第20話 頭のネジ
「……情けねえなあ、玉丸は」
目覚めると、そんな声が聞こえた。
まず見えたのは保健室の天井だった。ずきずきする頭を抱えてようやく起きあがると、自分がジャージ姿のままであることに気づいた。なぜか右手には、一本のかわいらしい小さな花を握りしめていた。
太陽はぎらぎら光っており、窓から差し込む光がまぶしい。
「……ああ、そういえば体育の時限だったっけ」と玉丸は思った。
競技中、うっかりしていた玉丸は、予期せず飛んできたバスケットボールを顔面で受け取ってしまったのだ。
あのボールは誰が投げたんだろう? 誰だか知らないがそのせいで、よりによって授業中に気絶するという醜態をさらしてしまったのだ。ただでさえ自分は普段から、目立たない生活をしているのに、校庭で倒れ込んでしまったなんて……恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
「せっかく俺がパスしてやったのに、顔面で受ける奴があるか」万太が言った。
「……おまえかよ」
何だ、やっぱり紺万太の仕業だったのか。
玉丸は頭をぽりぽりかいた。髪にも砂がいくらか混じっていた。左のポケットには柔らかな土さえも入っていた。
同じクラスの万太は、玉丸と同じチームになると必ずボールをパスしてくれたりする。もっと分かりやすく投げてくれれば、シュートできないまでも、ちゃんとキャッチすることぐらいは出来たのに……玉丸は痛む頭で思った。
「貴重なシュートチャンスをやったのに……何ボーッとしてたんだよ」
「……考えごとをしてたんだよ」
「何だ、そりゃ。試合中に何をボケてんだよ。しっかりしろ」
万太は玉丸の頭をこつこつと叩いた。時計の歯車の調子を調べる感じだ。
「……そうだよな。ごめん」
「俺が放ったボールだったから心配したけど、どうやら何事もないようだな。いつもの普通の玉丸だ。安心したぜ」
「心配してくれたのか? 悪いな」
「ここに来たのはついでだよ。職員室にプリントを届けるついでだったんだ。もう昼休みが終わるから、教室に戻るぜ」
「え? 午後は早退するんじゃなかったっけ?」
ふと、そんな考えが頭によぎった。
万太はきょとんとした。
「何でだよ。何で俺が、午後早退するんだ? 俺はどこも気分は悪かないぜ」
「え? あ、そうだった。何で早退すると思ったんだろう?」
「変なやつだなあ。ボールにぶつかって、どこか頭のネジが外れたんじゃないか?」
「確かに、どうもスッキリしない。でも、……それにしてもおまえが、先生にプリントを届けるなんて優しいところもあったんだな」
「委員長だからな」
万太は今のセリフに少しむっとしたようだった。誰しも学生は、自分が先生の言いなりになっているとは思われたくはないものだ。
「早く着替えろよ」
そう言い残して、万太は保健室を去っていった。
残された玉丸は、何となく万太の姿がいつもと違うような気がした。
(万太が委員長? そうだったっけ……。)
心と体がズレているような……そんな違和感を感じる。普段、来ることのない保健室にいるからだろうか?
バスケットボールを顔面で受けて気絶してしまったことで、どうやら本当に頭のネジがはずれてしまったのかも知れないぞ――。
いつの間にか右手に小さな花を握りしめていたことも、そんな不安を増した。
「どうして、こんなものを持っていたんだろう?」
校庭にこんなきれいな花が咲いていたとは思わなかったが、まさか試合中に引っこ抜いたのか? ベッド脇に花瓶があったので、玉丸はそのなかに右手の花をさした。
(花言葉は“私を忘れないで”っていうのよ。)
突然、そんな声が頭に思い浮かんだ。
「……何だ?」
その声は花瓶の花から聞こえてきた気がした。そんなバカな、と思った玉丸はベッドに残った砂を払うと、保健室を出た。
「もうすぐ昼休みが終わる。いそいで着替えなきゃ」
そう思った。
放課後、玉丸は急いで教室を出て、渡り廊下を超えて別校舎に向かった。玉丸は最上階の「円盤部」の部室に向かった。
狭く暗い部屋の四方には(窓を含めて)いわゆる「UFO写真」が、これでもかと貼られている。
狭い部屋でパソコンを食い入るように見つめる小太りの少年と、がたつく机に腰かけた少年を見つけた玉丸は、鞄を床に置いた。
小太りの少年の名前は円点吉(つぶら てんきち)。
細面の優しげな顔の少年は峠三三(とうげ さんぞう)。
二人とも「円盤部」の部員だ。三三は自分で撮ったポラロイド写真を、楽しそうにアルバムに差し込んでいる。点吉は玉丸の登場を気にする様子もなく、モニタを見つめたままだ。
モニタに映っているのは、点吉が何週間か前に、自分で作りあげた画像解析ソフトだ。このソフトを使えば、UFOが映っている写真から“異常”を発見できるのだそうな。UFOは飛行するとき空気中の電磁波をかき乱すらしく、このソフトを使えば、その“波”を発見できるという。UFO写真の真偽を見分けられるということだった。
モニタの黒と灰色のモザイクはやがて青から赤へのグラデーションになり、黄色い線が円盤の形を作ると、点吉が長い溜息をついた。
「どう、本物だった?」
点吉はなにやらもぐもぐとモニタを見つめながら口を動かして、玉には聞こえない声で答えた。
「……可能性は……光源が……なのだ。」何を言ってるか、さっぱり理解できなかったが、玉丸は適当にあいづちを打った。
「ずいぶん急いで部室にやって来たようだけど、何かあったのかい?」
三三が言った。
「えーと……」
そういえばなぜかは分からないが、玉丸は全力でこの部室に来たのだった。いまも顔には汗が伝っている。
「え? いや別に。……何でもないんだ。どうしてだろう? 何か、みんなに言いたいことがああったのかも知れないけど、忘れちゃった……ははは」
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