第24話 侮蔑の矢
意識が暗黒の底を突破すると、見覚えのある光が霞玉丸を包んだ。つい先刻まで恐るべきスピードで闇を進んでいた玉丸の意識は、ガツンとした衝撃とともに“リアル”にひき戻された。
ハッと気づくと、あの銀色たちが、例の“針”を玉丸の耳に差し込もうとしているのが見えた。
本来の「霞玉丸」に戻った衝撃で、視点はぐらぐらと不安定に揺れ、パニックが波のように襲いきた。仰向けに寝かされている玉丸は、なかなか自分を取り戻せない。まるで魂が体という容器にすっぽり収まらないような、そんな不快感を感じる。
また、あの銀色たちがいる!
僕はいつの間にか、また彼らに連れ去られてしまったんだ!
目の焦点はゆらゆらと定まらなかったが、銀色たちの異様な風体が確認できないわけはない。
馴染みとなった恐怖が再び、玉丸を襲う。
前回は壁のなかで目覚めたあと、ベッドへ拘束されてしまったが、今回はそれも省略されてしまったようだ。
くそ! どうして? いつ、こんなことになったんだ?
全然思い出せないぞ、畜生!
玉丸は、銀色たちのひとりが手にしていた針を下げるのを見た。おぼろげに針の先を見て、ショックを覚えた。本来ならば、くっ付いていたはずの小さな「球」が無くなっているのだ。
しまった!
僕はすでに、針を耳に突っ込まれたらしいぞ!
恐怖の冷たいベールが玉丸を包む。
細い針で頭のなかを引っ掻き回されたおかけで、視点が定まらないのだろうか? 脳の配線を銀色たちが無用にいじくってしまったのだろうか?
このまま気が狂ってしまいそうだ。
「ひどい! おまえたちは一体、何様なんだ。どうしてそんなひどいことをする? 何の権利があって僕にそんなことが出来るんだ? 振り向け! 答えろ!」
玉丸の叫びは相変わらず、銀色たちに届かない。
例によって、動けないのだ。
動けないまま、玉丸はずっと暗黒を落ちていたようだ。
つまり、エンテレケイアからの帰還から、玉丸はずっと幻覚を見せられていたらしい。
あんな小指の爪ほどしかない球体によって、偽の人生を体験させられたことに、玉丸はひどい屈辱を感じた。目覚めなければ、僕はあの夢を死ぬまで見ていたのだろうか?
夢とはいえ、人生の一部を操作されたのだ……。
銀色たちは人間の夢さえもコントロール出来るのか?
あのフォーリンと心郎がいたエンテレケイアという世界も、そんな夢の一部だったのだろうか?
僕は二度とあの素晴らしく優しい世界を訪れることが出来ないのだろうか?
玉丸のなかで、あのエンテレケイアの美しい空と風景が、墨汁をこぼしたように黒く汚れていった。
「なんて残酷な奴らだ!」
玉丸は銀色たちに対して、わずかながら「希望」というものを抱いていた。それはかつて玉丸が小さかった頃、テレビで見たいわゆる平和的な「宇宙人」というイメージが、頭で形成されていたからだ。かれらは地球の破滅的な事態に対して、ここぞという時に進んだ科学で助けてくれる「味方」であり、人類のピンチを救う「平和の使者」だった。ときには個人を助けてくれる「ヒーロー」であり、限りなく優しい「母」のような存在だった。かれらは地球人の子どもと「友だち」になりたがっている優しい生き物であり、そのコミュニケーションは愛で結ばれるものだった。
しかし玉丸は、そんなテレビなどが自分たちに伝えてきた宇宙人のイメージは全く偽物であったと確信した。
銀色たちは、宇宙人なのか?
玉丸は「こんなやつらが地球の生き物であるものか」という確信で考えていた。
少なくとも、いま玉丸の眼前にいる銀色たちはテレビに登場したような「主役」をつとめられるような存在ではない。先ほど登場した「味方」もしくは「平和の使者」によって、物語の最後には倒される「悪者」であり、人類の「敵」であるはずだ。
玉丸は硬いベッドに四肢を拘束されながら、そんな結論に達した。
玉丸は“ことば”を持つ生き物は、何らかのかたちで知的なコンタクトを求めてくると思っていた。しかし、コンタクトどころか、玉丸はまるで実験動物であるかのように銀色たちに扱われた。
ときどき銀色たちと目が合うこともあったが、向こうが投げかけてくる視線は、明らかにこちらが評価に値する存在とは認識していないようであり、侮蔑の矢のようだった。かれらは全くの無表情だが、そんな蔑視は伝わるものだ。
学校の授業で、運動音痴の玉丸に向けてクラスメートが投げかける視線と似たものだった。いや、それ以上に全存在が否定されている。
モルモットほどにも思われてない。
「なぜ君らは、僕に……僕にこんなことをするんだ!」
不安と恐怖でできた冷たい刃が、ざくざくと玉丸の心を切り刻む。手足は意志とは裏腹にがたがたと震えた。体がバラバラになって、自分の体ではないみたいだ。
ガチャンという音がするなり、玉丸の四肢の拘束が解かれた。
逃げるんだ! という意志が働いた……が、体に力が入らず、ぴくりとも動かなかった。
気づくと、銀色たちのひとりがボックスを玉丸に向けている。あのボックスがある限り、玉丸はかれらから離れることは出来ないのだ。
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