第5話 念動と無効者

 銀色たちは、まだぴくぴくと動いていた。ひとりはかろうじて手に残っていたボックスを壁に向け、呪縛から逃れようとしたが、その銀色の箱はいきなりさっと手を離れ、そのまま紺万太の右手に入った。

 ちちっと舌を鳴らすと、万太はその銀色をにらみつけた。

 まるで見えない巨人の手で粘土がこねまわされるように、壁はぐにゃりと波うち、銀色のひとりを飲み込んでしまった。霞玉丸には一瞬、渦巻く壁のなかから悲鳴を聞いた。その姿から玉丸はうっと目を背けた。

 そうやって、万太は次々と銀色たちを壁のなかに放り込み、全員を消してしまった。

「一生、壁のなかだな」 

 万太はそう言って、独特なかすれ声でひひひと笑った。笑い声は霞笑子の声ほど高くはなかったが、玉丸の耳には陰湿に響いた。万太はボックスをくしゃりと曲げると、床に捨てた。部屋にその金属音が反響する。

「少し……やりすぎたんじゃないかな?」

 玉丸はおそるおそる万太に尋ねた。

「なに言ってんだ。俺が助けなきゃ、おまえもっとひどい目に遭わされていたかも知れないんだぞ。耳に玉っころ入れられるぐらいならまだしも、下手すりゃ殺されていたかもだぜ?」

「だからって……」

 ここまですることはなかったんじゃないか、と玉丸は言いかけたが、万太がそれをさえぎった。目頭を押さえて、もういいというポーズ。

「相手がしかけてきたんだから、こっちはやりかえしたってことだけさ。よく聞け。おまえがもし誰かに殴られたら、殴り返すだろう? それだけのことだ。あいつらはこっちのルールを勉強して来なかったんだ。ただのバカどもさ」 

 玉丸は人を殴ったことはない。だが、殴られたことは数え切れないほどある。しかし、この場では黙っていた。

 紺万太には逆らえない。

 ……何たって、この少年はいわゆる“超能力者”と呼ばれる人間のひとりなのだ。

 銀色たちに手も触れず、見えない“ちから”で壁に埋め込んだのは、すべてこの少年の奇妙な能力によるものだ。彼は念じるだけで物を動かせる“念動”という才能を持った人種だった。

 紺万太がどうしてそんな能力を持っているのかは、玉丸は知らない。だが、見つめるだけで人を吹き飛ばせる人間に逆らうつもりはなかった。

 万太は普段その能力を、誰だろうと人に見せびらかしたりはしないのだが、霞玉丸とふたりきりのときはおかまいなしだ。逆に見てくださいと、と言わんばかりの最大限のエネルギー放出のオンパレード。かれが放課後に、郊外の廃車置場で車を壊すのを見たことがある。その能力は無尽蔵で、無遠慮だ。玉丸はその才能にどこまで限界があるのかいまのところ知らない。

 あまり知りたくもない。

 なぜなら、万太は性格的にサディスティックな部分がある。自分の能力で、人や動物をちくちくといたぶるのを隠れた趣味にしている。そんな風景もたびたび見たのだ。玉丸にそんな趣味はない。トラブルを避けて、大人しく平凡に生きていたいと思うタチだ。

 ……でも、いまは感謝だ。

「それにしても、どうしてここに?」

 なぜ、ここに紺万太がいるのかは分からなかったが、霞玉丸はかれが窮地を救ってくれたことに礼を言った。なぜこんなにタイミングよく来てくれたのか。玉丸には依然、この部屋がどこにあるのかもわからないのだ。

 万太は、さも当然といった風にあっけらかんと答えた。

「親友のピンチをほっとけねえだろ?」

「親友」

 ……その言葉は玉丸をわずかに動揺させる。にらみつけるだけで人を殺せる少年が、なぜ平凡な自分の親友なのだろう?

 紺万太はなぜか霞玉丸にだけは心を許しており、あけすけな態度で接してくる。それもなぜか分からない。二人の性格はまるで違う。いつかかれの機嫌を損なって、念動でいじめられるのではないかという小さな恐怖は感じていた。

 あまり考えたくないが、かれは念じるだけで人を傷つけられるのだし。

「それに……おまえは俺と違って、ニュートだからな」

 ニュートとは紺万太の造語で、“無効者(ニュートラル)”のことだ。

 玉丸は、万太からそのことばついて説明されたのを思い出した。

 紺万太の弁によれば、霞玉丸はまれに存在する無効者(ニュートラル)と呼ばれる存在らしく、超能力者のエネルギーを春風ほどに感じない人種なのだそうである。

 つまり、万太の念動は、玉丸だけには通じない。

 それも一種の超能力だと万太に聞いた覚えがあるが、銀色たちになすすべもなく蛙のように扱われた当人にとっては、あまりうれしくない言葉だ。その無効者ということばに、玉丸は自分の無力さもすべて表現されているような気もする。ひどく情けない。

「……助けてくれて、ありがとう」

 玉丸は自分をどこかみじめに感じながら、万太に向かって言った。

 万太はそれが聞こえなかったかのように、玉丸の言葉を無視した。かれは礼を言われたりするのが苦手だ。非社交的なのだ。しかし、万太がわざとらしく鼻をかいている様子を見ると、それがただの照れ隠しのように玉丸には見えた。

 二人はいつから親友だったのか?

 あまり覚えていない。あまり考えないようにしよう。どちらにしろ今は、混乱した頭で深く考えることは玉丸には難しかった。


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