第12話 夫妻の恐怖
「異星人による誘拐? なにそれ、三ちゃん」
きょとんとして、霞笑子は峠三三に尋ねる。
霞玉丸にもそんな言葉は初耳だった。
異星人……つまり、宇宙から来た人のこと? その宇宙人による誘拐? あの銀色たちは、宇宙人だったのか?
「そんな事件が頻発に発生し、世間の注目を浴びるようになったのは1980年代の後半からなんだ。しかし、事件はそれ以前から報告されていて、発端はキャトル・ミューティレーションから……」
「ちょ、ちょっと待って峠くん。キャトル……何だって?」
玉丸が急いで聞き返す。
三三はわずかばかり興奮しているようだ。いままで玉丸が見たこともないほどに、目をきらきらと輝かせている。点吉はうんうんと頷いている。
「キャトル・ミューティレーション。異星人がアメリカ合衆国のテキサス州やネバダ州などに出現し、牛などの家畜をさらい、局部を切り取って捨てるという事件だよ」
「それが異星人による誘拐事件と、どう関係あんの? 牛をさらうことが?」
笑子は目を細めて呆れ顔だ。
しかし、玉丸は“局部を切り取る”という残酷なキーワードに、昨晩の出来事を重ねて身震いした。
「いや、話はまだここから」
三三は異星人による誘拐について話を始めた……。
――事の起こりは1985年の冬。
アメリカ合衆国・テキサス州のある田舎町でのことだ。
ジョンとケリーという名のスミス夫妻が真夜中、自動車で帰宅していた途中の出来事。二人は親類の結婚式に出席して楽しい日を終えた後、自動車で真っ暗な森を走っていた。二人はカーラジオをかけながら、陽気に歌いながら道路を走っていたが、そこで突然自動車のエンジンが音もなく止まってしまったという。
ガス欠ではないようだった。何事かとジョンはエンジンを調べたが、原因は辺りが真っ暗なこともあってさっぱり分からない。助けを呼ぼうにも、そこは街より百キロも離れた場所で、ちかくに民家の光は見えない。満点の星だけが唯一の光源だったが、もちろん車の修理には役に立たない。トランクより出した懐中電灯は、そのとき点灯しなかったという。
夫妻が途方にくれかけたその時、頭上より強い光が差し込んだ。あまりにもまぶしくて、一瞬二人は辺りが真昼になったのかと感じたという。
夫妻が驚いて天を仰ぐと、何とそこには巨大な円形の構造物が浮かんでいた!
大きさは直径30メートルくらい。音を出さずそこに静止していたという。
ジョンは恐怖にかられ、ケリーを車に押し込んだが、エンジンはあいかわらず、うんとも言わない。そのうち光はおだやかになり、驚異は去ったかと思ったが、自動車の正面には数人の不思議な生き物たちが集まっており、こちらへ向かってくるところだった……。
ジョンはドアをロックするよう妻に言い、自分もそうしようと思ったが、突然体がかなしばりにあったように動かなくなってしまう。生き物たちは人間の“かたち”をしていたが、1メートルほどの体に巨大な頭が乗っていたそうな。宇宙服のようなマスクをしていたが、ちらりと見えた瞳はあまりにも大きいものだったという。
得体の知れない生き物が、自分たちに向かってくる緊張と恐怖で身がすくんで動けないのか、夫婦はまばたきすらできなかった。そんな状況の中で、なぜか二人は意識をなくしてしまったという……。
次に気づくと、そこは円形の暗い部屋だった。ジョンは裸で、硬い手術台に寝かされていた。意識はもうろうとしていたが、ジョンは妻の姿を探した。しかし、部屋にはジョン以外、誰もいない。床にはジョンの着物が捨てられていたが、誰のか分からない人間のモノも多数、埃をかぶって捨てられてあったらしい。
「俺はどうなったんだ。どうしてこんな所に縛り付けられている?」
声は出せず体は動かないが、頭ははっきりしていた。
「……そうか、俺はさっきの変な奴らにさらわれてしまったんだ」
やがて、そういう結論に結びついた。
「それにしても、ケリーはどこだ?」
妻の名を叫んだが、返事はない。……その時、ジョンの頭に何者か分からぬ“声”が響いた。声というよりも、誰かのイメージのようなものが直接ジョンの頭に浮かび上がっているようだった。
「怖がることはない。我われは仲間だ」
ジョンはそのことばとは裏腹に、危険を感じた。先ほど遭遇した小さな生き物が、部屋にぞろぞろ入ってきたからだ。ジョンは恐怖と混乱で気も狂わんばかりだった。失禁しそうに思ったが、体はまったく力が入らない。
「我われは、きみを傷つけたりはしない」
脅えるジョンの脳に無理やりイメージが押し付けられてきた。
「お前らは、何だ?」
喋ろうとしても声が出ないので、ジョンは部屋にいる全員に向かって、心の声をぶつけた。
「我われは、仲間だ」同じイメージの反復。
「お前なんか仲間じゃない! ケリーはどこだ?」
「ここにはいない」
「ケリーに何をした。俺をどうするつもりなんだ!」
「傷つけたりしない」
「じゃあなぜ、そんなものを持っているんだ」
生き物たちは細長い針のようなモノを取り出して、今まさにジョンの耳へそれをまるで刺しこもうとしていたからだ。
「やめてくれ! なぜそんなことをする。貴様ら何の権利があって俺にそんなことをしようとするんだ! やめろ」
ジョンはパニックのまま、心で泣き叫んだ。
「不安を消しなさい」生き物が言った。
「そんなものを俺に近づけるな!」
「痛くはないのだ」
そう言って生き物の一人は、耳に針を刺しこんだ。ジョンは確かに痛みを感じなかったが、まるで精神を直接揺すぶられたかのような、ドカンという衝撃を頭に感じた。あらゆる感情の波が凝縮して脳に詰め込まれたような感じだったという……。ジョンはそのショックで、激しい目眩を感じてからは何も考えることは出来なくなった。視線がぐるぐる回って暗闇に近づくにつれ、心の遠くにイメージが届いた。
「また会おう」
生き物たちが手を振っていた。
ジョンが目覚めたのはそれから十時間ほど経ってからだ。辺りはもう真昼どきで、ジョンは森のはずれでケリーと折り重なっているのに気がついた。
ジョンは妻を揺り起こし、何があったか報告し合った。ケリーも昨晩、奇妙な生き物の手で手術台に乗せられ、似たような恐怖を体験をしていた。二人は一目散に自動車に駆け寄り、エンジンがかかるのを確かめると、急いでその場をあとにした……。
その日のうちに夫婦はその事件を警察に報告したが、誰ひとり二人の話を信じてくれなかったという。
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