第11話 万太のジレンマ
「あははは! 玉ちゃんたら、またその話してるの? 懲りないわね~」霞笑子だ。
「また?」
峠三三は突然、部室に入り込んできた笑子に尋ねた。
三三は、霞玉丸と笑子が双子なのを知っており、妹である笑子との付き合いも玉丸と同じように長い。笑子はただでさえ狭い部屋に玉丸を押しのけて侵入すると、三三の隣に割り込んだ。
「そうなの。朝から大変だったのよ~。玉ちゃんたらさあ~、僕は銀色の変な連中にさらわれた~! とか言って……あははは! 困っちゃうよね、新聞記事やSNSに影響されやすい人って」
「違う! スポーツ新聞の記事のハナシなんかしてない」
玉丸は声を荒げて否定したが、笑子は聞く耳持たずといった感じ。
「……それにね。さらわれた連中にあたしも入ってたらしいのよ。あたしの耳に銀色の人たちが、針か何か差し込んだらしいわ。……そう言って、玉ちゃんたらあたしの耳を今朝、必死にのぞき込んできたのよ、笑っちゃうよねー。きゃははは!」
「うるさい。何でおまえがこんな処にいるんだ。部員じゃない奴は出てけ!」
「玉ちゃんが珍しく息きらせて走っているのを見て、面白そうだからついてきたのよ。まあまあ、そうじゃけんにしないでよ。部員たって、たった三人しかいないじゃない」
「それでも立派なクラブだ。おまえだってクラブに入っているだろ。そっちに行けよ。バトミントンだっけ? こっちはこっちで今、忙しいんだ!」
「おいおい、二人ともちょっと抑えてくれ」
兄妹喧嘩を、三三がなだめる。
「それにしても、いまの話は……笑子ちゃんの身に覚えはないのかい?」
「ないわよ。あははは……やあねぇ~三ちゃん。玉ちゃんの言うように、あたしがそんな連中にさらわれたっていうなら、誰よりもまず最初に三ちゃんたちに教えるわよ」
笑子は峠三三のことを、三ちゃんと呼ぶ。玉丸が感じている三三への距離を、笑子は意にも介していないようだ。その馴れ馴れしさは玉丸にとって愉快ではない。
「だから……おまえは、その銀色たちにさらわれたってことを、“忘れさせられて”いるんだよ! 耳に変なモノを入れられたって言っただろう。あれは記憶を奪うんだ。今朝から何度も言ってるじゃないか。どうして覚えていないんだ?」
「じゃあ逆に、何で玉ちゃんは覚えているのよ?」
「僕は~……耳を刺される前に、間一髪で助かったんだよ!」
「どうやって?」
「うっ」
玉丸の息は詰まった。
「そ……それは」
また万太のジレンマだ。このハナシを展開させると、必ず万太を登場させねばならなくなる。この部屋の全員が、妹の笑子を含め紺万太は「超能力者」であることを知っているが、それはあくまでも「テレビに映る超能力者・紺万太」であって、みんなまさか本当に万太が超能力を使えるとは思っていない。
そのはずだ……。
あれはあくまでもテレビ局が持ち上げている偶像であり、万太は番組にとって都合のいいゲストに過ぎないと思っているはずなのだ。万太の両親と万太自身は、テレビのそんな効果を逆手にとって、かれの本性を隠そうとしているのだから、それをあえて玉丸がバラすことはできない。
それにいまさら銀色たちから自分を救ってくれたのは紺万太だ――などと宣言しようものなら、ただでさえ信じがたいハナシをさらに嘘くさくしそうだ。
万太はあの粗暴な性格から、良い印象は持たれてない。
ぶっちゃけ、みんなから嫌われてる。
万太がさっそうと玉丸を助けたという様子は、この部屋の全員が想像するには信じがたいことだろう。このハナシは最初から誰かに説明するのは無理があったのだ……。
「どうなのよぉ?」笑子がニヤニヤしている。
玉丸は笑子が登場しなければ……と思いつつも、このハナシは胸にしまっておくことに決めた。
「それは、その……覚えていないんだ」
「ほーら、やっぱり! 夢ってのは良~くできていて、現実に起こったことのように思えることがあるけど、突き詰めると筋が通らなくなるときがあるのよ。惜しかったわね玉ちゃん。あははは……!」
笑子の高笑いが狭い部室に響くなか、玉丸はがっくり頭をうなだれてしまった。妹の笑い声がここぞとばかりにうとましい。笑子が部室に来なければ、少しは三三たちを説得できただろうか? と考えながら、玉丸のモチベーションはすっかり萎んでしまった。
「それ……は」
しかし、いままで黙ってハナシを聞いていた点吉が、玉丸をじっと見つめ、不明瞭な声でもぐもぐ口を動かした。
点吉は聞き取れない声で、「そ……それは、異せ……誘拐じ……」と言った。
何だって?
点吉のことばを聞くなり、三三は玉丸の肩を叩いて言った。三三は耳がいいのか、点吉のたどたどしいことばを解読できるのだ。
「そうか! 玉丸くん、それは異星人による誘拐事件だ。アブダクションだよ! 銀色銀色というからピンとこなかったんだが、ようやく意味が分かったよ!」
……何だって?
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