第14話 宿題と徹夜
霞玉丸は家路に向かって一目散に帰った。途中、何度も後ろを振り向きながら。
辺りはすっかり暗く人影も少なかったため、たった15分程度の距離がマラソンコースのように感じた。
まだ玉丸の両親は帰宅していなかった。父親はいつも玉丸が眠り込んだ時間に戻ってくる。母親は夕方に一旦戻ってくるが、玉丸たちが帰宅する前に近所のコンビニの深夜パートに出かけてしまうのだ。
台所のテーブルには玉丸と笑子の夕飯が用意されていた。玉丸はひとりでそれを片づけてしまうと、食器を洗って自分の部屋(正確には、笑子との部屋だ)に入った。
玉丸の家は集合住宅なので、兄妹の部屋はあまり広いとは言えない。二段ベッドの上段に向かって鞄を放ると、とりあえず玉丸は宿題を片づけようと思った。部屋には机が一つしかなく、それを占領できるのは笑子が帰ってくるまでだからだ(笑子の勉強は長い。玉丸の目には、もたもたと同じことを何時間も続けているように見えるときがある。しかし、成績は笑子の方が良かったりする)。
今日の宿題は、こなすのに時間がかかった。しょっちゅう銀色たちの影が頭をよぎって、集中を乱された。
粘土をこねあげたような暗い部屋が、脳裏にたびたび浮かんだ。
紺万太はあの場所を「船」と呼んでいたが、玉丸はそこにさらわれたのをどうしても思い出せないのだった。眠っているうちに銀色たちはこの部屋に潜入して、玉丸と笑子を運び出したのだろうか?
どうして気づかなかったのだろう?
それよりも、“なぜ”自分と笑子だったのか。
自分は(考えると情けなくなるが)、たいした人間じゃない。紺万太の方がよっぽど観察に値する人間だ。何たって超能力者なんだから。勉強だって、自分はぜんぜん得意じゃない。嫌いな教科だって多いし、何より体育が嫌いだ。運動神経が欠けていて、チームを組まされた連中は玉丸がメンバーになった瞬間、負けを覚悟するくらいだ。
この集合住宅には玉丸の一家以外にもいくつかの家族の練がある。二軒となりの家の長男は確か、良い大学へ行ったそうだ。そっちの方が、人間として優秀だ、きっと。
なぜ、僕だったのか。
玉丸は部屋の天井を眺めて、自分がさらわれるシーンを考えてみた。まず「船」とやらがこの集合住宅の屋上に着陸するところを想像した。
どうにも想像しがたい。
「船」が円盤部の部室の壁の写真のような――空飛ぶ円盤だとして、それが夜中に自宅のうえに浮かんでいる“画”が見えない。この二段ベッドが占拠している狭い和室に、あの銀色たちは乗り込んできたのか。とても想像しがたい。
いつか見た(何てタイトルかは覚えていない)SF映画では、未来人を演じる俳優たちが光に包まれ、あちこちを移動するシーンがあった。
自分はあんな風に、船の中に(転送?)されてしまったのだろうか。
窓から北の公園側を望むと、向こうには同じような建物が並んでいる。遠くから見たら、玉丸の部屋なんてどれか分からないだろう。銀色たちはルーレットでも使って、僕たちをランダムに選び出したのだろうか? ルーレットのマス目はいくつもあって、実は他の誰でも良かったのかも知れない。……その中から自分と笑子がわざわざ選び出されたなんて、なんて運が悪いのだろうと玉丸は思った。自然と目に涙が浮かぶ。
「また会おう」
峠三三の話では、宇宙人に誘拐されたスミス夫婦は奇妙な手術を受けたあと、そう言われたそうだ。夫婦が感じたであろう恐怖が、玉丸には痛いほど分かった。
玉丸をさらった連中は奇妙な針を刺そうとしたが、すんでのところで紺万太に邪魔されてしまった。万太は容赦なくかれらを壁に埋め込んだ。玉丸は一瞬だけ銀色たちの不幸に同情した……が、すぐさま思い返した。
「人を勝手にさらっておいて、そのうえ針を刺すようなひどい事をしようとしたんだ。僕はがんじがらめで動けなかった。万太の超能力で壁に埋め込まれたのは災難だと思うけど、かれらが僕にしたことを考えれば当然の報いかも。そう決まってる」
……考えがぐるぐる回り、収拾がつかない。
そのうち笑子が帰って来た。玉丸は涙を拭くと、笑子が風呂に湯を張り(笑子の役割なのだ)、夕食を片づける音を聞きながら「あの銀色たちは、また現れるんだろうか?」と、またくよくよ思った。
「あの銀色たちにも仲間がいるはずだ。身内が壁に埋め込まれたのを知って、かれらはどう思うだろうか? 僕がやったとは思わないにしろ、犯人を探すだろうか……」
考えがぐるぐる回る。
「もしかしたら、仕返しを考えるかも知れない」
何となく寝る時間になっても、玉丸は布団に入る気にはならなかった。笑子は宿題を済ますとさっさと寝てしまっていた。寝るまぎわに「玉ちゃん、まだ宇宙人のこと気にしてるの?しつこいわね。きゃははは……」と、笑い残して。
「うるさいな」
玉丸はヘッドホンで音楽を聞きながら、なげやりに答えた。
玉丸は今夜、一睡もしないことに決めていた。理由はまた銀色たちがさらいに来るかも知れないと思ったからだ。もちろんかれらが二度と現れない可能性だってある。そうあって欲しいと思った。
もし銀色たちが壁にどうやって仲間が埋め込まれたかを知りたければ、紺万太に直接尋ねて欲しいと思った。万太に対する心配は微塵も考えなかった。あの少年に恐いモノがあるのか疑問だったし、銀色たちが万太の前に現れた瞬間、あの少年はまたケタケタと笑いながら、かれらを吹っ飛ばすだけだろう。
「自分にもあんな力があったらなあ……」
玉丸は思った。また銀色たちにさらわれても、紺万太が助けてくれるだろうか? いや、万太は面倒くさがりだから、次は玉丸の相手なんかしないかも知れない……。
「玉ちゃん、灯りがまぶしいから、さっさと布団に入ってよ。あたし眠れないじゃない」
笑子が布団のなかから言った。
「……それと、暑いんだから窓を閉めっぱなしにしないでよね。網戸にすりゃいいじゃない、誰かが入ってくるとでも思ってるの?」
「うるさいなぁ、早く寝ろよ」
玉丸はぶつぶつ呟きながらベッドに登った。布団に入ると、朝まで寝ないぞと考えた。しかし、ここ数日やけに寝不足気味なことと、一日中あの銀色たちのことを考え続けた疲労で、玉丸は瞼が重くなるのを感じた。眠るまいと考えるほど、意識がぼんやりする。
そのうち……
そして、霞玉丸は再びさらわれた。
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