顔をジッと見つめ、そして濡れている自身に気が付く。


 しばらくそうやってお互いを見つめていると、彼の方から目を逸らし赤髪をガシガシと掻いた。


「……ちっ……嫌な夢を見た」

「えっと……大丈夫ですか?」


 私がそう言うも、彼は答えずにフラフラしながら立ち上がった。


「くそ……また飲み過ぎた。ああ、頭痛え。悪いな、世話かけたようだ。俺はジオ、あんたは?」

「私はエリスです。ダメですよ、こんなところで寝てたら」

「エリスか……ちっ、昨日の夜の記憶がねえな」


 彼がそう言ってこめかみを揉んだ。どうやら話を聞く限り、昨晩飲み過ぎてここで寝てしまったらしい。


「その様子だともう大丈夫そうですね……じゃあ私はこれで」


 助けて損したなあ、もう。


 私が会話を切り上げて、足早にそこを立ち去ろうとすると――


「ちょっと待て。お前、精霊召喚師か?」


 私の手がガシッと掴まれた。


「な、なんですか!?」


 振り返った私は、ジオさんが思った以上に近くの距離にいることに気付いた。さっきまでは寝ていて気付かなかったけども、彼は結構年上で、でもかなり顔を整っていて、何より黒い瞳がとても綺麗だった。


 村にはいないタイプの男性だ。不覚にも、少しだけドキドキしてしまう。


「その二体の精霊、お前が喚び出したのか?」


 ジオさんの顔に、真剣な表情が浮かぶ。


「そ、そうですけど!?」

「風と水、二属性同時にか?」

「へ? はあ。まあ」


 私が何とも間の抜けた返事をするも、ジオさんは気にせず質問を続けた。そういえば何も言っていないのに、なんでクイナとディーネがそれぞれ風と水の精霊だって気付いたんだろう?


「……どの程度の精霊を喚び出せる? 中位は?」


 なんだか急に採用面接みたいになってきた。


「低位しか喚べません」

「ふむ。それで得意な属性は? 精霊召喚師はほとんどの者が一つの属性、多くても二属性の精霊までしか喚び出せないはず。お前も二属性までか?」

「得意な属性は……特にないです」

「はあ?」


 得意な属性とか言われても困る。


「だって――私、から。特にこれというはありません。強いていえば、移動に便利なこの風の精霊であるクイナを良く喚び出しますが」

「……全……属性? しかも精霊を移動に使う……? はあ?」


 私の言葉を聞いて、ジオさんは信じられないとばかりに目を見開き、口をあんぐりと開けていた。その顔がなんだかおかしくて、私は思わず笑ってしまう。


「ふふふ、貴方は変な人ですね。そんなの別にこの帝都では凄いことではないでしょ?」

「信じられん……冗談だろ? そんなこと出来るわけがない。嘘に決まっている」

「むっ。嘘じゃないですよ! ほら――!」


 私は両手の指で、多重魔法陣を宙に描いていく。最近はあまりやってないけど、ここまで言われて引き下がったら精霊召喚師の名がすたる!


 そうして出来上がった魔法陣から――何十体という精霊を同時に召喚。私が知る限り全ての属性の精霊達が路地に溢れ出た。


「あ、ありえん……同時にこれだけ喚び出せるなんて……どんな魔力量なんだ」


 ジオさんが、さっきの私みたいに腰を抜かして尻餅をついていた。


「あはは、みんな久しぶり! あ、ちょっと、くすぐったいって!」


 久々に喚ばれて嬉しいのか、精霊達が私にじゃれついてくる。


「まさか……本当なのか」

「これ見ても信じられません?  こら、グリム! ほっぺた舐めないの!」

「いや……信じる。なあエリス、お前、仕事は何をしている」


 ジオさんが立ち上がって、まっすぐに私の目を見つめた。


「えっと……実は冒険者になりたくて帝都に来たのですけど、採用面接どこも落ちてしまって」


 つまり無職です! 恥ずかしい!


「ふん、冒険者なんて皆、上辺しか見ないアホばっかりだからな。エリス、提案がある」

「へ? 提案?」

「俺の工房で働かないか?」

「はい? 工房? なんのです?」


 私がそう聞くと ジオさんはにやりと笑って、こう言ったのだった。


「――の工房さ。お前のその精霊召喚の技術、俺が活かしてやる」



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