第21話 ひとりっ子
「ふーん?」
峠三三はにっこり微笑むと自分の作業に戻った。
玉丸は壁の本棚から、適当に何冊かマンガを取り出すと、それを読みふけることで時間を過ごした。もともと玉丸は「円盤部」の部活動にそれほど興味を持ってない。幼なじみである三三から「部員が足りないと廃部になる」と聞いて、その穴埋めに参加したに過ぎない。矢河原中学では誰もがクラブ活動を義務づけられていたが、玉丸自身は他に入りたいクラブもなかったので、それは都合が良かったのだ。
「円盤部」といっても、そのクラブ活動はたいしたものではなく、UFOに関する書物を読んだり、たまにUFO写真を河原に撮りに行ったりと、そんなユルい部活なのである。
玉丸は日が暮れるのを待つと、三三と連れだって学校を出た。帰り道が途中まで同じということもあって、二人は帰り道の土手をいっしょに歩いた。
「何か浮かない顔をしてるね」三三が言った。
三三は物腰おだやかで、常に周囲を気にかける優しい性格。その性格ゆえクラスの誰からも好かれており、成績も優秀だから先生ウケもいい。
「……別に体調が悪いわけじゃないよ。峠くんは僕が体育の授業で倒れたのを知ってるだろう?」
「ああ~、しばらくクラスのみんなの話題だったよ。大丈夫だったかい?」
三三はくすくす笑った。
玉丸の顔は赤くなった。クラスで、いまや玉丸が気絶したことを知らない人間はいないらしい。この噂は当分続くのだろうか? 人の噂は七十五日って聞いたことがあるけど、そんなに続くのはたまらない。
「頭は平気さ。痛みさえないんだけど、それよりも気になることがあって、保健室で目が覚めてから何か変なんだ」
「変って?」
三三はにこにこ微笑みながら、玉丸の顔を見ている。でも、真剣だ。三三はいつも誰に対しても、真摯に相手をする。女子に人気があるのも頷ける。玉丸はそんな三三を普段からうらやましく思っている。
「うまく言えないんだけど……自分の感覚が、微妙にズレてるような……そんな気がするんだ」
「ズレてる?」
「例えば、鏡の自分と向かい合って、それが自分の顔じゃないような。本当の自分じゃないような……そんな不思議な気分がする。三三くん、僕の言ってること分かる?」
「分かるような、分からないような……」
「どうも、うまく言えないや」
「それは気絶してからかい? 病院に行った方がいいかも知れないよ。モノの見え方が変わるという病気があると、聞いたことがある。脳にガツンときたのかもね。それはちょっと心配だな」
「い、いや頭は大丈夫なんだよ! 全然、平気さ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、やっぱり何かが違うって気がする。……ね? 僕はひとりっ子だったよね」
「な、何だい? 薮から棒に。玉丸くんは確かに、ひとりっ子だよ。僕らは小学生の頃からの幼なじみじゃないか。それとも僕の知らない、きょうだいがいるのかい?」
「い、いや。なぜだか分からないんだけど、僕って、ひとりっ子だったっけ……なんて疑問が浮かぶんだ。保健室で起きてから、ずっと自分が自分じゃないような気がするし、忘れちゃいけない人がいたのに、いつの間にかその人を思い出さなくなっちゃったような悲しい感じ。そんなことってない?」
「いちど本当に、医者に診てもらった方がいいかも知れないよ」
三三は心配そうに玉丸を覗き込んだ。
三三と別れ帰宅すると、父親はまだだったが、母親が夕食の用意をしていた。台所には包丁がまな板を打つ音が響いている。
「え? どうして母さんがいるの?」
「あら、おかえり。何よ、ごあいさつね。自分の家にいちゃ、悪いって言うの?」
「あ、ごめん。そういう訳じゃないんだ。パートはどうしたの?」
「パートって何よ?」
「え? 母さん、夜のコンビニに……あ、そうだね。僕は、なに言ってんだろう?そうだそうだ。母さんは、ずっと家にいるよね」
「おかしな子ね。当たり前でしょ。そう言えば、さっき学校の先生から連絡があったわよ。玉丸、あんたったら、今日学校で気絶したんだそうね」
そう言って母親は玉丸の額に手をあてた。熱でもあるんじゃないかといぶかっている様子だ。
「どこか強く、打ったんじゃない?」
その顔は心底、玉丸を心配しているようだ。
「ど、どこも悪くないよ。母さんと会ったのが久しぶりだな~って思っただけさ」
「なに言ってんの。毎朝顔を会わせるのに……さ、ごはん出来てるから、片づけちゃって。作りすぎちゃったわ」
「うん。いただきます」
夕食を食べながら、玉丸は考えた。
……今日の僕は、バスケットボールにぶつかってから変だぞ。
本当に頭の打ち所が悪かったのかな? 保健室では、いつの間にか花を握っていたり、万太が午後に出かけると思ったり。それにどうして母さんが、夜のコンビニに働きに行くと思ったんだ?
他にも大切なことがあったような気がするけど、どうも思い出せない。峠くんに言ったセリフじゃないけど、自分が本当の自分じゃないような気味悪い感覚が、ずっとずっと続いている。
……この感じが続くのは、ちょっとシャレにならないな。
「母さん」玉丸は母親の背中に声かけた。
「どうしたの?」
「僕ってもしかして、双子だったってことない?」
母親は眉根を寄せて、まじまじと玉丸を見つめた。目には完全な不安が宿っている。
「あんた、本当に大丈夫?」
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