第3話 快楽と苦痛

「あーはっはっは! やめてやめて。昨日、耳掃除したばかりなんだから、もう残ってないわよ。勘弁して」

 銀色たちのひとりは、何と警棒ほどの大きさの銀色の針を、笑子の左耳がまるでドアの鍵であるかのようにぐいぐいと差し込み始めた。

 笑子自身はあんなに大きな長い針を耳に突き刺されても、苦痛を感じてはいないようだ。むしろ足をくすぐられているかのように、身もだえして喜んでいるかのように見える。

 その姿に玉丸はぞっとしつつも、どこか納得していた。

 笑子はいわゆる“痛み”というものを、“快感”に感じる珍しい人間だった。

 双子の兄である霞玉丸がそれに気づいたのはずいぶん昔のことだが、彼女は自分を痛めつけることで性的に近い快感を覚えるのだった。

 本人はその衝動を両親には隠しているようだったが、小学生の頃は笑子が部屋の隅でくすくすと微笑みながら、自分の手の甲にコンパスの針をちくちく刺しているのを、玉丸はよく目撃したものだった。

 双子とはいえ玉丸自身にはそんなマゾヒスティックな感覚は、少しも理解できない。妹に感じる距離感の原因のひとつがそれだと思っている。玉丸はそんな衝動を自分の妹が持っていることに少なからず嫌悪感を持っていたが、本人がそれを隠そうとしているのを知っている以上、笑子を責める気はなかった。むしろ玉丸は、銀色たちが針を笑子に差し込んでいるのが、まるで自分のことであるかのように顔をしかめた。

「あーはっはっは! やめてやめて」

 銀色の一人が、かくかくと動く笑子の顎を押さえた。銀色たちの表情からは分からないが、彼らは笑子の反応を少し意外に思っているようだ。それでもなお、笑子の震えは止まらない。彼女のその笑いは土くれの部屋に響きわたった。

 そしてとうとう笑い疲れた笑子が息を切らしたと同時に、銀色の針が抜き取られた。そこに針先の球は残っていなかった。まるで球だけが笑子の脳に残されてしまったかのようだ。……実際、残されてしまったのだろう。何てことだ。

 そこでようやく銀色たちが、玉丸に一斉に目を向けた。

 途端に洪水のような不安が玉丸に襲いかかってきた。笑子は安らかな寝顔を見せて、銀色たちの一人に抱えられ光の外の闇へ消えた。残った銀色たちは玉丸へ向かって、ゆるりゆるりと歩調を合わせて近づいてくる。

 銀色たちのひとりが、球のついた針をどこからか再び取り出した。

 ひとりが手帳ほどの大きさのボックスを壁に向けると、突然、玉丸の呪縛はわずかに軽くなった。腕や足を固定していた土の固まりが生き物のように壁に消えた。すぽんという音とともに壁より離れた玉丸は、倒れ込むなり一気に銀色たちから逃げようとしたが……力が吸い取られたかのように、その場にうずくまってしまった。あおぎ見ると、銀色のひとりが先ほどのボックスを玉丸に向けている。

 体のいうことがまるできかない。あのボックスは壁を操作できるだけでなく、玉丸の力を吸い取ってしまうことも出来るのだ。

 玉丸はなすすべもなく銀色たちに囲まれた。ひとりが玉丸の足を持ち、もうひとりが両手を抱えて持ち上げると、笑子が寝かされていたベッドへと乱暴に玉丸を放り出した。銀色たちの手はひんやりとしており、まるで両生類に触られているかのようで、玉丸はその不快な感触に怖気を感じた。見かけとは違って、ベッドは硬かった。放り投げられたときに打った鼻がつーんと痛む。どうやら鼻血が出ているようだ。

「かえるのようだ……いまの僕は蛙だ。こいつらは僕をまるで蛙か何かのように寝かせて、残酷な実験を試そうとしているんだ!」

 玉丸の脳裏に、かつてテレビドラマで見た蛙の実験の様子がよぎった。

 蛙は汚れた木の板に電極のついた針で手足を刺され、仰向けになった状態で固定されていた。そして薄笑いを浮かべた子どもらが大きなメスを取り出し、一気に蛙の腹を……。

 玉丸はこんなひどい屈辱は初めてだと思った。先ほどまでの冷や汗が嘘だったみたいに、いまや怒涛のような恐怖が全身の血管を流れている。

 あのテレビドラマでは蛙はどうなったか。確か、切り裂かれた腹から飛び出した内臓に子どもたちが電極をぶすぶすと突き刺していた……。

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