第6話 記憶の消失

「あははは……! おっはよー。玉ちゃん!」

 先に家をでたつもりだったが、霞玉丸は妹の霞笑子に追いつかれてしまった。

 玉丸の両親は、家を早朝に出発する。玉丸が起きたときに用意されている朝食は双子といえど、ともに食べないことが多い。目覚めたときの気分は最悪で、朝から笑子のあのキンキン響く笑い声を玉丸は聞きたくはなかった。

「何急いでるのよ。学校にはまだまだ間に合うじゃない。あははは……!」

「やめてくれ、笑子。くっつくなよ。人が見たら誤解するだろう。はなれろったら」

 玉丸はおぶさってきた笑子をひきはがして、追いつかれまいと歩みを早めた。

「バッカねー。何照れてんのー。兄妹なのにー! それも双子よー!」

 笑子の声――特に笑い声は朝の街にいやがうえにも響く。

 鶏が耳元で声を張り上げてるイメージが玉丸の脳裏によぎった。

「いいからはなれてろよ。頭が痛いんだ」

「頭痛~? どうして? 夜遅くまで何してたの? 勉強? ンなわきゃないよね。どうせ変なこと……もしかして、ひとりでエッチなことしてたんだ。きゃーはっはっは!」

「バカ! そんなデカい声出すな。何言ってんだよ。……そういえば、覚えてないのか?」

 銀色たちを……。

 玉丸の脳裏に昨晩のことがフラッシュバックする。

 途端に恐怖がわき上がってきた。両足がすくんで歩けなくなった。急に立ち止まった玉丸を、不思議そうに笑子が見上げる。 

「どうしたの?」笑子が不安そうに玉丸の顔を覗きこむ。

 どうして、いままで思い出さなかったんだろう?

 今朝目覚めたときの気分は最悪で、数晩徹夜したかのように寝不足気味だった。頭はガンガンと割れそうに痛んでおり、何かを考えられる状態ではなかったのだ。

「なにー? 昨日のことって」

「銀色の……あの連中のことだよ。そうだ。おまえ耳、何ともないのかよ」

「ぎんいろぉ?」

 玉丸は、笑子の耳のなかを見た。一見、何の変哲も見られない。あんな大きな針が突き刺さったのに、その痕はどこにもない。玉丸は笑子の両方の耳をつかんで、さらに奥を念入りに調べた。

「きゃーははは。やだ。感じちゃう」

 笑子はのけぞるように笑い、上機嫌だ。耳には何も残っていなかった。

 妹にもう一度、昨晩の出来事を思い出すように玉丸はたずねたが、笑子自身は銀色の異様な存在を――、一度見たら忘れられない不気味な目を持った姿を思い出すことはなかった。

 それどころか……

「夢でも見たのね、玉ちゃん。UFOや宇宙人が好きなのはいいけど、オカルト好きって度が過ぎると嫌われちゃうのよ。変なビデオばかり観て夜更かしするのは、やめた方がいいわね。あははは……」なんてことを言い残して、さっさと自分一人で学校に向かってしまった。

「なぜだ? どうして覚えていないんだ……?」

 呆然としてその場にたたずんだ玉丸は、自分の腕と足首を確認した。玉丸はそこに、わずかに黒ずんだアザを見つけた。紛れもなく昨日の夜についた痕だ。

「笑子には傷が残ってはいないのに、どうして僕にはこんなにくっきりと……?」

 通学の土手には玉丸と同じように、学校へ向かう生徒もちらほらいた。何人かの通勤途中のサラリーマンもいた。ほとんどがスマホを眺めている。土手は長く、自動車が来る心配がないからだ。

 玉丸のそばをひとりのサラリーマンが通りすぎ、カラフルなスポーツ新聞の印象的な見出しが目に入った。

「UFO出現!」

 赤く塗られた大きな文字が、新聞の一面を飾っている。どうやら昨晩、玉丸の街の上空を未確認の飛行物体が、多数の人物に目撃されたらしい。

 玉丸自身はUFOの記事に興味があるわけではないのだが、自分が何やら不吉な事件に巻き込まれつつあるという漠然とした不安を感じた。

 自分の身に起こったことを誰かに知らせたい。

 そんな冷たい義務感が、玉丸の胸のうちに沸き上がっていた。

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