第26話 嘘と秘密
「紺ちゃんは来てくれないのかしら?」
霞笑子は紺万太のことを紺ちゃん、と呼ぶ。
霞玉丸はぎょっとして……
「どうして? 万太の名前が何で出てくるんだ?」
「あら、玉ちゃん。あたしが知らないとでも思ってるの?」
玉丸はぎくりとして、笑子をまじまじと見つめた。
「超能力よ。紺ちゃんのパワーを使えば、こんな壁あっと言う間じゃない! あたしの体をいじりまくったあの銀色たちを、けちょんけちょんにしてくれるわ」
そうか、紺万太が「超能力者」なのは秘密ではない。テレビに出ているのだ。
「あ……あいつの超能力は、スプーンを曲げる程度だぜ? それにあいつがどうしてこんな所に来るんだよ」
玉丸がおそるおそる言うと、笑子は笑い出した。
「あははは……! いやだ、玉ちゃんたら。隠さなくったっていいじゃない。テレビ番組に出てる紺ちゃんが見せてる超能力は、あたしもう嘘だって知ってるもんね」
「……う、嘘?」
「昨日の夜は紺ちゃんの超能力で、あいつらをやっつけたでしょ? びっくりしたわ。わあ、すごい! 紺万太は本当に超能力者だったんだ!ってね」
「何だ……知ってたのか」
「思い出したのよ。……じゃなきゃ、玉ちゃん一人で脱出できたわけないもんね」
「ちぇっ……言ってくれるなあ」
笑子はしばらくからからと笑った。
「玉ちゃんは、いつから知ってたの?」
「……そう言われてみれば、いつからだったかな。でも昔からあいつは、自分が超能力を使えるってことを他人に知られたくなかったんだ。……というよりもそれは、万太の両親かな。万太はあの通り粗暴だから、超能力を誰かに使いたくて、うずうずしているフシがあるけど、両親がそれを禁止してるらしいんだ。前に捕まったときは、笑子が気絶してたから、万太も思う存分に能力を発揮してたんだよ」
「あたしは起きてたわよ。ただ恐くて、目をつぶってたの。動けなかっただけ」
「じゃあ、どうやって脱出したか覚えてるかい?」
「うーん、そのときは気絶しちゃってた」
「そうか。……そもそも、この部屋は昨日と同じ処なのかな?」
もしそうならば、ここはやはり“船”なのだろうか。
この船のどこかの壁には、万太が埋め込んだ銀色たちの死体があるはずだ。玉丸はその考えにぞっとした。
「違うと思うわ。……ただ何となくだけど、これは別だって気がするわ。部屋から感じる“振動”が違うもの。タクシーだって、運転手によって乗ってる感覚が違ったりするじゃない?」
「おまえ、タクシーなんか使ったことあるのか」
「例えば、よ」
「まぁいいや。あいつらはみんな同じ顔をしているように見えるけど、実はちゃんと個性があるのかもな……」
「銀色たちが、いつも群れてやって来るのは、全員でひとつのことをやろうとしているんじゃなくて……誰か偉~いヤツ、例えば会社の上司みたいなやつに命令されてやっているんだと思うの」
「つまり、いつも群れて来る銀色たちは、誰かの糸で操られている人形みたいなものなのか。ロボットみたいだな。だから、みんな同じ顔なのかな?」
「いい表現だわ。操り人形ね。そうよ、きっとそうだわ! あいつらいつもフラフラやって来てボックスを向けるだけだもんね。単純だし」
「……だとすると当然、銀色たちを操っている強いヤツがどこかにいるはずだぞ」
「あたしは見たことないわ。この船にいるのかしら? いないかも。いたとしても、一人か二人ね」
「それも……何となく、かい?」
「銀色たちの動きがみんな単純で、そっくりだからよ。それはきっと銀色たちを操る命令そのものがシンプルだからだわ」
「笑子、頭いいなぁ」
同じ双子でも脳みそのつくりは全く違うなと、玉丸は感心した。実際、妹の方が学校の成績は良かったりするのだ。
「……だけど、そいつはなぜ僕たちの前に姿を現さないんだろうか? どうして僕たちにこんなことをするのか聞いてみたいもんだよ」
「冗談やめて。あたしは会いたくない」
(しまった。うっかり怖がらせてしまった。)
「そりゃ、そうだな」
「だけど、玉ちゃんは感じなかった? あいつらがあたしたちを扱う態度――まるでモルモットか、実験動物を扱うみたいに――ひどかったわ」
(モルモットか……僕もそう思ったんだ。)
「あいつら僕がいくらやめてくれと訴えても、完全に無視してるっていうか……見下されているような思いがしたよ」
笑子は玉丸から少し離れて、部屋を巡り始めた。
「ここには他の人はいないのかしら?」
玉丸と笑子以外の人間のことか。そういえば、分からない。
「僕は見たことない」
「でも、あいつらのあたしたち――つまり人間を扱う手際――初めてとは思えないわ。きっと、犠牲者が他にも……待って、玉ちゃん……あっ!」
そのとき突然、壁が“開いて”銀色たちが部屋へ乗り込んで来た。
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