第10話 心臓の鼓動

「ずいぶん急いで部室にやってきたようだけど、何かあったの?」

 霞玉丸に助け船を出してくれたのは、峠三三だった。

 峠三三は「円盤部」の部長であり、玉丸の良き相談相手だった。今でこそクラスは違うが、小学生の頃は同じクラスメイトだったこともあり、二人はよく遊んだものだった。 

 三三は玉丸と同じ年齢であるにも関わらず、かなり年上に感じることが多々あった。見かけこそやせぎすだが、落ちついた雰囲気といい、人に対する優しげな態度といい、玉丸は自身と比べてどこか差を感じていた。実際に三三はクラスの委員長を努めるなど、みんなから尊敬されてて成績もいい。背筋もしゃんとしてて物腰も柔らか。女子にも人気があるみたいだ。他人に相手にされない霞玉丸とはかなり違う存在だ。

「また、玉丸かよ」

 どこかでそんな声が聞こえた。

 玉丸は、三三の視線にたじろいでしまった。

「そう……そうなんだ……僕は」

 しどろもどろになって、うまく喋れなかった。何をどこから、どうやって話せばいいのか思いつかない。

「実は……昨日、万太が……」これでは、点吉と同じだ。

 玉丸は自身の意志とは裏腹に、口がぱくぱくと声を出さずに勝手に動いているのを感じた。心臓の鼓動も高鳴ってきた。

「紺君がどうかしたのかい?」

 玉丸の耳に、心臓のかもしだすメロディがガンガンと響いた。玉丸は緊張に弱い。そんな自分が嫌になる。

「実は、夜に……」

「ふんふん」

 玉丸のとぎれとぎれの言葉にも、三三は落ち着いていて優しげだ。三三とはかなり長い付き合いで、いわば幼なじみ。しかし、玉丸は時どき三三に女性的なオーラのようなものを感じることがあって、どぎまぎすることがあった。それくらい大人びているのだ。

 玉丸が「円盤部」に入部したのは、ごく最近のことだ。三三から部員が足りず廃部の憂き目に遭っていると聞かされて、“最低三人そろえば部が存続できるんだよね……”と持ちかけられ、玉丸は三三のその優しげな瞳に抵抗できず、思わず入部してしまったのだ。オカルトなんて全く興味がないのに。

「僕は……さらわれて……その」

「紺君にさらわれたのかい? きみたち二人は仲がいいもんね」

 三三はくすくすと笑っている。

 玉丸は机の隅に置かれた、誰が飲んだかわからない紙コップの残りを飲み干した。

「そ、それ……僕の」点吉がぼそっと呟いた。

 玉丸は少し咳込むと続けた。

「僕を……さらったのは銀色の変な連中なんだ。そいつらどう見ても人間と思えない格好……そんなやつらが、何人も僕を取り囲んでいたんだ。全身が銀色で……目が、頭がやたらでっかいんだ。その目は真っ黒だった!」

「銀色?」

「そう……そうなんだよ!」

 やっと玉丸はまともに喋り出せた。ダムは蟻が開けたほどの穴からも決壊する。ようやく声が氾濫した感じだ。頭では伝えたいことがまとまってはいなかったが、うわずりながらも口は動いた。

「銀色の連中は……僕を壁に埋め込んでいたんだ。そして、笑子に変な手術をししたんだ……笑子にだよ。笑子はいつもの調子で、けたけた笑っていたんだけど」

「笑子ちゃんもさらわれたのかい?」

 三三の目は、わずかに見開かれたように見える。

「そうなんだ。変な針を笑子の耳に刺し込んだんだよ。大きなやつでさ。先にパチンコ玉のようなものがついてたんだ……」

 三三の目は次に細まった。このハナシをうさんくさがってきているな、と玉丸は感じた。

「笑子が終わると、僕の番になったんだ。僕は逃げ出そうとしたんだけど、逃げられなかったんだ……そこに万太が」

 三三の眉根が深くなった。

「紺くんが、どうしたの?」

「いや……」

「いや?」

 マズい。もっと整理して話すべきだった。

 このままハナシを展開させると、紺万太を登場させなければならない。当然ながら、万太が“超能力”であの銀色たちを退治したことも話さねばならない。

 万太のちからは、玉丸と万太だけの秘密だった。

 いつしか玉丸はうっかりそのことを誰かに話そうとしてしまったときがあったが、そのとき万太より鼻へ強烈なパンチを喰らわされたのだ。“あれ”は二度とごめんだ。

「えっと、その……つまり、あの」

 しどろもどろになっている玉丸の背後にある扉が、いきなり派手な音を立てて開いた。

「あははは……!」

 玉丸の背後から、聞き慣れた笑い声が響いた。




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