第9話 円盤部

 授業が終わると、霞玉丸は急いで教室を飛び出し、渡り廊下を超えて別校舎に向かった。

 その校舎は、放課後のクラブ活動を行う者だけのために、各部室に分かれているみすぼらしい木造校舎だった。玉丸は最上階にのぼると、次第に暗くなる廊下を走り抜け、「円盤部」と掲げられた部室へ向かった。

 きしむ扉を開けると、玉丸は円盤部の部室へ入った。

 部屋の壁には、ありとあらゆる角度からの「円盤」の写真が、これでもかと貼られている。写真はオカルト雑誌から切り取られたものがほとんどだが、ただでさえ西日しかささない部室の壁を埋め尽くすそれらが、空間の雰囲気を異様に仕立てていた。一方の壁には巨大な本棚があり、「世紀末は語る」「我々は地球人ではない」等のうさんくさいタイトルの本ばかりが、平積みでぎゅうぎゅうと押し込まれている。

 数少ない机に置かれた、少し古めのパソコンの画面を食い入るように見つめる小太りの少年と、そのそばに腰かけた細面の少年を見つけた霞玉丸は、かすかにうなづいて挨拶すると、鞄を床の隅に無造作に追いやった。

 玉丸はこの円盤部の部員なのだ。

 「円盤」とは木工作業で使う円盤のことではない。「空飛ぶ円盤」のことだ。

 世の超常現象や怪奇な事件を調べたり、オカルト情報を集めるクラブ活動なのだ。(玉丸自身はオカルトにあまり興味がないのだが、なぜこの部に入ることになったかは後述しよう。)

 玉丸が参上しただけで、ただでさえ狭い部屋は、もう人が入るスペースがほとんど無くなってしまった。はやる気持ちをおさえて玉丸は、足が一つしかない椅子を引き寄せた。

 少し太り気味の少年の名前は、円点吉(つぶらてんきち)。

 その隣は、玉丸の幼なじみの峠三三(とうげさんぞう)だ。

 小太りの少年は玉丸の登場をまるで気にする様子もなく、黙々とパソコンのモニタを見つめている。両手はキーボード上でせわしなくカチャカチャと動き続けている。モニタに映っているのは、玉丸には理解できない黒と灰色のモザイクだ。

 「最新のUFO写真なんだ。いま点吉くんは、それが本物かどうかを確かめてる」

 峠三三は、物腰柔らかく玉丸に話しかけてにっこり笑った。

 モニターの黒と灰色のモザイクはやがて青から赤へのグラデーションに分けたモザイクになり、黄色に近い線が円盤の形を作った。点吉はパソコンに詳しく、自分で画像解析のプログラムを書いたらしい。しかし、そのソフトの使い方は点吉にしか分からず、玉丸の目にはモニタ上で何が起こっているか分からない。

 小太りの少年が長い溜息をついた。

「どういうことなの?」

 玉丸は、点吉に言った。

「……可能性は……光源が……なのだ」

 点吉はなにやらもぐもぐと口を動かした。玉丸は点吉が何を言わんとしているのか分からなかったし、問い質してもきっと答えの意味は分かるまいと、適当にあいづちを打った。

 それよりも玉丸の頭の中は、昨晩の信じがたい出来事をいかに二人に伝えるかでいっぱいだった。

「しかし、どう切り出せばいいんだろう?」

 問題はそこだった。玉丸が真っ先に円盤部へ来たのは理由があった。

 本棚に並ぶ奇々怪々な本たちが示すように、円盤部の部員である三三と点吉は、普段からいわゆる「超常現象」と呼ばれるものに深い興味を持っている。

 玉丸が昨晩体験したことは、かなり奇妙な出来事だ。

 「銀色のスーツを着た変な生き物たちにさらわれた」という話をいきなり話したところで、普通の人はどう対処していいかは分からないだろうが、少なくともこの二人は何らかの興味を持ってくれるに違いない。

 玉丸にとって昨晩の出来事は、思い出すのが不快でたまらないくらいなのだが、この二人なら玉丸を襲った現象に対して、何らかの答えを出してくれるはずだ。 

 玉丸はそんな希望を抱いていた。

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