第17話 デュナミス

「いま、何て言ったの? えいじゅう?」

 霞玉丸は信じられない思いで、心郎と呼ばれる少年に尋ねた。少年は端正な顔立ちのなかに真剣さを浮かべている。

「そうだよ。エンテレケイアに来れる人は、とても少ない。一生に一度しかめぐってこないチャンスだ。生きているうちは、来れない人もいる」

「ちょ……ちょっと待って! いったい何の話?」

「玉丸くん……玉丸くんって、呼ばせてもらうよ。ここには、地球人は僕ひとりしかいないんだ。ここにはかつて1224人の人間がやって来たが、みんな帰ってしまった。誰も戻っては来なかった。僕だけが、ここに残ったんだ。」

「そんなことを言ってるんじゃないよ。僕は……ここに! いつの間にか……部屋で寝てる間に辿り着いてたんだ。どうやってかも分からない。ここがどんな所かも全く知らないんだ」

 心郎は少し困った表情を見せて、フォーリンの方を向いた。

 フォーリンは「しまった」といった表情を見せて、心郎に言った。

「ごめんなさい。まだ、くわしい話をしてないのよ」

 心郎は軽い溜息をついて続けた。

「そんなことは問題にはならないよ、玉丸くん。ここは見たままの世界だ。必要なモノは大抵そろうし、不自由を感じることは絶対ない。約束するよ。君の理想郷……というには不完全だが、住むにはいい場所だと思う」

「永住って、ずっと住むってことだよね?」

 いったい何の話だ? この二人は何を求めているんだ? と玉丸は思った。

「自分の家とエンテレケイアを行き来するって……」

「そういうことじゃない。地球には戻れない」

 玉丸は絶句した。

 自分は“ここ”に来たくて、来た訳じゃない。高原や渓谷を見て、そりゃ素晴らしい所だとは思うし、いつまでもここにいたくなる世界だ――あまりに底が深くて恐怖さえ感じるが――魅力的な世界であることは間違いない。

 だが、自分は……無理矢理にとは言わないが、いつの間にか連れてこられた。「永住してくれるか?」と言われて、すぐさま「はい」と答えられる訳がない。

 そんな心の準備なんて全然、出来ていない。

「……無理だよ」玉丸は言った。

「どうして?」と心郎。

「ここに来たのは、僕の意志じゃないってことさ。てっきり、最初は銀色たちにまたさらわれてしまったのかと思ったんだ。二人は本当にあいつらの仲間じゃないのかい?」

 心郎とフォーリンは顔を見合わせた。

「さっきも言ったわね。銀色って何のハナシなの?」魚を抱えながら少女が言った。

 魚はつるつると動き、そして重いようだった。それに気づいた心郎は魚をフォーリンより優しく受け取り、自分で抱えた。

「銀色って何だい?」

 心郎が尋ねる。優しげな黒い瞳は、疑問を浮かべている。

「銀色たちってのは、僕を誘拐して針を耳に突き刺そうとした連中さ。得体が知れないひどい連中だよ。妹の笑子は、小さな球を埋め込まれてしまったんだ」

「球?」

 二人は、玉丸の話を興味深げに聞いている。

 玉丸は続けて銀色たちの外見を説明した。心郎の表情は次第に険しいものになっていった。そんなひどいハナシは聞いたことがない、といった表情だ。

 二人は玉丸に同情的だが、若干ぎこちなく感じた。二人からは心安らぐ親近感を感じていたが、まるで外国人と話しているような感じがするのだ。身ぶりや手振りは通じるが、はっきりとことばのニュアンスが伝わっていないような――そんなもどかしさを感じた。

「僕はかろうじて助かったんだけど、それは紺万太っていう友だちが銀色たちをやっつけたからなんだ。……だけど、あいつらはきっとまた僕の前に現れると思う。そう思っていた矢先に、僕はここへ連れて来られたんだよ。ここにはきみたち以外の人がいるらしいけど、もしかしてそいつらが僕をさらったやつらかも!」

「違うと思うね」心郎が言った。

 そして、「もしかして、地球はいま外星人と戦争しているのかい?」ずいぶん素っ頓狂なことを玉丸に尋ねた。

「そんなことしてないよ! 何のことさ?」

「まだ異星人と遭遇していないのかい?」

「してる訳がないじゃないか」

「きみは何か特別な人間なのか? たとえば、軍隊にいるとか」

「僕はただの14才だよ! 平凡な中学生だ。さっきから何を言ってるんだよ!」

 どうもハナシが通じない。次から次へと玉丸に、理解しがたい情報が出てくる。 

 心郎はつくづく困ったといった表情を見せている。

「……ごめん、玉丸くん。ここでは地球がどうなっているのか、さっぱり分からないんだ。だけど、言えることは二つある。一つはここには君をさらうような連中はいないってこと。みんな地球って星がどこにあるかも知らないからね」

 そう言えば、先ほど心郎は「地球人は僕一人」と言った。

(フォーリンは地球人ではないのか?)

「あなたは完璧に守られるのよ」フォーリンが言った。

「もう一つは、僕らがきみを連れてきたんじゃない。きみ自身が望んで、このエンテレケイアに来たんだ。そうじゃないと、ここには誰も来れないんだ」

「ええ?」

「“才能”が無いと来れないの。あなたにはデュナミスがあるのよ」

 フォーリンの瞳は雲が反射して、真っ白になっていた。





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