第4話 親友の登場

「助けて! 助けて!」

 玉丸は泣き叫んで暴れた。

 ――と、自分ではそんな感覚があったのだが、実際には玉丸自身は微動だにしていなかった。口からは声の一つも出ない。恐怖のせいだ。

 頬が濡れている感触はわかる。銀色たちに乱暴にベッドへ固定されて、玉丸はあまりの恐怖で全身がすくんでしまったのだ。その涙はいつの間にか自然に流れた。思えば双子の妹、笑子があんなに笑い転げていたのが不思議に思える。あれは妹なりの恐怖への対応だったのかも知れない。

 笑子はどこに連れていかれてしまったのだろう?

 関係がぎこちない双子とはいえ、たったひとりの妹だ。心配で目まいがする。

 玉丸はどうにか逃げ出すことができないかじたばたともがいたが、無駄なあがきにすぎなかった。玉丸の四肢はしっかりと、ベッドより飛び出た土くれで固定されていたからだ。

 銀色のひとりが、何やら仲間に意味不明な言葉でぶつぶつ言うと、笑子に突き刺した針と同じ物を取り出した。銀色たちの目が一斉に玉丸に向けられた。玉丸は銀色たちのうつろな黒い眼球から何の表情も見抜けなかった。しかし、全員がこの状況を楽しんでいるらしいことは、玉丸には何となくわかった。意思疎通が出来なくても、悪意のようなものが伝わってきた。ときおりのぞくかれらの口元は、普通の人間よりもサイズが小さかったが、何となくせせら笑っているように見えた。針は玉丸の耳へとじわじわと近づいてくる……。

「やめて! 僕は蛙じゃない。そんなもの刺されたら死んじゃうに決まってるだろう!」

 玉丸は必死に叫んだつもりだったが、相変わらず口がぱくぱくと動いただけで、実際の声は銀色たちに届いてはいないようだった。

 喉はどうやら恐怖で渇いてしまっていた。冷や汗を流し続けて、体内から水分が無くなってしまったかのようだ。ざらざらした舌が、ときどき歯に当たるのが感じられた。声を絞りだそうにも肺は締め付けられているかのように苦しかった。

「もう駄目だ……」

 玉丸はあきらめを心の奥底で感じたが、体は最後まで抵抗をやめないようとしないようだった。意志とは裏腹に、腕と脚は自然にじたばたと動いた。手首はまるで金属のような土くれですり切れ、足首からもどうやら血がでているようだったが、もがきは止まらなかった。

「……めて。や……めてくれ」 

 玉丸はまるで心臓にショックを受けたかのように、体をのけぞらせて拘束に抵抗した。唯一自由である首を体から外れんばかりに伸ばし、頭をぐるぐると動かすことで、何とか銀色の針が耳に近づくのに逆らった。

 視界はぐるぐると回転した。銀色のひとりが無表情のまま、玉丸の頭をむんずと押さえつけた。気持ちの悪い冷たい手が、玉丸の肌に感じられた。

 そのとき銀色たちとは違う影が、視野にひとり増えていることに玉丸は気づいた。

「誰かが……いる?」

 途端に、玉丸のそばに近づいていた針がくにゃりと、まるで毛虫のように曲がり、……そして折れた。

 針は軽い金属音を立てて床に落ちた。

 闖入者が指を鳴らした。ひとりの銀色が次の瞬間、壁に向かって吹っ飛んだ。まるで一瞬の突風がさっと吹き飛ばしたかのように、玉丸には見えた。その銀色は頭を床に向けて壁にめりこんでしまった。そのままバキバキと音をたてて埋もれていく。壁があたかも餌を飲み込んでいくように見えた。

 ここまでわずか数秒の出来事だった。

 残った銀色たちが闖入者に対し行動を起こそうとしても手遅れだった。再び指の音が鳴ると、二人の銀色はいきなり宙を舞い、一瞬のうちにもう一方の壁の一部となってしまった。

 玉丸の四肢を拘束していた土くれが、まるで砂のようにはじけると同時に、玉丸は“影”に助け起こされて起き上がった。体中の関節はぎりぎりと痛み、頭痛が復活してきた。強烈な立ち眩みに襲われてから、しばらくして玉丸は両足を床に付けた。

「もういないのか? つまんねえな」

 玉丸はそこに、学生服の少年が立っているのを見つけた(学生服のホックとボタンはすべて外れていた)。その表情には凶暴な笑みが広がっている。少年は肩までの髪をかき上げると、肩を回した。

 少年は、霞玉丸と同じクラスメイトの紺万太(こんまんた)だった。

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